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†
時は半日ほど経過して。
イレギュラーたる〈怪物〉個体群の大規模侵攻は、劣勢を強いたにもかかわらず、突如として収束に向かっていた。
注視すべきは、ひとりの〈魔法使い〉の登場。
裏世界への迷い人にして神懸かり的な攻撃をみせた少女——幸永かなえ。その人である。
「中央政府からの増援? どこの戦線も、あの子ひとりで充分だ」
すべてはリベルテの言葉通り。
結論。彼女はたったひとりで敵〈怪物〉群の侵攻を阻止した。
幸永かなえが放つ無数の光条。(本人は戸惑いながらの)わずか数回の斉射によって、辺りすべての〈怪物〉個体群を殲滅していた。殲滅。文字通りの一匹残らず。立川駅へと殺到していた個体群は、数分とせずに物言わぬ残骸と化した。
その光景を目の当たりにした者の反応は、三者三様であった。
迷彩服に身を包んだ指揮官天津は、しきりに自身の黒縁メガネを拭き直しては直視し、驚愕していた。
白ブレザーの監察官こと
「かなえ君。攻撃の仕方はわかったかい?」
男装のスリーピーススーツなリベルテは、両腕を組んでは不敵にほくそ笑んでいた。
「それじゃあ感覚を忘れないうちに、他のとこで練習しようか」
リベルテの有無言わさぬ指示により、幸永かなえは数時間にして〈怪物〉個体群の侵攻を受けていた各地を転戦した。
立川方面と同様の、多摩川防衛線沿いの前線拠点。
府中、調布、二子玉川……。
すべての戦場において、幸永かなえは超常的活躍をみせた。
やったこと自体はいたって単純。戦場に駆けつけて〈怪物〉のいる方向にむけて掌をだす。ただ、それだけの淡白さ。
しかし〈怪物〉側には一切の行動が許されず、一方的に光が降り注ぐ。
そのありさまは、もはや戦闘ですらなかった。
まさに〈魔法使い〉。奇跡という言葉がふさわしい。
本人の無自覚な(戦力の真価を理解していない)ふるまいも相まってか。救われたすべての拠点要員は謎の少女こと幸永かなえに対して、後光が差したような畏怖を覚えたという。
「……変わらざるを得ないね。我々も。中央政府も」
リベルテは評した。
これこそが、伝説のはじまりだと。
のちに裏世界の少女たちすべての運命を揺るがす〈魔法使い〉幸永かなえの、最初の戦闘であった。
†
かくして昼も夜もない裏世界の、狂った色彩の空の下……。
拠点として運用している高校校舎の、もとは校長室であった執務室にて。リベルテと普段着に着替えた天津は、テーブルを囲ってカードゲームに興じていた。
「すごかったねえ。かなえ君のチカラは」
カーテンも締め切られた密室。
頭脳戦の遊びがてらに、二人は言葉を交わす。
議題は無論、〈魔法使い〉幸永かなえの存在と……。
彼女の登場をめぐる、各勢力の出方の推測。
「あれほどの戦力。中央が黙ってはいないでしょう」
「仕方ないさ。『台場』の連中はね。うっとおしいかぎりだが」
次に使うカードを考えながら、リベルテはぼやいた。
暫定首都。通称『台場』。
〈怪物〉どもが決して踏み入れない聖域――四方要所がくまなく水辺に囲まれた埋立地域、臨海部。この不条理極まる裏世界においてもっとも安全な場所。政府機能を保全するには絶好の地理である。
そして西東京地域にわたって対〈怪物〉警戒圏を拡大するに至ってなお、元来日本国の中枢であったはずの永田町や霞が関に移転することもなく引きこもってばかりいる現政権の首脳部……。
「むこうも引きこもってばかりじゃないでしょう。横槍を入れてきますよ。確実に」
自身の手札を睨みながら、天津は述べる。
中央政府と外縁勢力とのパワーバランスが崩壊する。
それもたった一人の、迷い人になりたての平凡そうな見た目の〈魔法使い〉によって。
遠からず、中央政府は動いてくる。
向こう側からは、閣僚級のだれかしらが『台場』から出張ってくる。対〈怪物〉防衛の最前線にしてリベルテらのテリトリーたる西東京地域へと。
「それはそうと……この効果発動がとおれば僕の勝ちだね」
「妨害ありません。投了です」
かくしてリベルテと天津の会話は、次なる展開を予感させる結論で締めくくられた。
「こちらも、各支隊のリーダー級に召集をかけよう」
「了解です。こちら側にも意思の統一は必要ですからね」
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