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 リベルテの言う「なんでも復活する」。

 まさにゲームじみた、にわかに信じがたい原理。しかし裏世界への迷い他人のかなえは、謎原理の事実を目の当たりにしている。


「寿司が無限復活するって事実をおさえたうえで、賢そうなかなえ君にクエスチョン!」


 母親に図鑑を見せて問題を出す子供みたいにわくわくした目をしながら、リベルテはクイズを出す。


「この中で、復活しないものはどれ?」 


 リベルテ曰く。

 1、爆破したまま放置したビル。

 2、座礁して沈んだフェリー。

 3、駐屯地から盗んだ戦車っぽい車。

 4、ミスでおしゃかになった火力発電所。


「選択肢が、全部物騒です……」

「まぁいいじゃんそういうの。ちなみに実際に確認した事例だからね。ウソじゃないよ」


 リベルテから提示された択は、普通の女の子のワードセンスとはかけ離れた選択肢。

 リベルテさんはやっぱり独特な人だなと再確認しながら、普通な女子高生のかなえは答えを出した。


「たぶん、全部復活するんじゃないですか? リベルテさんってそういう問題出しそうですし」

「——正解ッ! 出会って半日経ってないのによくわかってるじゃないか僕のこと!」


 クイズ以上の解答が嬉しかったのか、リベルテは立ち上がってかなえと握手をする。その勢いたるや小学生の男の子のようで、かなえは思わず苦笑いしてしまった。


「全部、一定条件を満たせば復活するのだよ。復活にかかる時間は対象物のデカさや希少さに比例するらしい。根本原理は不明なんだけどね」

「お寿司みたいに復活するってことは、数自体は増えてるってことですよね?」


 かなえは食べている途中だった海鮮丼に思い至る。宴会のごとく広げられた高級パック寿司も、大食漢なリベルテとて完食はしていない。

 ならばスーパー内に存在する寿司の総量は増えているはずだ。増殖といってもいい。


「たとえば盗んだとかっていう戦車も、盗んだあとの戦車は手元でそのままで、基地にもう一台ぶん元通りなら……」


 そして寿司が増えるなら、選択肢で出された戦車も増えているはず。もっと仮定を踏み込めば、そんな謎現象が何度でも通用するなら?

 レトロゲームの裏技みたいに、無限データ増殖ならぬ無限戦車に?


「いい発想だよ、かなえ君。ちなみに戦車が復活するまでの期間は二ヶ月。フェリーは二年間。いうほど無限増殖ってわけじゃないね」


 たぶん、この裏世界的にレアアイテムだからなんじゃない? リベルテはラフに推測した。


「それでも、生きていくだけならスーパーにあるものとかで充分ですよね。電気も通ってますし、衣食住の心配もなさそうです」

「一面においてはその通り。それもこれも、きっとこの世界の神様的な存在が僕ら迷い人が飢えずに済むように作ってくださったんだよ。……って啓典には書いてあるけどね」

「啓典、ですか?」


 啓典。

 聞きなれない単語に、かなえは首をかしげる。


「ありていに言えば、この裏世界に迷い込んだ僕ら少女たちが信じている教えの書だね。生き抜く知恵とか、守るべきルールとかが書いてある。ざっくり宗教って認識でいいよ」


 宗教。その割にリベルテはけらけらと面白半分で説明していた。当然というべきか、かなえは疑問に思う。

 

「ひとつ質問なんですけど……、その教えって、いつだれが作ったんですか?」

「かなえ君。きみはやっぱり鋭いねえ」


 リベルテは感心して、どこから話そうかと深掘りしようとしたところ。

 唐突に。無機質なアラーム音。リベルテが携えていたカバンから、緊張感を煽る音が鳴った。

 リベルテはとっさに黒い大型の端末機を取り出す。機械類には疎いかなえの目にも、それはトランシーバーのようにみえた。


「……ちょっと失礼」


 リベルテは端末機を握っては息を吹きかけた後に、何者かと真剣な交信を始める。


『——こちら、アマツカゼ。リベルテ、感明よいか? 送れ」


「こちらリベルテ。アマツカゼ、感明よし。送れ」


 必要最低限の言葉で。

 淡々と交信は続く。

 漏れ伝わる声を、かなえも聞き入る。交信相手こそがリベルテが前に言っていた「仲間」なのだろう。


『——敵個体数およそ八〇〇、大隊規模。エリアN-5にて交戦中。至急、救援求む。送れ」


「リベルテ了解。アマツカゼ、損害報告。送れ」

 

 おおよそ少女の話す雰囲気の言葉ではない。単なる女子高生のかなえにその手の知識はないが、どこか警察官や自衛官を思わせる、特別な職業者かのごとき冷静さ。

 その終始、リベルテの表情は無感情であった。


「以上。交信終わり」

 

 リベルテは交信を終えると、愚痴を漏らす。天津の部隊は何やってんだかとか、定期侵攻にしてはデカいなぁなどと、独り言で。


「さてと。寿司パーティーは中断だ。ちょっと立川駅まで車トバすから、ついてくるよな? かなえ君」


 無線交信を終えるやいなや、有無を言わさないリベルテの物言い。当然かなえは状況をつかめない。

 なにせ彼女は、この裏世界に迷い込んで一日と経っていない。問うべきことすら分からずに動揺するしかない。


「きみを襲った〈怪物〉の存在から窺えるように、衣食住に事欠かないからといって僕たちは命を保証されているわけじゃない」


 そしてリベルテは、かなえが抱く諸々の疑問を先回りして答えるのであった。


「僕たちは戦争をやっている。あの〈怪物〉どもと、命懸けで戦っているんだ」

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