6、売春教徒

6、売春教徒(1/2)

 今日は酷く疲れた日だった。私もフル回転だし、この近辺の子たちはみんな集められたようだった。どうやら近々大規模な作戦が計画されているそうでその需要を満たすため、ということらしい。もしかしたら彼にもどこかで会えるかもしれない、と思った。


 私は彼に例の12歳の子だとか、それ以上に辛い思いをしている子にその時間をあげてね、そう言っていた。きっと彼なら私の勝手な理想の押し付けを勝手に叶えてくれそうだったから、だと思う。


 その夜私は喫煙室で1人目をつぶっていた。前の健康診断で「およそ20歳とは思えませんよ」と言われたからだ。自分だって別に好きで喫煙はしていないが、きっともう辞められそうにない。


 最近、こう夜になってふと孤独を感じると何かに縋りたくなるようになった。以前ならばこうタバコを吸っていれば何も感じずに済んだのに、今は焦燥感をごまかすこともできなくなっている。


 拉致られるまでずっとクリスチャンだった。カトリックの方でミサにも行くような敬虔な家だった。実家に帰った私をどう思うのだろうか。多分全力で叱られて勘当されるのだろうか。ある意味ここでの生活は楽だったのかもしれない、今になっておかしいことを考えるようになった。


 もし本当に神がいるなら自分のことを救う気はないのだろう。けれどきっと神の道に戻れば神は自分のことを救ってくれるのだろうか。そんなことを考えて最近神に祈るようになった。無駄なこととは分かっているのに何か罪を帳消してくれるような気がして、そんなことをしている。

「お疲れ」


 喫煙所にあの子がやってきた。私は灰皿にそれを押し付け、彼女は椅子に腰かけた。

「お疲れ。今日も大変だったでしょ」

「うん。でも少しだけ楽だったよ」

「楽?」

「1人、変な人がいたんだ。ここに来ても何もしないんだよ」

「……ああ、来たんだ」

「それで金はきちんとさ。てか知ってたの?」

「あの時話してた人だよ。その人大丈夫だった?」

「うん。ここに来たっきりシャワー浴びていったんだ。優しい、というのか分からないけれどね」


 彼女はそう言ったきりまた私にタバコを求めた。

「あげないよ。身体に悪い」

「だったらなんであなたも吸うの?」

「さあね、なんだろ」

 私は休憩室の方まで彼女を連れ出し、どんなことがあったのかを一応聞いてみた。彼女の言うには来た時彼女に果物を切ってあげたきり私の時のようにシャワーを浴び、何かしたいことがあるのか、と聞いてきたそうだった。それで何か勉強したい、と彼女は言ったそうだ。

「なんで勉強?」

「戦争も終わりそうだからさ。また騙されたら嫌でしょ? 私馬鹿だからね」

「教えてくれた?」

「うん。やってみたら小3ぐらいの知識も怪しかった。九九だけはオッケーだったらしいけど」

 いよいよ彼の性格が分からなかった。決して聖人でも無いのに、ある意味聖人よりも純潔で、道徳の教科書の登場人物より模範的な性格をしていた。


 別に彼に興味はない。というよりはある意味気持ち悪い。どこか人間じゃないように一層見えたからだった。

「あの人また来てくれるかな」

「……来るよ。と、いうかそうって頼んだ」

「どうして?」

「戦争じゃなくて12の子とヤってるのどう見ても犯罪だからさ。どうしても見ていられないってのはなんか失礼だけど」

「それは嬉しいね。まあでも私だけじゃないよ、きっとお姉さんだって」

「私は良いんだ。まだ楽しい時期があったからね。本当は……今からもう少しした中高がきっと一番楽しい時期なんだよ。それが何もない子どもってのはさ」

「そっか。ならあの人……最近知り合ったんだ、14の人」

「14? それもそこそこ凄いね。いつからって聞いた?」

「12だって。聞いてみたけどまあ、変わらないよ。……まあ彼女の場合帰る場所が無いそうだけど」

「それは辛いね、戦争が無きゃきっとマシだったていうのに」

「そうかな。ただ問題が出てきただけだよ、きっと」

 彼女はそう、自分の状況が当たり前だと言い聞かせるように私に述べた。

「……さん、そろそろ時間だよ」

「ああ、はい。じゃあね姉さん」


 彼女は地獄へと歩いて行く。どうか彼女に神のご加護があらんことを、と昔どこかで覚えていた祈りの言葉を思い出した。1人、きっと穢れてしまった身体と心で神に祈る。それに何の意味があるかも、それによる結果もよく分からなかったが。

