0-3

 

 助けてくれたのは、女の子? 

 それにこの炎って魔法? 超能力? 


 〈怪物〉の襲撃から命を救われた少女は、謎の救援者の姿をただみていることしかできない。


「安心してほしい。僕は、きみと同じく女だよ」

「えっ? あっ、あなたは」

「名前かい? リベルテ。そう呼んでくれたまえ」


 リベルテと名乗った救援者は頼もしくふるまう。スリーピースの黒スーツといういでたちの、飄々たる姿。謎の裏世界へと迷い込んだ少女にとって、リベルテなる男装の救援者は頼れる父親や教師のようにも見えた。


「……リベルテさんは、外国のかたなんですか?」


 少女はおそるおそる聞いた。

 よく見れば、リベルテのショートボブは日本人ばなれして紅く輝いている。粒子みたいな光を伴っていてヘアカラーとも違うけれど。自然なものともまた違う。


「なるほど。傍から見れば僕の髪や瞳の色じゃあ、リベルテなんて名乗っちゃ外国人だって信じちゃうかもねえ。もっとも、こんな世界に漂着しちゃった人間にそんな違いに意味はないよ。言語も国籍も、文化も信仰もね」


 リベルテと名乗る救援者は歯切れよく答えてみせた。

 そして少女はひとつの可能性に思い至る。

 ここは謎の世界。物理現象も原理も不明。

 ならば魔法使いや超能力者みたいな人間がいても不思議じゃない。現に〈怪物〉どもは炎の槍に貫かれている。ならばたしかに、日本人か外国人かなんて話は些細な話だ。そもそも現実世界でも赤髪はあり得ない色じゃない。自毛にせよ染髪にせよ。

 なのに外見で判断してしまった。少女は恥ずかしくなった。

 それに返答で口にされた印象的なワード。言語。国籍。文化。信仰。もしかしたら失礼だったかもしれない。


「その……リベルテさん! 変なこと聞いちゃってごめんなさい!」

「いやいや全然問題ないしこちらこそ気をつかわせちゃったね。リベルテってのもSNSのハンドルネームみたいな……、ようは身内のあだ名だよ。それで、きみは?」


 少女は聞き返されて、はっとした。自分も名乗らないと失礼にあたる。ましてや命の危機を助けてくれた相手に。


「……かなえ、です! 幸永かなえです!」

「そうかそうか、かなえ君か。ちゃんと覚えたよ。以後よろしく」


 リベルテはうんうんとうなずく。

 そして歩み寄り、迷い人の少女――かなえの右手を取って握手する。

 かなえは安堵していた。迷い込んでからはじめて他人とコミュニケーションがとれた。

 リベルテさん。口調も雰囲気も独特だけれど、たぶんいい人だ。信じても大丈夫だ、と。


「いやあ。かなえ君もたいしたものだ。迷い込んで早々に、こいつらの群れ相手に堂々啖呵を切るなんて。僕達もこの世界に迷い込んで久しいけど、たいてい最期を迎えるのは目を背けてうずくまりながらってケースが多い」

「最期って?」

「殺されるってことだね」


 最期。殺される。

 リベルテが平然と口にする言葉に、かなえは恐ろしいまでのリアリティを感じていた。

 夢じゃない。あの〈怪物〉の手にかかれば、やっぱり人は死ぬ。当然だ。

 ともあれリベルテという他者に出会えたかなえには、とある疑問が生まれる。


「ここってわたしたちと同じ人たち、他にもいるんですか?」

「いい質問だね。いるよ。かなりたくさん。きみと同じくくらいの女の子がね」


 そのときであった。

 ごごおっ! 突き上げるような揺れ。そして轟音。軋みと崩落が奏でる不協和音。壊れゆくショッピングモールの構造物を突き破って、ひときわ巨大な〈怪物〉が現れた。まるで神話の巨人が神殿かなにかから目覚めるような堂々たる強引さで。絶対的なまでの存在の差が本能を戦慄させる。

 それなのに。


「おお~、城塞君じゃないか! にしてもこいつまで呼び寄せるのか。かなえ君のチカラは」


 ちょうどよかった! とばかりにリベルテは手のひらをパンッと叩く。


「かなえ君も戦ってみたまえ」

「えっ?」

「チュートリアルだよ。ゲームの最初らへんにあるだるいやつ」

「えっと、わたしゲームとかって、動画はみるけど自分でやったことなくて……」


 リベルテが軽いノリで勧めるものだから、かなえ側もズレた答えになってしまう。そもそもこんなのゲームじゃない。


「かなえ君。きみなら簡単さ」

「……簡単っていわれても!」

「きみ、実は最強だから。僕が保証しよう」


 唐突な要求にかなえは泣きそうになった。

 根拠も説明もない。飲食チェーン店のアルバイトでも最低限のレクチャーがあるだろうに。そんな不安を知ってか知らずか、リベルテはというと手のひらで巨人じみた〈怪物〉を指し示してはふふっと不敵に笑っていた。



「さあ、戦いたまえ」



 戦うってどうやって? 

 かなえは正当な抗議の声を上げようにも、時間は待ってはくれない。


「ちょっとあのリベルテさん! 巨大なあれ、なんかこっちにむかって腕ふりあげてますけど――!」

「え? 大丈夫大丈夫」


 リベルテはあっけらかんと返す。振り下ろされる岩石の剛腕を前に考える間もなくかなえは両目を瞑った。

 ああ、終わった。

 そう思ったのだが。なにも起きずに数秒後。

 ……え? 生きてる。


 かなえはおそるおそる目を開ける。すると。


「こいつは立派な障壁展開だなあ、かなえ君」


 壁だ。神々しい光を伴った透明な結晶壁が幾重にも、かなえの周辺を護っていた。

 薄いけれどもヒビ一つ入らない堅固な防壁が、振り下ろされた巨体の剛拳を逆に粉々にしていた。攻防一体の防壁。当然、かなえの意思にかかわらず勝手に展開されたもの。生成方法も原理も与り知らない。

 よってかなえは戸惑ってしまう。


 これ――わたしが出したの?

 


「そうだよ。きみのチカラだ」



 リベルテは心を読んだように、光り輝くバリアをまじまじと眺めながら満足げに笑う。


「というわけで城塞君。チュートリアルも終わったし、そろそろやめてってよ」


 そしてリベルテは拳銃みたいに〈怪物〉を指さすと、豪炎の槍を虚空に生み出しては岩石の巨体を串刺しにした。

 かくして城塞君とよばれた一際巨大な〈怪物〉は、他個体と同じくその場にくずおれた。

 かなえはそんな光景を、かなえ自身が張ったという神々しいバリアの輝きに守られながら、放心状態でながめるだけであった。

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