第一章 少女だけの国。少女だけの軍隊。少女だけの世界。
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第一章 少女だけの政府。少女だけの軍隊。少女だけの世界。
一台の
「いやあ! デカくてゴツイ車をまわりに構わずトバすのは気持ちがいいねえ〜」
運転席で上機嫌にハンドルを握っていたのは、リベルテと名乗った謎のスリーピース男装少女にして救援者。
対して助手席には、不運にも謎の世界に迷い込んだ女子高生こと幸永かなえ。
「あのちょっとリベルテさん! スピード速すぎます速すぎます!」
「え? 取り締まるヤツなんていないから大丈夫大丈夫」
常軌を逸した運転をこなしながら、リベルテはこともなげに言ってのける。しかしかなえが本当に訴えたいのは順法意識ではなく、事故の危険性についてだ。
「かなえ君も握る? ハンドル」
「わたし免許なんて持ってないですう! 一七の、高校二年生です!」
「あー、たしかに取れないか。まぁ僕は大学生だから免許もってるけど。えっとサイフどこやったかな……」
「前! 前! 見せなくていいから前見て運転してください!」
下を向いてカバンを弄るリベルテに、助手席のかなえは震えが止まらず、こう思わずにはいられない。さっきは唐突に〈怪物〉と戦わされた件といい、この人はちょっと頭のネジが外れている。多分。
「ところでかなえ君。なんか腹減らないかい?」
「お腹減ってるとか! それどころじゃないですう!」
「……ごめんごめん。安全運転でいくよ。ちゃんと話できなさそうだしね」
リベルテはさすがに反省した様子で、車の速度を制限速度まで落とした。それでもかなえの緊張は解けない。
この世界の説明にちょうどいいかな、と。リベルテは一人でうなずきながら、目に留まったスーパーマーケットへと車を雑に横付けした。誰もいない世界なので駐車に気をつかう事もないらしい。
「スーパー、ですか?」
「ここならなんでもあるからね。入れば解るさ」
煌々と明かりの灯るスーパーマーケットに、二人は入店する。
やはりというべきか、店内はやはり無人。客も従業員も皆無。しかし電気は通っているらしく、店内照明はもちろんのこと、冷蔵冷凍設備も問題なく稼働している。肉や魚や野菜といった生鮮食品も欠かさず並び、できあいの弁当や惣菜も陳列。冷凍庫にはアイスクリームや冷凍食品もぎっしり。店舗機能は万全のようだ。
「かなえ君もさ、好きなのガンガン入れなよ?」
かなえの押していたカートの中に、リベルテはどしどし商品を入れていく。そのほとんどが高価格帯のパック寿司であった。リベルテなる男装少女は寿司がよほど好きなのか。かなえは引き気味になる。
ともあれカゴの中はあっという間に山盛りに。
「こんなに大丈夫なんですか? わたしお金持ってないですよ?」
「お金? あー、うん。お金は……、お金なら大丈夫大丈夫」
非常識なまでの大量購入におどおど戸惑うかなえに、リベルテは口ごもりながらも——自動レジを素通りした。
咎める店員がいないとはいえ、未精算。当然のごとく窃盗に該当する。そして、そんな犯罪行為を見過ごすかなえではない。
「リベルテさん! ソレってお金払ってないですよね!?」
「えーと……、いいかいかなえ君。きみの指摘は至極当然だが、どうか落ち着いて聞いてほしい」
リベルテはおだやかに両手を広げて、正論で詰め寄るかなえに弁明した。捉え違いがあっては困るといった様子で。
「まず前提として、この世界は基本的に誰もいないんだ。人間だけが消え去ったみたいな。おまけにどデカい〈怪物〉が湧いてくる有様だ」
「それは……、わかります」
「まるで不気味なホラーゲームみたいにね。とりあえずどっかに座ろうか」