「そろそろ時間だよ」

「ええ」

 私は立ち上がり、神でさえ見ることのできない世界に向かう。


 その時はいつもよりも面倒な客だった。趣味というより癖が酷く、いつも不愛想な職員も心配するほどだった。正直これでも客がゴムを着けている点マシだ。性病を移されて、最悪の場合必ず死ぬ時限爆弾を抱えるようなものだからだ。


 そういった意味でここのヘルス面の待遇は良いものなのかもしれない。病気と妊娠の検査を定期的に行い、結局は兵士の病気対策でしかないが――ゴムをきちんと付けさせるように指導していた。それでも結局好みとヤれることは大きな魅力だったのだろう、今日はほぼ全員がフル回転だ。


 その日、私は彼女の紹介で14の子と会う機会を持った。

「よろしくね。私は……、ああ、気にしなくていいよ。20歳だよ」

「そうでしたか。私の名前は……です」


 彼女は少し緊張気味に、暗い眼で、けれど澄んだ希望の眼をしていた。あの子とはきっと逆だったから、多分気が合ったのだろうと思った。

「今まで大変だったね。ご苦労様、まあ私にできることなんて無いけどさ」

「そんなことないですよ」

 彼女はそう言って少しだけ笑って見せた。やっぱりいくら澄んだ眼をしていてもその眼にはいくつかの絶望を湛えていた。ただそれがいつか解消するような、そんな希望を持っている。


「14歳、だもんね。それにはあまりにもって経験」

「そんなことないですよ。この時代に生まれちゃったらきっとどっかで辿るはずだし」

「そうだね、答えたくなかったら良いんだけどさ、何かこう希望があるの?」

「希望?」

「うん。君はすごく、綺麗な眼をしてたんだ。なにかこう、あるのかなって」

「好きな人……。はは、恥ずかしい話なんですけどね、一緒になりたいって」

「そういう人、大丈夫? 身体だけを求めるような、そんな」

「そうじゃないですよ。私を救ってくれた人なんです」

 どちらかのタイムリミットが来るまで彼女の話を聞いていた。


 彼女もまた同じような境遇だった。ただその後の対処法は分からない。諦めるか、腐るか、薬物やらタバコでごまかすか、それとも目の前の彼女のように希望を持って耐えるか。どれが最善なのかもまだ分からないし、特段知るべきことでないことでもあった。


 仕事が始まるときはいつも憂鬱だ。慣れているとはいえ、どうしてもこの後どのような影響が残るのか、それが妙に分からないからだ。

「久しぶり」

「あれ、あの子のとこは?」

「あの子が他に回してくれってね。本当はそれを了承すべきなんかじゃなかったけれど、最期に話しておこうとは思っていたから」

「どういうこと?」

「別に言葉通りだよ」

「まあ、私も少しだけそういう風には思ってた」

「何か聞きたいことでもあったの?」

 彼はベッドに腰かけ、少しだけここの嫌になるような空気を吸ってから話し始めた。


「謝ることがあったんだ。本当は俺と君の関係なんてお金だけだから……それ以外のこと、今もこうやって話して、悪かったね」

「いいや、てかそんなこと気にしてたの」

「まあ。それが童貞根性だと思ってるよ」

「私は嫌じゃなかったよ。私だって今でも慣れてない。辛いのかは、もう分からないけれど」

「そうか」

「私からも聞いていい?」

「ああ」

「ああ……いや、最期に聞くことでもないのかも」

「別に構わねえよ。そこで死ぬ覚悟だけれど死にたい訳じゃない」

「なら聞くよ。あなたはこんな戦争に置かれて純粋だと思うの。だからそれがどうしたってかもしれないけど、なんでそれを維持できるの?」

「悪いけど、俺には分からないよ。隠してるだけさ」

 彼は私にそう上手く私の真意をかわしながら笑ってみせた。彼はきっと私のような人間と心のどこかで線引きをしているのかもしれない。それ以上に彼がれっきとした人間なのかどうかさえもいよいよ分からなくなっていた。

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