1-7
立川駅前。南口広場。
そこは行き交う人や車などではなく、理外でデタラメな造形の〈怪物〉どもに埋め尽くされていた。
「おーおー、ほどよく集まってる。撤退組も無事に済みそうでなにより」
「天津さん、いくらなんでも多すぎじゃないの!?」
白ブレザーの監察官ことエレナは、掌から鋭い電撃を放ちながら背中を預けた天津相手に文句をぶつける。
駅前に広がるペデストリアンデッキに陣取ってはいるものの、さしたる陣地もトラップもない。当然、友軍はゼロ。自身のもつ武装と異能だけが頼りだ。
ペデストリアンデッキの階段を登ってくるのはひ弱なアリ型だけだが、物量が異常である。まるで川の流れを成すような六本脚の群れ。
「この辺のやつら全部来てる! こんなに倒しきれない!」
「エレナさん、力抜きなって。殲滅しなくても大丈夫。いい感じに倒したり、逃げ回ったりして……できるでしょ? この辺り遮蔽物もビルも多いし。
「だから今やってるじゃない!」
「戦う前の威勢、よかったのにね。『あんなザコ個体』なんでしょー?」
「うっさい! ケースバイケース! ……ていうか二時方向、来てる!」
「はーい」
接近するアリ型を
「ッ! 〈ライトニング・シュトローム〉!」
エレナが掌から打ち下した眩い高圧電流。一帯を巻き込む渦状の広範囲雷撃波。アリ型どもはたまらず巻き上げられ——くず折れる。
「……カッコいい技名。頼りになりますねえ、エレナさん」
「射撃動作! 甘くなってるわよ! 余裕ぶってんじゃないわよ!」
〈魔法使い〉ならではの超常現象攻撃を繰り出したエレナは、肩で息をし始めた天津へ叱咤する。
エレナの指摘は真っ当であった。
事実、迎撃は間に合っていない。
倒した個体数よりも、仲間の屍を踏み越えながらに迫り来る個体数が数倍している。こうしてやつらはにじり寄ってきて……。
「もう無理っ! 天津さん転移準備!」
「……もうやってるっ!」
ついにゼロ距離に。
ぐちゃり、と。アリ型のあけた口。漂う酢酸臭。迎撃は間に合わない。
やつらに組み付かれる瞬間——天津の能力こと瞬間移動が発動。つよく手を握りしめたエレナ諸共、別座標へと退避した。そこは駅ビルの屋上。高さはともかく、アリ型の群れから距離はさほど離れていない。
「……移動は、次が限界かな。小銃も残弾が、ね」
「私の放電能力も、さっきのを撃ててもう二発。それでどうする?」
「リベルテが来るから、大丈夫」
天津は答える。息も絶え絶えだが、気力はまるで衰えていない。
天津は続ける。
時間なら稼げている。作戦通りだ、と。
「それまで生き残れなかったら?」
「幽霊にでもなって、リベルテを呪っときますかね。あの自由人はどこで油売ってんだか」
「……あれ? ちょっとまって」
エレナは何かに気づく。
奴ら〈怪物〉どもの足音でも破壊音でもない。
腹に響くような低重の駆動音。自動車のエンジン音?
「人間よ! だれか来てるわ!」
姿を見せた。走行する一台の車。四輪駆動の乗用車だ。
しかしどういうわけか。タイヤかエンジンが異常をきたしているのか低速である。
そしてヨロヨロとした走行の末に、力尽きるように路肩で停車した。ふたたび動き出す気配はない。
「撤退組の生き残り? 誰か乗ってるの?」
違う。天津は直感した。
ぜいぜいと息を吸うので精一杯だから、目視はしていない。だがこのタイミングで地獄に舞い込んでくるやつなど、天津の記憶には一人しかいない。
やっときた。
我らが頼れる〈魔法使い〉のエース。
閉塞した裏世界に、風穴を開けんとするリーダーが。
続いて。耳をすまさずとも聞こえてくる。乗用車の窓が蹴破られる音と、天津には長い付き合いの、聞き慣れたふざけた声だ。誰かと、何かをしゃべっているようだが……。
「リベルテです。エレナさんはここで待っててください!」
天津は全力を振り絞り——瞬間移動。単身で擱座車両へと駆けつける。
四輪駆動車の運転席。そこには天津の頼るべき、勝手知ったる腐れ縁はいた。スリーピースの黒スーツといういでたちの、ウェーブが掛かったショートボブの紅い髪。一人称が「僕」の奇想天外な自由人。
そいつはこの期に及んで、のんきにあくびをしていた。
「これはこれは。黒縁オタクメガネの天津指揮官じゃん。ご壮健でなにより」
「……あの、先輩。その助手席の子は?」
天津は開口一番に問う。リベルテの隣の助手席には、見知らぬ制服姿の少女が乗っていた。
そして数分後に。天津は知ることになる。
リベルテではなく、この謎の少女こそが。絶望的な戦況を一転させる異次元の〈魔法使い〉であること。
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