1-8

  

「現状、死傷者はゼロです」

「了解了解。さすがは名将天津。ミリオタも極めれば戦争できるって証明だね。名実ともに軍師様だねえ! あとエレナくんだっけ? きみ、カワイイね」

「……先輩、馬鹿にしすぎでしょ私のこと。あとおっさんみたいなキモい絡みはやめてください」


 路肩に乗り上げてすっかりお釈迦になった四輪駆動車。

 なのに政府要人のごとく堂々と降車したリベルテは、なんとか命をつないでいる天津とエレナの二人組相手にのんきに雑談する。

 ちなみに〈怪物〉どもの大群は現在進行形で接近している。当然こちらがわに。


「さっそくだけど天津。あのビル。僕たちだけ屋上にワープさせたまえ。そこの助手席に乗ってる女の子……幸永かなえ君っていうんだけど、この子はココに残してね」

「はぁ?」

「はぁじゃないんだよ。いいからいいから」


 天津は首をかしげながらもリベルテに従った。

 長い付き合いだから解る。なにか考えがあるのだろう。

 こうして天津ら三人は近くのビル屋上へ。しかしこの瞬間移動で天津は、〈魔法使い〉としては意識のギリギリまで力を振り絞ってしまった。


「……リベルテさん? なんでおいて行っちゃうんですか!?」

「あー、さっきのチュートリアルの続きやるから! こんどのはガチの戦闘! 大丈夫きみ死なないから! 最強だから!」


 幸永かなえという女の子は、泣きそうな顔で叫んでいた。

 自動車で駆けつけてみれば〈怪物〉まみれの四面楚歌で、しかも身一つで、説明もなしに路上に取り残されたのだから当たり前だ。

 とはいえ置き去りにしてしまったのは天津自身であったから、気にかけないわけにはいかない。天津は自戒した。リベルテとつるんでいるうちに、ずいぶんと毒されてしまったらしい。


「先輩。チュートリアルって何です? 戦闘って、あの子は承諾していないようにみえるんですが」 

「僕たちと同じ裏世界への迷い人だよ。どんな子かは見てればわかる」

「いやだから質問に答えてくださいよ……」


 自信満々に腕組をしているリベルテを横目に、天津はげんなりとした。

 百聞は一見にしかず。おそらくは有望な〈魔法使い〉のデモンストレーション。リベルテの意図はそのあたりだろう。天津は雰囲気で察してはいるも、やはり女の子の命がかかっている。心配せずにはいられない。


「まちたまえ。いまの天津が行って何になる? ヘロヘロのオタクが増えてパニックになるだけだよ」

「じゃあ先輩が行くべきでしょ。」

「そんなことより〈怪物〉どもの流れを見たまえ。きみなら解るだろう?」


 やつらの流れ。

 リベルテの指摘を受けて、天津は怪訝に思った。

 〈怪物〉どもの群れの動きがおかしい。ビル上から俯瞰するからこそ分かる異常さ。

 そろいもそろって、ビル上のこちら側に見向きもしやがらないのだ。仮にもお目当ての〈魔法使い〉が三人もいるのに。しかもリベルテがいるのに。

 〈怪物〉どもは標的を多数見つけた場合、より強い脅威をターゲットとする。

 学校制服を着たふつうの女の子よりも、武装した迷彩服姿の少女兵士を。兵器を扱う少女兵士よりも、〈魔法使い〉の少女を。

 そして同じ〈魔法使い〉であれば、より強い〈魔法使い〉へと狙いをつけるのだ。これまでの常識に則るならば、やつらからの有名税を支払うのはリベルテのはずなのだが……。


「えっ、えっ、なんかいっぱい来てますけどぉ! リベルテさぁ~ん!!」

「おめでとう、かなえ君! きみは今日から立派なアイドルだ! 奴らを全員もれなく魅了してあげたまえ!」

「ふぇえ??」


 天津はにわかに信じがたい光景を目の当たりにしていた。

 幸永かなえの周りには、見渡すかぎり〈怪物〉だらけ。四方八方から殺到している。リベルテのいるこちら側など眼中にない様子だ。

 幸永かなえという少女。髪色も黒。髪型もセミロング。背丈も一六〇センチ台前半。外見も言動も雰囲気も、普通の女子高生か。

 あの子に、それほどのチカラが……?


「いつもの先輩の『直感』ってやつですか? さすがに危険が過ぎ……」

「——天津」


 リベルテはたったの一言で、天津の疑問をぴしゃりと遮った。監察官のエレナにいたっては蚊帳の外である。

 先ほどのくだけた様子とはまるで違う。

 うって変わった真面目な顔で、である。

 そうこうしているうちに〈怪物〉どもは幸永かなえへと迫る。それも直接喰われる寸前の距離までたかられて――。


「心配なんて杞憂だよ。これから僕たちは、神の御業をみるんだ」


 リベルテが意味深につぶやいた、一瞬後であった。

 無数に近い幾筋もの光条が〈怪物〉の大群を射抜いた。

 すべての個体が、もれなくか細い光をうける。発生源は幸永かなえ。やつらに襲われた彼女が、恐れをなしてとっさに突き出した両掌から迸ったのである。

 威力も衝撃もない。派手さなどは皆無。

 蜘蛛の糸そのものな、星座を描く線みたいな、微弱な光の線の数々。

 しかし、それこそが幸永かなえが無自覚に放った「攻撃」であった。

 光ゆえに事象は瞬時。見る者の瞬きすら許さなかった。

 幸永かなえに群がる幾百の〈怪物〉どもは、攻撃されたことすら理解していなかっただろう。

 気がつけば胴体が両断され――ことごとく沈黙する。

 一匹残らず、瓦礫の骸と化す。


「…………えっ」 


 眼下の光景。天津は畏怖した。

 あまりにも絶対的な攻撃。訂正。もはや攻撃ですらない。慈悲。救済。〈怪物〉と呼ばれる個体たちが、もう二度とだれかを襲わずに済むように照らされた無痛の光。

 事実、一帯の個体群は天に召された亡骸と化した。

 道路を介して四方八方から迫りつつあった〈怪物〉どもも、神の存在に恐れおののくように動きをとめていた。 


「ほらね?」


 リベルテの評価に噓偽りはなかった。

 幸永かなえの超常の力。まさに奇跡であった。

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