1-6
「——っと! 転移成功!」
防衛線上の大通り。
唐突に、空中を浮かぶ少女が現れた。
高度にして雑居ビルの屋上ほどの感覚。
迷彩服にヘルメット。自動小銃を構えた黒縁メガネの少女——天津であった。
ついでに白ブレザーの少女(役職・監察官)もふわふわと浮かんでいた。意識は失っているようで、おそらく自身の浮遊に気付いていない。
「わ! すっごいアリ型の群れ! 上から見るとけっこうアレだわ〜!」
興味本位に湿った岩をひっくり返した時みたいな反応をしながら、天津は小銃を構える。
単射。単射。弾倉装填。
単射。単射。弾倉装填……。
天津は空中から、小銃弾を撃ち下ろす。
一匹一匹。撃ち損じのないように。
丁寧ながらに一方的な攻撃。まさに害虫駆除。
地を這う〈怪物〉は、宙に浮く天津にはとどかない。他は見向きもせずに〈魔法使い〉の天津相手にたかるくせに、なすすべもなく見上げるばかりだ。
かくして天津はアリ型個体の一部集団を殲滅。周囲の安全を確保したうえで、残存兵力が立てこもるバリゲード陣地へと降りたった。
「——状況は?」
「やっとかよ! 指揮官さんよお? おせーよブチ殺すぞ!」
小隊長は救われた思いの満面の笑みで、憚らず暴言を投げつけた。
「防衛線はうちらで最後だ」
「それはよかった。
「いよいよ潮時っぽいな。あんた、ひとりで死ぬ気じゃないよな?」
おや、心配してくれるの? と。
天津は首をかしげた。
「……メガネのオタク天津は殺す、とか文句垂れてなかったっけ? オープンで声バッチリ拾ってたけど」
「は? それ、帰ったらゲームで何度も殺すって話。コントローラー握りしめて泣くなよマジで」
「はいはい。無事帰ったら、ね」
「そんじゃ素敵な魔法で早いとこテキトーなところまで跳ばしてくれよ。天津指揮官どの」
「……了解」
軽口のたたき合いも終え、天津はチカラを込めて手をかざす。すなわち〈魔法使い〉たる異能の発動。
能力名。
今回の対象は、小隊長と満身創痍の少女たち。転移座標は戦場外。
天津のかざした手が一瞬輝いて、能力は無事発動。
派手なものを発することもなく、防衛戦を戦いぬいた彼女たちは忽然と姿を消した。そして天津らも、一旦後退する構えで手近なマンションの屋上へと退避する。
「さて、と。いつも通り、わらわら近寄ってくるねー」
〈魔法使い〉こと天津の存在に気を惹かれているのか、戦域上の〈怪物〉どもが天津へと近寄ってくる。この様子では、他の少女兵士相手には見向きもしていないだろう。
「そんなに〈魔法使い〉の女の子がお好きで?」
大通りに残ったのは二人の〈魔法使い〉。
自動小銃を構えた天津と、白ブレザーの監察官のみ。
対して、数百を超える数に達した〈怪物〉ども
どいつもこいつも。やつらなりの「口」と思しき下腹部を開いて、醜悪な吐息をはく。
ぐちゃあ、と。開いて。
にちゃあ、と。酸がまじった唾液が垂れる。
じゅっ……と。唾液に溶かされたアスファルトが、気体と化して辺りに漂う。不快極まりない汚い汚臭である。
大小多数の〈怪物〉の群れは、天津の逃げおおせたマンションへと押し寄せる。新たに湧いてきたアリ型の小個体が、昆虫的な外見らしくマンションを壁面づたいに登ってくる。
屋上へと、いずれ辿り着く。
天津たちに逃げ場は、ない。
「起きて〜! っていうか、やっと起きた! 監察官さん!」
天津とともに気絶したままテレポートと浮遊を繰り返していた監察官だが、ここにきてようやく意識を取り戻していた。
「起きたところで監察官さん。あなたの〈魔法使い〉の能力は?」
「……雷撃よ。攻撃でも防御でも、ある程度はなんでもできる」
監察官の少女は気力を振りしぼって立ち上がる。
「瞬間移動があなたの能力なのね。じゃあ最初から、全員で遠くにテレポートしておけば……」
「その疑問はごもっともなんだけど、この手の能力は使用に制限があったりするわけで」
同じ〈魔法使い〉なら分かるでしょ? と。天津は監察官の少女に問うた。
「結論、監察官さんのチカラが頼りです。わたし自身に攻撃力はないので」
「私の、力が?」
「どのみち連中を引きつけないと撤退の安全確保がうまくいかないから、今こうしてるわけです」
「……わかったわ。ごめんなさい。さっきは情けなくわめき散らしちゃって」
先ほどとは打って変わって。監察官の少女は取り乱すことなく、深々と頭を下げた。
「いやいや。そこまで責めてませんよ。少女国中央政府のエリートたる監察官どのが、我々兵隊とは別次元のプレッシャーと戦っておられることはよーくわかりますから。それで〈怪物〉どもとの実戦経験は?」
天津は慰めつつも、話をすばやく切り替える。すなわち生存確率を高める現状確認。
「ないわ。けど、演習での成績は五本の指の常連だった」
「さすが監察官。そうでないと我々前線組の監視は務まらないですから」
天津は安堵の息を吐いた。
落ち着いてやれば充分生き残れる。監察官の経験不足は、天津がうまくサポートすればいい。むしろ経験を積ませてあげるくらいの心持ちで、冷静に。
「攻撃は監察官さんメインで。私は都度バックアップします。危険なところはテレポートや援護射撃でカバーするのでガンガンやっちゃってください」
「……エレナよ」
「ん?」
「私の名前!
へぇ〜、と。天津はニヤニヤと笑うと、からかうように口元をゆがめた。苗字も名前もカッコいいねぇ、と。
「覚悟決まりました? じゃあこっちも名乗り直しますか」
「は、はぁ?」
「
「べっ、べつに……、改めなくてもそっちの名前ぐらい知ってるから! あと私は16歳!」
戦えばいいんでしょ戦えば! 怖くなんてないから! べつに! などと、エレナは恥を捨てて叫んでいた。
「そろそろ。やっこさんのおでましかぁ。ここまで登ってくるのはさすがアリ」
「ええ。見えてるだけで十体。ふざけた大きさのアリね?」
「それじゃあエレナ。チュートリアルがてらに、あいつら全部いける?」
天津は確認する。まるで覚えたての新人バイトに簡単な作業を任せてみせるように。
対して監察官の少女改め白ブレザーの〈魔法使い〉エレナは、堂々と啖呵をきってみせた。
「あんなザコ個体、当たり前でしょ!?」
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