2-3


「直接会うのは三ヶ月ぶりかな、さくさく君」

「ですです! おひさしぶりですぅリベルテ司令!」

「でもまあ……、できれば普通に入ってきてほしかったけどねえ」


 唐突な突入にきょとんとするエレナとかなえ。すこしはまともに入って来れないのかと呆れて天を仰ぐ天津。さしものリベリテも困り顔であった。あたりはガラスまみれ。会議室はすっかり機能しなくなった。

 「さくさく」と名乗る薄橙色なボブヘアの、ぶかぶか紺色セーラー服の少女は、名簿に照らせば召集されたリーダー格——西方総隊(西東京方面)の総隊長に違いない。

 とにかく、かなえは面食らってしまった。

 「さくさく」さんは、隊長というには小柄で幼すぎる。セーラー服を着ているのに小学生に見える。身長は130センチ台かもしれない。


「ところで、あなたが例のかなえさんです? ワタシは「さくさく」って言います〜! 中学二年生です!」


 どうぞ気軽によろしくです! と、かなえはあいさつを返す間もなくポジティブに迫られては、気付けば一方的に握手されていた。

 中学二年生とのことだが、やっぱり小学生みたいな小さな手。純真無垢な童顔。けれども握る力は強い。もちろん悪意ではなく、単にテンションが高いだけなのだろう(握った手もぶんぶん振っている)。


「ほらほら! 零華ちゃんもあいさつあいさつ!」

「どっ、どうも……」


 今回召集されたのは各方面のリーダー格で、来訪者は「さくさく」と名乗る幼なげな彼女だけではなかったらしい。

 ぼそぼそと、後ろから小声。

 かなえは声の方向に振り返る。

 別の少女が、会議室の奥端の席にいつのまにか座っていた。うつむき加減に文庫本を読んでいる。

 背丈はかなえとさして変わらず、やや細身なスレンダーな容姿で、薄茶色のブレザー制服。落ち着いた深藍色のおさげで、地味な印象。かなえは思う。窓ガラスを突き破ってきた「さくさく」さんとは極端に真逆。人見知りなのかも、と。


「零華ちゃん、まーた本読んで隠れちゃって。リベルテ司令は気づいてましたよね?」

「気づくもなにも三〇分前から会議室にいたねえ。たぶん僕らが来る前から。零華君の透明化、みんな気付かなかった?」


 リベルテは全員を見渡す。エレナは「透明化? 〈魔法使い〉にそんな種類の能力が……?」などと素直に驚き、天津は「準備に忙しくて知らなかった」と受け流す。もちろんかなえが気付けるはずもなかった。

 ともあれ、気が付かなかったというのは失礼だ。かなえは進んで挨拶しようと歩み寄ったのだが。


「わたしは、幸永かなえっていいます! 高校二年生で——」

「私は、とっ、透明になりたいんです……」

「透明?」


 唐突に。地味な読書少女は言葉を紡ぐ。意図はよく分からない、が。


「みんなに迷惑かけないで、クラスに溶け込めるような、透明な人間って意味で」

「えっ」

「元々の世界じゃ友達付き合いで失敗して。でも、この世界でもみんなを怒らせて、学級裁判で追放刑になって、それで外縁区に……」


 副隊長の零華は、どういうわけか身の上話。しかもかなり根の深そうな。

 当然かなえはどう返していいかわからず、零華と名乗る少女との挨拶はそこでとぎれてしまった。


「こらこら零華ちゃーん!? いきなり暗い話ダメって!! しかも零華ちゃん本当はぜんぜん悪くないのに!」

「ごっ、ごめんなさい。でもさくさくちゃんも、むやみに物を壊すのはみんなの迷惑だから……、だめだよ?」

「む〜零華ちゃんッ! だったらわたし以外のみんなにもちゃーんとハキハキ話すですぅ! 本に向かってじゃなくて人にむかって!」


 ホラっ背筋ピーンして眼をあけて! せっかく本当は美人なのに〜! うーーん!! ……などと。 さくさくは机に縮こまる零華を、グイグイと家具の位置を調整するように容赦なく動かす。零華側も本気では嫌がっていないあたり、さくさくという少女には心を許しているらしい。


「あれあれ司令? 武者さんと十六夜さんはどちらですぅ?」

「多摩川沿いは攻撃されたばかりだからねえ。彼女たちが来るのは落ち着いてからだね」

「それは残念ですぅ〜。せっかくたくさんお菓子もご飯も持ってきたのに〜」

「それは僕がもらっておこうか」

「リベルテ司令は食べすぎですぅ! よく太らないですねぇ~うらやましいです!」


 雑談はさておきと、リベルテは補足する。


「かなえ君。北部総隊の副隊長――零華君の能力は透明化でね。自身も透明になれるし、物質を透明……というかゼロ扱いにして持ち運ぶこともできる。ゲームのアイテムボックスみたいな魔法の、二人といない〈魔法使い〉さ」

「リベルテ司令ーっ! わたしの紹介はしてくれないんですぅ〜?」

「さくさく君はチカラは〈怪物〉相手に実演したほうがわかりやすいと思ってね。ド派手な花火を見せてくれたまえ」

「司令のご命令とあらばいつでも!」

「……戦闘時だけ、奮ってくれたまえ」


 かなえは安堵する。

 二人とも、まったく怖い人ではなかった。仲良くできそうだ。

 ……などと胸をなでおろしていたさなかであった。


「へえ。平和ボケのまぬけな顔が、おそろいね」


 不意に。

 二人の制服少女が音もなく現れる。

 この場の人間すべてを見下ろすように、無作法にも会議室の机の上に立っていた。

 ひとりは純白の制服姿で。白襟前開きタイプのセーラー服と丈の長いスカート。開口一番集った一同を「平和ボケ」と評した、人形のような細身の少女だ。絹のような髪は深緑がかったセミロングで、たれ目の瞳の奥はハイライトが消えている。ぽつりとつぶやかれた声。この世ならざる戦慄を感じさせる。


「なぁHitomi。あたし、思いっきし『挨拶』してやりてぇんだけどさ」

「……私は関知しないわ。好きになさい」

「じゃ、好きにさせてもらうぜ」


 共に現れたのは。長身で体格もスタイルもいい少女。

 上下とも黒地に白ラインのジャージ姿で、染められた感じの金髪が不良然とした雰囲気。無遠慮にどかどかと進んでは、ほかの面々など知ったことかとリベルテの目前まで迫る。


「久々に会ってみればリベルテよぉ? ぬるい連中とおままごとやってるうちに顔面がデブっちまったんじゃねえのか?」

「666くん。君はもっと肉を食いたまえ。さすれば僕のような包容力やカリスマ性が備わるだろう」

「そんじゃあテメーが作戦中におっ死んだら、その肉でも食うことにするわ」

 

 敵意。暴言。

 666と呼ばれた少女は嗤う。寄せ付けない威圧感を放っている。殺気じみた、抜身のナイフにも似た鋭さ。触れれば無事には済まない。

 ただならぬ恐れをかなえは感じる。さくさくや二人とは対照的だ。本当に味方なのだろうか? リベルテさんはいつもどおりに飄々としているけれど、大丈夫なのだろうか……。


「そんで、本題。そこの白ブレザー」


 666と名乗る少女は、新参のかなえなど眼中になかった。

 有無をいわさず白ブレザー姿の監察官——エレナを瞬時に組み伏せた!


「中央政府のクソ監察官さんよお。おめーのツラに用があるんだわ。いままで外縁区で死なされた、ダチたちのぶんな?」

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裏世界少女国(仮) ICHINOSE @tokyotype94

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