1-5


 守るべき拠点にて中枢。地下駐車場の臨時指揮所。


「厳しいな。やっぱり〈魔法使い〉がいないと」


 ヘルメットに迷彩服姿の、黒縁メガネをかけた指揮官少女、天津がモニタをにらむ。

 表示されているのは戦域図。

 立川駅南側に点在するのは、健在戦力を示す青色の光点。対して大通りを直進しようと押し寄せるのは、敵個体群を示す赤色の光点。戦域を俯瞰するカメラドローンと、画像認識処理システムによって図式化された戦況である。

 大通りの縦軸に、ジリジリと迫る赤色。

 青色のラインは、横列を維持しつつ退がっていく。

 天津は即断していた。これ以上は耐えきれない。天津の指揮は適切であった。

 そして防衛部隊もまた、命令を過たず実行し秩序を保っていた。戦死者はゼロ。奇跡的ともいうべきだが、部隊が遠距離戦に徹したうえで天津が後退のタイミングを逃さなかった成果であった。

 さりとて反撃に転じているわけではない。

 あくまでも最悪を回避しているだけなのだ。


「強襲侵攻がこの規模で……。ニュータウン方面に大規模な巣窟ネストがあるのかもしれない」

「それでどうするのよ!? 兵器も弾薬もない! 残りの戦力だって、もうここにいる私たちだけじゃない!」


 まくし立てる声。口元に手をやってつぶやく迷彩服の指揮官天津に、監察官を示す白ブレザーの少女は机をたたいて訴える。

 事実、状況は綱渡り的。

 リベルテらが駆けつけるまで耐えればよしとはいえ、敵〈怪物〉の数が多過ぎる。タイムリミットの砂時計は予想を超えて目減りしているのだ。


「逃げても同じでしょう。生き残るにはここで戦うしかない」


 天津はつぶやいた。


「リベルテに賭ける。一騎当千の〈魔法使い〉たちに」

「それまでにダメだったら!?」

「覚悟するしかないでしょうね」


 天津はこともなげに言ってのける。

 覚悟。すなわち死。

 それも〈怪物〉相手。楽に死ねるはずもない。

 監察官の少女は白ブレザーのスカートの裾を握りしめ、ガクガクと足を震わせる。


「監察官さん。あなたも後がないでしょ? 目的達成のうえで私たちを使い潰すならともかく、仕事が不首尾で単身逃げたとあっては。反体制罪でエリートコースも脱落。その白ブレザーも没収。私たちリベルテ隊の担当になったのが運の尽きでしたね」


 監察官の少女は言い返さない。その場でうつむくだけだ。


「査問にあって、降格処分で『兵隊堕ち』はまちがいない。そしたら、遅かれ早かれ死にますね。指揮官に恵まれないと」


 天津は脅迫していた。晴れてこっち側のお仲間入りだね、と。戦況もどこ吹く風か、ニヤリと笑って。指揮所に詰める本部要員で、各部隊をオペレートする迷彩服姿の少女たち。彼女らも無言と無表情をもって指揮官たる天津に同調していた。


「……私、わるいことした?」


 監察官の少女の、しぼりだすような掠れ声。

 彼女の頬には涙が伝っていた。

 

「ねえ? 天津さん。わるいことした?」

「いえ、べつに。白ブレザーのスカート丈がちょっと短いこと以外は」

「——ふざけないでよ! どうせみんな、私のこときらいなんでしょ!? 監視役なんて! 政府なんて! 死ねって思ってるんでしょ!?」

「んー、たった今思うかも。あんまりうるさいと」


 指揮に差し障るんで、と。天津はつけ足す。

 監察官の少女。彼女の立場は複雑であった。

 中央政府——彼女らが打ち立てた自治組織からの派遣役。役職の文字通り、課せられた任務は天津ら防衛部隊の「監視」だ。増長を防ぐべく監視し、戦闘の際は逃げないように督戦する。ゆえに中央からの信任がなければ務まらない。

 しかしながら。

 立場あるエリートとはいえ、元々は迷い人にすぎない女の子。

 到底、命の懸かった修羅場の経験などないはず。

 精神に限界を迎えていたのか。白ブレザーの少女は、その場で泣き崩れてしまった。


「……ま、政治ってやつのせいかな」


 天津はやるせなくつぶやいた。

 そして意識を戦況へと集中。受信のみオープンに開いた通信に耳をやっていた。


『——小さいやつらが、すぐそこまで来てる!』『——撃ち殺せ! 一匹残らず殺せ!』

『——後退は第二分隊が先! ほかの全員で支えて!』

『——距離150! デカいのが二体!』

『——ねえ! もう対戦車弾カールグスタフのこってない!!』

『——どうやって……、どうやって止める!? 指示を!』


 そろそろ誰かしら死んじゃうな、と。

 天津はため息をつくと、パイプ椅子から腰を上げた。


「……出ますか? 指揮官」

「だって戦える人間、もう私ぐらいしかいないしね」


 なにかを察してか。本部要員の少女が声をかける。

 同じ戦場で肩を並べる仲で、信頼のおける関係なのだろう。天津と彼女は緊迫する状況のなか、ざっくばらんに言葉を交わす。


「私だって〈魔法使い〉だし。リベルテほどじゃないけど、とりあえずみんなを逃すことくらいはね」

「じゃあついでに、そこの泣いてる子も連れて行ってください」

「邪魔ってコト?」

「いやいや。監察官なら〈魔法使い〉でしょうし、本気にさせれば戦力になるのかなと」

「なるほど。それじゃあ、よろしく」


  その一言は、ちょっとコンビニにいってくる、くらいの調子であった。

 天津は戦場に向かう。一挺の自動小銃を携え、白ブレザーの少女の腰をつかむ。

 そして彼女もろとも、天津は瞬間移動のごとく指揮所から姿を消した。

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