戦争時代

かけふら

1、基地奪取作戦(1/2)

 1日降り注いだ雨が上がり、少しだけ心にジン、ときている。上だけを見れば綺麗な世界だったが、その視線を平行に戻すとそこには鉛色の、あまり歓迎したくないような土が広がっていた。


「そんなの、何が面白いんです?」

「いや、綺麗だなって」

「綺麗、だなんて無駄なことを。虹ばっかり見ても意味ないですよ」

「それはそうなんだけどね」


 私はそう吐き捨てる少年を見つめていた。

「それにしても、本当ここ激戦地だ。毎日何十人死んでんだろな」

「前の場所なら当然だよ」

「そうか? まあお前は凄い場所で戦ってたもんな」

「凄い場所かは分からないけど」

「そりゃあ12歳から、だもんな」

 私は彼の境遇を考えた。安っぽい言葉で例えるならば「かわいそう」なのだろう彼は今日も銃を装填している。


「晴れたら進軍って伝達出てましたよ。準備はできました?」

「ああ。……なあ、この戦争どう思う?」

「どうもこうもないでしょう? ハナから戦うしかないっすよ」

 先週から続いた戦闘で私たちの分隊は前線を上昇させ、仲間が保持している基地の南15キロまで進むこととなっている。彼は胸ポケットから煙草を取り出し、晴れた空に雲を加えようとしていた。

「失礼。戦場じゃあ喫煙室なんて概念無いからな」

「別に構わないよ。受動ぐらいマシさ」

「しかし一回でも吸ってみたらどうだ?」

「遠慮しておくよ。何しろポロニウムっていう元素があるからね。ま、それより先に肺がんでやられるけど」

「ポロニウムってなんだ?」

「移動の時のバスの時にでも話すさ」

「いや、あんたの趣味に付き合うとタバコ一箱かかっても終わらないんだよ」

「そうか」

「しかしそんなに好きなんだな元素、というか放射性元素っていうんだろ? 原爆がどうしてこうも好きなのかねえ」

「原爆できるのはそんなにないよ……。まあいいや」

「おーい、もう出発するぞー」

 基地を離れて十数分、ついに新しい場所にたどり着く。あちらは撤退、といっても目に見えるほど遺体は無かったからどうなるかは正直分からない。

 正直今の時代に徴兵するなんて思いもしなかった。なぜかといえば近代戦において人海戦術よりも技術をうまく扱う職業軍人が必要だ、と思っていたからだ。


 けれども現実はこうやって多くの人々が兵役につき、命を数にして消耗している。そんなことを考えても死者数に1を加える存在にはなりたくはないからそういう感情を殺してみな戦っているのだろう。

