7・8・9、X-10

7、X-10-1(1/2)

 大きな揺れがここ一帯を襲う。

 私と彼が射撃場で訓練している時のことだった。カタカタ……とした揺れが濁点が付く揺れとなり私は彼を引き連れて一気にその場所を出る。


「これ……地震か?」

 少年はそれに少し怯えたような表情をしていた。

「ああ。酷い揺れ……日本海側なのにこれだ。最大級だな」

 私はその言葉を発した後ぞくり、と嫌な汗が流れた。津波が来るかもしれない。

「おい、津波が来るぞ!」

「津波だって?」

 彼にとって津波は身近ではなかったようだった。この日本で最後に津波が起きたのはいつだろう。あの正月の津波だろうか。ただあれはありがたいことに4mの即席堤防とも呼べるような壁のおかげでさほど酷いものではなかっただろう。

「とりあえず基地まで走るぞ。何mまで上がるか分からねえけど……。もしかしたら20mは行くんだけどな」

「嘘だろ。そんな高くなるのか?」

「ここは沿岸そばだ。だから、まずいかもしれない」


 兵舎に着くと何やら上の連中が忙しく動いていた。

「総員に命令する! 『X-10』をこれより発動する。相手は津波に不慣れだ」

 めちゃくちゃだ。津波に慣れる、なんて言葉はありえない。だが上の命令とあればそれに従わざるを得ないのは明白だった。

 急いで軍服と銃を装備し、我々は全速力で相手の要塞まで車で飛ばしていく。少年は祈るような眼でひたすら車窓を眺めていた。十中八九残した彼女のことだとすぐに察した。


 数日前、私はとある女性に告白をされた。私はそれに答えを出せなかった。

 私は心が強い人間では無い。そうやって2つも3つも大事な物を抱えることはできなかった。私は彼女に未来の世代の子が大事だ、そう言った。そう決めてしまえばもう他に守るべきものは特にない。だから私は彼女に返すことなんてできなかった。それが責任だと勝手に思っている。


 要塞では確かに敵軍がパニック状態になっていた。しかし既に平静を取り戻した敵は応戦を始め、進捗は思うように進まなかった。しかしそれでもこちらが奇襲をしかけたようなものだった。それが通常運転のように戦闘している。もう1つ嫌な予感がした。まさか誰かがスパイとして情報を流し込んでいたのかもしれない、と。しかしそんなことを考えている暇は無かった。しかしそれでも相手は今突入するなんて正気か? というような表情をしていた。

「大丈夫か?」

「ああ、今の所は」

 少年は私の見たところ、非常に冷徹に敵を倒しながら先導者のように要塞へ侵入していた。作戦の成功が先か、それとも津波が先か、最悪なチキンレースだ。

 強い揺れか、欠陥構造だったのか、いくつか柱が折れていた。既に揺れによって死んでしまった人間もちらほらいる。


 ガタガタと余震がやってきた。ネタにされている日本在住の人間の地震耐性は確かに間違いではなかったのかもしれない。しかしそれは建物への信頼なのだろう、しかしその揺れに慄き、敵軍で数人が戦意喪失に陥った。

 私はふと外の景色を眺めた。そこには猛然と迫る白波が確認できた。

「あれ……マジで津波じゃん」

 高さは良く分からなかったが、この要塞を埋め尽くす可能性が出てきた。それでもその要塞を占拠しなければもう生き残れそうにない。


 3階に向かおうとすると、もともと避難していたのだろうか――敵が待ち構えており、しばし戦闘を続けていた。その時間を送るたびあの白波が迫るのを感じる。

「……ああ」

 あの波を見てから逃げてしまってはすぐに吞まれてしまう。それを見てなお何もしなかった自分たちははたしてどうなるだろう。

 あの波はまず1階部分を壊滅させた。あの震災の波よりは確かに小さなものだった。しかしそれでも人間はたった1mの津波で人は限りなく死ぬ。流されてきた木が要塞を壊滅させていく。


 また余震が起きた。それによって恐るべきことが起きる。4階からの鉄筋が崩落したのだ。30年以上前、阪神淡路大震災でこういう光景を見たことがあった。既に1階は完全に浸水し、未だ交戦中の2階もそろそろ危ない。それほどまで津波がやってきている。その焦燥と恐怖が私や少年、それぞれ大切な人を心配する。それは彼らも変わらなかったのだろうか。


 突如、銃が降ろされ、白旗が上げられた。その行動にこちらも驚愕し、いつしか銃を下げるようになった。

 戦闘は小休止を迎えた。

「今は助け合うべきだ。だろ?」


 彼は英語を話せるようである程度意思疎通は可能だった。

「どうせ上官もみんな落っこちたんだ。俺らの負けだ。捕虜でもいいから」

「分かった。とりあえずそちらの方の捜索に行こう」

「助かる」

 敵は完全に銃を降ろし、自らも銃を完全に置いた。

「……本当にいいのか?」

「良いんだよ。あっちだって帰りを待つ家族がいる。もう戦闘継続意思がないならそれに従うまでだ。降伏の規定に則ってな」


 私は要塞にあったスコップやジャッキを運び、捜索を始めた。

「粉々だ。あっちは大丈夫かな」

「彼女さんか。そりゃ心配だよな。一応頑丈に作ってるはずなのにこれだ」

 地震と津波後この要塞は完全に疲弊し、今にも崩れる勢いだった。それがあのプレハブのような場所では確かにどうなるのだろうか、危惧するのも当然だった。


 気づけば海面が2階を完全に飲み込むほど水位が上がり、私たちは現在残っている3階に身を寄せ合っていた。突然、指揮官から無線に連絡が入った。

「今の戦況は、どうぞ」

「はい。先ほどの津波で敵は現在戦意喪失し、降伏を申し出ています、どうぞ」

「そうか。こちらも水位が下がったら向かう、どうぞ」

「分かりました。ただ……津波は何度も来ますから、まだ安心できません、どうぞ」

「分かっている、交信終了」


 無線は切られ、繰り返し襲う津波を眺めていた。

「これ終わったら戦況はどうなりますかね」

「さあ。とりあえず北日本戦線はほぼ制圧した。後はお前の沖縄戦線」

「そっかあ。これでこっちはほぼ終わりか。帰れますかね」

「期待してるよ」


 津波はまだ繰り返し襲ってきている。これがどれほど双方被害を引き起こしたのかまだ分からない。

 捕虜の場所を見てみれば、彼らもまた身を寄せ合って今の状況に震えていた。

「これが学校でやるような津波か」

「そうだよ。すげえよな、しか感想がねえ」

「これじゃあ、戦争やってるのが馬鹿らしく思えるわ」

「そうだな」

 彼はまだまだ祈るような眼でいる。堤防がここまで働かなかったことを見るに、前哨基地も壊滅しているだろう。そうなると避難できるかは……あまり考えたいものではなかった。

「きっと生きてるよ」

 私はそう声をかけることしかできなかった。

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