1、基地奪取作戦(2/2)

「いらないよ。それに貴重だろ? 次の販売業者がいつ来るか分からないだろ」

「まあいいじゃないか。次のこと考えても仕方ない。考えるのは地下壕のやつだけだ」

「それもそうか」

 私と少年は一度塹壕に入る。ここからは大分単調な作業だ。偵察し、前進するためいくつか敵と戦闘し、そして次の基地まで進む。FPSゲームよりも退屈かもしれない。


 空の、恐らく味方連中が相手の基地を偵察するため飛んでいる。そういえば幾分相手の基地は大きいと聞いていた。基地攻めは本格的に面倒である。相手だってそれを守るために砲撃なり、レーダー観測なり、戦車も動かすだろう。といってもそのレベルは私の所属する分隊だけではできず、やっぱり中隊、いや連隊を組まなければどうにもならないからきっと到着まで2週はかかるだろうが。


「俺らの都市に着けば3日間なんでもできる。俺らはサービスに行くけど。お前は?」

「考えとくよ。まあ……その前にたどり着けるかどうか心配だけれど」

「こんな時後先考えていたら考えるだけで死んじまうぞ」

「まあ、そうだな」

 同僚はそんなことを言って次の戦いを終えた後のスケジュールを嬉しそうに考えていた。休憩として今支配できている都市に入ると3日間、といっても交代で警備をしながらだが自由時間が与えられる。


 これは一見いい制度だ。恐らく少年はタバコを買うだろう。結局給料はそこでほとんど使われ、国内での需要を上げることに繋がる。

「ま、兎にも角にも俺らは援軍待ってそれまで生きていることしかできねえよ」

 同僚の1人はそう言って、少年程では無いがタバコを吸っていた。

「この隊でもお前だけだよ。タバコ吸わないの」

「別に構いやしないだろ。どこかで吸えとは言わないんだし」

「まあ、そうさせてもらうわ。しっかし、お前は堅物といえば良いのか、真面目なのか」

「どうでも良い」

 私はどうみてもまともじゃないパンをかじりつく。最初の兵役期間の1年は武器の扱い方とかを学んでいたのだが、食事はこんな感じで少しずつ実地に慣らしていた。そのせいで最初はしょっちゅう腹を下していたが適応とは怖いもので、今はそんなものはどうでも良い。生の肉もいざという時は食べれそうな勢いにはなっていた。


 次の日から単調な生活が始まる。といっても射撃、戦闘訓練を行いながらの生活で、仲間が到着すれば犠牲を出す日が来ることだろう。少年は何かゲームをするかのように訓練を続けていた。そうでもしなければこの行為に意味を求められなくなる。いや意味自体ははっきりしているのだ。この国が国家としての維持を賭けているのだ。それがなんとなく掴めない。


 大日本帝国時代ならもっと理由は単純だ。「天皇万歳」それだけだ。しかしそれを受けていない自分たちの世代は何を意味にすれば良いのだろう? 周りを見ればそれはすぐわかった。女、酒、薬、タバコ、あとは賭け事、神の試練とかいう奴も探せばいるだろうか。


 少年はどうだろう。きっと彼は今戦っている相手とずっと敵と教えられて育ってきたのだろう。彼に聞いてみれば分かりやすいがそれも何となく憚られる。どんな回答が来るか分かったもんじゃないからだ。例えば「鬼畜」だとか「大罪人」とでも言うかもしれない、と思ったからだった。


 2週間後、一度敵に襲われて危なかったと言いながら援軍が到着してきた。援軍の方が指揮官の序列が高く、ある程度お互いを理解してから決行、と指示が飛び、その日と明後日を使って半分ずつ宴会が開かれることとなった。


