1-4
「あいつら相手に、リベルテが来るまで耐えろだって?」
ぼやきとともに、副流煙の息を吐く。
〈怪物〉どもがにじり寄ってくる道路上を見遣りながら、ヘルメットに迷彩服姿の少女はタバコをふかしていた。
「……ふざけた作戦だわ。毎度毎度」
不満をもらす彼女の周りには、指示を待つ少女兵士たちが10人ほど。彼女たちはバリゲード陣地に構えて、戦闘指揮をとる喫煙少女の脇を固めていた。
「小隊長! 各分隊、配置につけました!」
小隊長と呼ばれた喫煙彼女もまた、迷い人たる少女である。小柄な背丈や声質から窺うに、高校生になりたてといったところか。しかしタバコを吸っている。
そしてここは理外の法則が支配する裏世界なので、未成年と思しき少女の喫煙も些細なことである。周囲に咎める様子もない。
「帰ったらオタク天津は殺す。メガネをかち割って便所に流す。つーかリベルテも意味不明だろ。どこ行ってんだよ殺すぞ?」
「……小隊長?」
「あぁわかったわかった。ご苦労さん」
小柄ながらにヤクザな小隊長は、部下相手にはリーダーらしく余裕をみせる。
ともあれ迎撃準備は完了。
彼女たち少女兵士の部隊は分隊単位。約10名ずつで要所に分散して布陣していた。
一本道の道路上に火力を集中させつつ、速やかな後退ルートも見据えた構え。
「てか、でけえやつらの数が多くねーか?
なんのための戦車もどきだよ……とか、ちゃんと多摩川に沈めとけよ……などと。小隊長は双眼鏡を覗きながらぼやくが、逃げ出す意思はまるで見せない。
場数を踏んだ小隊長は、状況を理解していた。
そもそも仮設指揮所まで下がったところで、中途半端に背を向ければ皆殺しに遭うだけ。ならば道路上で迎撃したほうが生き残るパーセンテージは高い。
「小隊長、岩石型ってどうすれば? 小銃じゃ殺せないですし……」
「そのための
「その砲弾もなくなったら……」
「あと10分。気合いで生きろ。以上」
部下は怯えていたが、小隊長は希望を持っていた。この戦いはクソだが無謀ではない。明確なゴールがあるからだ。
最強無敵の〈魔法使い〉。
紅の炎、リベルテが駆けつける。
それまで生き残れ。なんとしてでも。それでいい。
「……来ました! 距離五〇〇! 道路上の先頭集団、大型、八体!」
「さあさあ来たぞ! 変態野郎どもが、よってたかって!」
にかっ、と! 小隊長は笑ってみせた。
外見は少女のはずなのに歴戦の軍人のように。さも頼れる戦闘狂のように。経験の少ない部下たちの手前では、命を賭けるに値するリーダーのふるまい。
ともあれ小隊長は、まだ攻撃の指示は出さない。
なにせこちらは歩兵だけ。
火力は限られている。
だから引きつけるのだ。
鈍重な敵が、のこのこと必中の間合いに来るまで……。
「03! 目標、先頭の二体! 撃て!」
小隊長は号令を発した!
四つ脚で岩石の〈怪物〉どもに向けて、マンションの合間から無反動砲が放たれる。厳密には違うが要はバズーカ砲。対装甲兵器。五〇名足らずの小隊が有するなけなしの火力が、道路上の敵にミスなく叩きつけられる。
しかし〈怪物〉どもは臆さない。
一体二体やられても、岩石の残骸を踏み越えて、やつらはバリゲート側へと容赦なくにじりよってくる。劣勢は明らか。やつらはいずれ到達する。やつらの接近を許すことは、実質的な死のカウントダウン。
「……小隊長! 機動戦闘車です! 助かりました!」
交差点から戦車のごときシルエットが四両。一両の脱落もなく帰ってきた。別の道路から防衛拠点に合流してきた機動戦闘車であった。
「いや、そうでもなさそうだわ」
部下の兵士は手放しで喜ぶが、救援にしては様子がおかしい。
頼れる戦車砲を有するはずの機動戦闘車は、砲撃せずにエンジンを唸らせて後退していく。
「……え? なんで!?」
「河川敷の戦闘で、戦車砲のタマがなくなったんだとよ! デカイ奴らも全部こっちでなんとかするしかない!」
しかし機動戦闘車も無能ではない。
退がりながらも車載式の重機関銃の銃口を敵集団へと向ける。破壊力こそ主砲に比べるべくもないが、せめてもの援護射撃というわけか。
機動戦闘車がターゲットに捉えるのは、四つ脚岩石の個体とは違う、小型の〈怪物〉の群れであった。
そいつらは幼稚園児ほどの大きさの六本脚で、粘土で作ったような頭と胴体。クリーム色の〈怪物〉。巨躯を誇る岩石型の腹から、蜘蛛の子のように出てくるやつら。
一体一体は小さいが、数が尋常ではない。
わらわらと集ってくる様相はまさに軍隊アリ。
『——こちら08、細かいのは受け持つ!』
四両の機動戦闘車を率いる指揮官からの交信。
そして有言実行というべきか、砲塔上部からは車長が乗り出していた。
車長もまた迷彩服姿の少女であり、彼女は勇敢にも車体上部に据え付けられた
一小隊、四両分の火力。
濃密な火線が敷かれる。
道路上に積み上げられるのは小型〈怪物〉どもの屍の山。
これらの車載機関銃による掃射は、小型のアリ型目標にたいして抜群の威力を発揮していた。
されど彼女らとて、すべての個体を処理できるわけではない。取りこぼしは必然出てくる。そして漏れた個体はあらぬ方向から……。
「九時方向! コンビニ前の交差点! 小型野郎が湧いてる!」
小隊長は舌打ちしながら、とっさに指示を出す。脇を固める少女兵士たちは自動小銃で撃ち殺す。
小型は数が多い。どこから出てくるかわかったものではない。多方向からたかられると対処が厳しい所以だ。
「その調子だ! アリもどきは小銃でも倒せる! 頭や胴を撃てば死ぬ! 動きもトロい部類だ!」
対処法を確認しながら、小隊長は迷わず撃てと命じる。一方で正面道路。ワンテンポ遅れて機関銃手が狙いを定め、
「多少動く的だと思え! 小隊各員! 弾がなくなるまで撃ち殺すぞ!」
狂気と正気を兼ねた小隊長の号令の下。
かすかな希望を手繰り寄せる、絶望的な戦いが繰り広げられてゆく……。
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