立ち話も疲れる。二人は併設された焼き立てパン店のイートインコーナーへと腰かけ、リベルテは話を続ける。
「そこでかなえ君にクエスチョン。もし現実世界がこんな状況だったら、政府は放っておくと思うかい?」
いえ、と。かなえは答える。
事態の異常さをリアルなものとして呑み込ませるうえで、リベルテの質問は正鵠を射ていた。
「こんなにおかしいことになってたら、誰かが助けに来るはずです。警察とか自衛隊とかの人たちが……」
「正解だよ。しかし現実は違う。試しにスマホを見てみるといい」
かなえは、携帯式充電器につなげていたスマホを見る。
画面左上には圏外表示。仮にも東京都の郊外であるにもかかわらず、だ。ネットも電話も使えそうにない。
「かなえ君。誤解しないでほしいけど、そりゃ僕だって日本政府の施政権がこのホラーな世界に及んでいることを祈りたいさ。でもそうじゃない。だからお金なんて文字通りの紙切れ。クレカも万札も価値を担保してくれる存在がいないからね」
結論。
ここは現世と隔絶された裏世界。
誰も助けに来ない。
「とにかく僕たちは、意味不明な世界でサバイバルしなきゃいけない。臨機応変に。そして理性と人間性を保ちながら。そういう現実さ。……っていう理屈だと、やっぱかなえ君のいうとおりお金は払ったほうがいいよなあ」
リベルテは一人納得すると、一枚のクレジットカードを取り出してはレジに置いた。せめてもの支払い意思のポーズということか。
他方でかなえは納得していた。リベルテの話はもっともだ。現にリベルテの行ったこともこの世界で生きるためであって、べつに野蛮に荒らすとか放火するとかではないのだ。
「とにもかくにも、まずは腹ごしらえといこうか!」
さて! とリベルテは手を合わせると、大量の寿司をお構いなしに食べ始める。テーブルの上には高級寿司セットのオンパレード。大トロや本鮪、生サーモンにウナギに……。まるで親戚の集まりの場のような絵面だ。リベルテは高額セットだけを掻っ攫っていたので、総額にして数万は達しているだろう。
そしてリベルテは健啖家であった。
豪気さを誇った大量の高級寿司たちも、彼女の前にみるみるうちに数を減らす。テレビ番組の早食い大会もかくやという勢いだ。他方でかなえは少食なので、たまたまカゴに入っていたミニサイズの海鮮丼を箸でつまんでいた。
「ときに、かなえ君。この裏世界の不気味さを飲み込んだうえで、ひとつ不思議に思わないかい?」
「不思議? ですか?」
「パック寿司だよ。こいつの賞味期限は本来、一日と保たない。かなえ君の海鮮丼も同じくね」
「たしかに、言われてみればそうですけど……」
リベルテの次なる問いに、かなえはうなずく。
海鮮丼にしても問題なく美味しい。腐っている様子はまるでない。
「ふつう腐ってるもんだけどねえ。いかに謎の電気が通ってて、商品棚がヒエヒエに冷蔵されてるといっても」
かなえはハッとした。缶詰ならいざしらず、寿司なんて生ものが長期間、無人のスーパーで無事に並ぶはずがない。
しかし海鮮丼はできたてような美味しさ。マグロの細切れも、ほんのり甘い酢飯も。
まるで、寿司の時間だけが止まっていたかのように。
「では、元の商品棚を見にいこうか」
かなえは言われるがままに鮮魚コーナーへと戻る。
そして、かなえが目にしたのはすっかり元通りの高級寿司セットの数々。リベルテがかっさらい、そして豪遊暴食している最中のはずの。
かなえが見る限りパック寿司の種類や個数も同じ。手品の類じゃない。スーパーには二人以外に、誰かの気配もないからだ。
そしてリベルテはニヤリと笑って、この裏世界の原理の一端を告げた。
「この世界では、なんでも復活するらしいんだよね。僕らが目をはなすと」
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