 私と少年は今日の宴会側で、彼は自分よりもお酒を呑んでいた。

「本当久しぶりの酒だ」

「お前20歳じゃないだろ」

「んな固いこと。兵役前に呑んだきり」

「特攻隊みたいじゃないか」

「特攻隊? いつの話だ?」

「第2次の頃だよ。日本は物が足りなくなって、しょうがないからアメリカの軍艦に爆弾抱えて突っ込んだんだよ。地獄への片道切符さ」

「それで亡くなった方には失礼だけど指示した連中は馬鹿じゃないか? それなら余った奴温存してその時に総攻撃加えるかゲリラでもしとけばよかっただろ」

「そう考えられるならまだお前の頭は大丈夫だ」

 彼は特攻というものにハテナマークを浮かべ、それを忘れるように酒を呑んでいた。


 宴席は盛りを迎え、無礼講に限りなく近いものになっていた。

「いやー、ここで女でもいてくれたらなー!」

 援軍の上官は段々頭がおかしいかのように喚くようになり、潰れたままお開きとなった。

「あらら。これで信頼は失墜しそうだ」

「だな。でも親睦って意味では良いんじゃねえの? そういえばアンタは何杯?」

「2杯だけ」

「えー? せっかくのタダ酒楽しまないのか?」

「それで二日酔いで攻められたらどうだ?」

「確かにな、ま、俺は眠るわ」

 そういって少年は2段ベッド部屋までおぼつかない足取りで向かっていった。私も今日は良く眠れそうだ。


 それから数日、今日は基地奪取作戦の前日だった。既に私と少年は側面攻撃隊として出発しており、彫っていた塹壕に身を潜めていた。合図は砲撃。夜が何となく綺麗で、ただ、少し嫌な感じがする。今日まで相手は一度も行動をしていない。


 銃声が聞こえた。その後歩哨だろうか、応戦する音。双眼鏡を構えると数時間早くあちらが攻め込んでいたようだった。

「どうする?」

「待て」

 上官は少しだけ考えた後、指揮官に連絡を取り相手の基地に忍びながら、あたかも特殊部隊のテロ組織制圧のような戦法を採ると伝えた。


「行くぞ」

 こういう時はやはり緊張する。後方部隊は絶対いるだろうし、どのように戦力を温存しているのかもわからない。

 寒い風が頬を突き刺す中、物音を絶対に立てず敵の基地そばまで近づく。


 そして上官が窓に向かって発砲した。その音を合図にして基地へと侵入する。

「死なねえようにな」

「アンタだって間違っても誤射するなよ」

 基地には何人かが守衛としていたがそれを制圧して進む。相手はなんらかの焦る声と驚きの声を発しこちらに相対する。しかしそれを撃ち殺しながら私や少年は進んでいった。やはり主戦力はいなかったようである程度楽に制圧できる。

「とりあえず制圧できたか?」

「……ええ。奥の部屋、行きましょうか」

「良かった。間違って撃ち殺したかって思ったぜ」

「ここで死んだらまともに埋葬してくれなさそうだ」

 私は奥の部屋を空けようとしたが施錠されていたのでそれを破壊し、進む。何か大事な情報でもあるのではないか、と期待していた。


 その部屋に入ると、ベッドが1つ置かれていた。重要な書類は特になく奇妙な武器もある程度見慣れた銃火器しかなかった。

「じゃあここで一度集合するか……ん?」

 中に入った上官は声を上げた。

「女がいる」

「……は?」

 それに続いて私や他同僚が部屋に入ると入り口から四角になる場所には小さく震える12、3歳の少女がいた。


「流石にこの子は保護しますよね?」

「それはそうだろう。ねえ君?」

「え、日本の人……?」

「そうだよ。君もかい?」

「うん。助けてくれるの?」

「もちろんだよ。でも、ちょっとだけ目瞑って欲しいな」

「どうして?」

「君みたいな子には刺激が強いな」

「セックスよりも?」

 その少女の言葉にこちらは凍り付いた。「赤ちゃんってどうやって産まれてくるの」レベルの空気が流れる。

「と、とりあえず……それ以上だからね。後仲間が来たら送るからね」


 上官は指揮官に連絡を取り、こちらは制圧しきったことを伝えた。

「あっちもほとんどが退却したそうだ。戦車の連中はいないらしいから殲滅しても構わないが戻っていい、と」

「そうですか」


 それからしばらく待ってみたものの敵はここに来ず、おそらく撤退してさらに遠くへ逃げ込んだのだろう、と結論付けられた。こちらの死傷者は計3名のみだった。

「じゃあ我々はこちらに残ってさらに大きな基地を建設するから君たちは進軍してくれ」

「了解しました」

 私たちはその少女を助手席に置いてこの国が一応守っている都市へと向かう。そこに着けばこちらの部隊にも少しの間休憩時間が与えられるから妙にウキウキしたようになっている。正直少しだけ平和が与えられるから私も嬉しいのだが。


「しかし、生き残れてよかったな」

「まあな。伊達に実地で戦ってないよ」

「まず風呂入ろうかな。お前も?」

「ああ」


 戦地を駆け抜ける車から戦争が無ければきっと見えなかった星々が見えて、月の光が私たちに向かって差し込んできた。満月だった。私や少年、いやここにいる者たちはあと何回この満月を眺められるのだろうか。

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