「もし俺が死んだらその時は故郷で骨を埋めたいな」

「靖国には行きたくない、と?」

「まあ。男まみれの場所で眠りたくないね」

「じゃあなんだ。女抱きたいのか? 14で?」

「別にそこまで思っちゃねえよ。まあ、でもあんた童貞なんだっけか?」

「まあ。興味が無いからな。でも抱きたいなら方法はあるが」

「買春だろ? 沖縄の基地で見たことある」

「なんだ、知ってたのか」

「もうこちとら2年目だぞ。あんたは何年だっけ?」

「訓練1年、実地2年」

「へー、じゃあ作戦関係とか勉強したのか?」

「いや俺は一般卒だからな。治療とか武器の扱い方とか身の回りのことだよ。まあシミュレーションは意味ないって分かったけどな。だから同僚みたいなもんだ」

「だから敬語抜きで話してるんだけど」

「戦争終わったら敬語ちゃんと使えな。上下関係無視するなら起業するしかないから」

「じゃあ、そうしようかな」


 彼はそう言ってまたタバコをふかす。

「そんなにタバコ好きなのか?」

「好きだ。逆に吸ってない方が珍しいだろ? 死刑囚はみんな吸っている、なんて聞いたことあるし人間死の間際には何かに縋るんじゃないのか」

「縋るってことは、そう、好きってことじゃないだろ」

「良いじゃないかそんなこと。哲学者にでも議論を任せるね。しかしアンタ考えることが好きなんだな」

「まあ。人間らしくていいじゃないか」

「こんな時に人間らしさを求めるなんて皮肉だな。誰が言ったんだっけ? 『1人の死は悲劇的だが、集団の死は統計だ』って」

「スターリンだっけか、それともナチスかな? 世界史なんてもう何年も前の話だ」

「学生はどこまでしてたんだ?」

「大学の修士1年で徴兵だよ。ま、今は修士号取得して博士課程に行くか行かないか、って感じ」

「俺も戦争終わったら学生になれるのかな」

「通信制とかもあるし、なんなら高卒資格ぐらいなら取れなくはない」

「そうか……小学校なんて訓練とそのための知識ぐらいしか教えられてないからどういうのか分からないや」

 愛国教育と教練、前時代的な思想の刷り込み、プロバガンダ教育、それが今の状態なのだろう。自分の頃は遊べばそれで良かったのに、と私はため息をつく。


 その日の夜、私と彼は哨戒として基地をぐるぐると周っていた。敵襲が来たら知らせなければならないが、それができたとて結局命懸けだ。

「タバコって吸って良いのか?」

「我慢しとけ。それで発見できなくなったら問題だろ。交代したら勝手に吸っとけ」

「分かったよ。そう言えばアンタ、戦争終わったら何したいんだ?」

「今日はやけに話すな。いつもそこまで会話しないだろ」

「別に暇だから。ここじゃタバコと薬と酒、あと女しかやることないだろ。だから」

「そうだな……。研究者にちゃんとなりたいね。戦争なんてしなくてもいいようなエネルギーを作りたい」

「楽観主義者かよ」

「結局みんなモノが無いから争うんだ。食糧と水、それから家が無限に、それで環境に影響を与えずにできたら誰も文句言わないだろ」

「確かにな。けど、そんなことできたらアンタよりよっぽど優秀な科学者が見つけてるだろうよ」

「ま、それもそうなんだけどさ」

「でもアンタも優秀なら別にここに来ることも無かったじゃないか?」

「まあ、それだけってことだよ」

「ふーん、ならやる意味ってあるのか? その分野でトップになれないって分かってるのに」

「分からねえよ。だから人間は面白い」

「また神みたいな言い方なんかして」


 歩哨を終え、次の担当と交代した後少年は野外でもう一度タバコを吸った。

「やっぱタバコはうめえ。アンタもやっぱ一度は吸ってくれよ」

「そうだ……。絶対死ぬような作戦前夜に吸ってみるよ」

「それはいいや。最期の味には丁度いい。ま、その前にあれほど美味しいのを吸わなかったんだろうって、思うだろうよ」

 彼は満足したかのように基地へと戻っていく。星が綺麗な夜で、きっと戦争が無ければこの星ももう少しくすんでいたのだろうと思うと何とも言えなくなる。


「敵襲―! 準備―!」

 その叫び声とともに彼は必死にこちらの方に寄ってくる。

「いやいや、手荒い歓迎だな!」

「ああ。銃弾はちゃんとあるな?」

「そりゃあ。まあ使うこと無さそうだけど」

 塹壕の中で、敵襲を待つ。やがて一発の銃声が鳴り、こちらも砲撃を開始した。


 数十分ほどで大きな戦闘は終わりを告げ、幸いなことに今回の戦闘は本当に歓迎程度のものだったようでさっさと退却していた。

「はー、こっちは損害無しか。とりあえず歩哨に戻ってくれ」

「了解」

 私と少年は残っていた薄汚い2段ベッドに身体を預けて眠った。よく眠れる、という訳ではないが寝なければ集中力が落ちて死んでしまう。だから眠れるときはいくらでも眠るべきなのだ。


 朝、極めて健康的な日光で目を覚まし簡単な朝を摂り、少しだけの休憩時間に聖書を読んでいた。

「聖書? なんでこんなの読んでんだ?」

「暇だからね」

「神なんていないだろ。いたらこんな戦争も起こらないじゃないか」

「まあ、けど本当にいたらどうだい? 信じなかったら地獄行きなんだろ?」

「だから宗教は嫌いだ。で、結局の所クリスチャンなのか?」

「いいや。本当に気休めみたいなもんだよ」

「気休めならやっぱり本当に心が安らぐタバコでも吸わないか?」

 彼は1本燻らせてから、私にも1本を差し出す。

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