1-3
『——小隊各車。砲撃用意』
ぉぉおぉお……と。周囲には腹に響くエンジン音が唸る。
見渡せるものは、河川敷の遊歩道に野球グラウンド。いくつかの橋が交通の要所として整備され、東京都を長くまたがる多摩川を挟んだ一帯であった。
いたってのどかで平和な空間。
しかしそれも現実世界であればの話だ。
深緑色に塗られた鋼鉄の車両群が、対岸へと砲を向けて布陣する。
戦力は四両。目的は単純明快。
迫り来る〈怪物〉どもを倒す。
この不可思議な裏世界で、身を寄せ合って生き抜く
まさに戦争であった。
『——目標、右前方。接近している、隊列の先頭集団……』
車両間で絶えず交わされるのは、雑音混じりの無線通信。
用いられるのは最低限の単語。ノイズは音質の低さだけ。戦闘の妨げとなる感情は削ぎ落とされている。
指揮官の統制の下、砲撃前の調整を行い……。
『—— 射て!』
ついに始まった。
砲撃の
そしてここは日本であって日本にあらず。裏世界である。
搭乗員は無論、迷い人である少女。この世界の住人に例外はない。
ともあれ四両の主砲は対岸の目標をにらみ続け、部隊は秩序をもって砲弾を叩き込む。すべては後方に控える拠点を守るためだ。
『——目標、命中確認』
橋を目指してぞろぞろと列をなす〈怪物〉の横腹に、火力の楔が打ち込まれる。
幾たびか繰り返された各車の砲撃は、一発も過たず命中。ある個体は粉々になり、ある個体は無駄にもがいて他を巻き込む。異形の四脚岩石どもの行進は崩れる。
火砲の領分たる
原始的な〈怪物〉相手に効果はてきめん。破壊は一方的であった。
しかし懸念は免れない。
『——各車、残弾を確認せよ』
〈怪物〉を打ち砕いているのは、わずかに四両の小部隊にすぎない。そして機動戦闘車がもてる砲弾には限りがある。
対して、阻むべき〈怪物〉どもの物量はあまりにも膨大。総数にして八〇〇越え。百発百中を前提としても迎撃には程遠い。
ワンサイドゲームなどではない。計算と慎重の上にはじめて成り立つレベルの優位。薄氷の代物なのだ。
やつらは水を嫌うのか。岩石姿の〈怪物〉どもは渡河しない。
だからか犠牲を顧みずに数にまかせて橋へと到達。防衛側も〈怪物〉どもを渡らせまいと橋を爆破するも、残骸と化したやつらの岩石の体躯そのものが橋を成してしまい意味をなさなかった。やつらは文字通り、屍を踏み越えてやってくる。
『——射ち方止め。射ち方止め。所定座標まで後退する』
これまで力を見せつけた四両の砲撃も、単なる漸減。前哨戦に過ぎない。少女たちを待ち受けるのは血と肉を以ての決死戦。
防衛戦闘の本番はここからであった。
†
「天津指揮官! いったいなにが起こっているの!?」
地下駐車場に設けた仮設指揮所に、白一色なブレザー制服姿の少女が乗りこんでいた。
他方で指揮官と呼ばれたのは、天津という名のヘルメットに迷彩服姿の少女であった。
「これはこれは監察官さん。お目覚めのようでなにより」
天津と呼ばれた少女は余裕さをくずさなかった。
黒縁メガネをかけた女子で、ヘルメットに隠れたポニーテールの黒髪。身長は160センチほど。火急の事態にあってなお冷静な様子からはそれなりの人生経験が醸し出されている。
他方で、いましがた指揮所へと駆けつけた監察官と呼ばれた少女はあきらかに狼狽している。手足の挙動から口元のどれをとっても、一刻も早く逃げ去りたい心理がにじみでている。天津にくらべると年相応といった具合だろう。
「あたりまえでしょ! 戦車が撃ち始めたんだから!」
「んー、アレは戦車じゃなくて……とかまぁどうでもいいか」
天津はパイプ椅子に腰掛けては、脚をくんで鷹揚にかまえていた。
本職の自衛官のごとく迷彩服に身を包み、眼鏡をかけ、ヘルメットを被った深緑色の少女。無論というべきか、指揮所で各所と連絡を取っている他の少女たちも同じ装いであった。
逆にこの場で生徒らしい服装をしているのは、監察官なる特別な立場の白ブレザー少女だけだ。
「とにかく見ての通り〈怪物〉どもと戦闘中ですね」
天津は仮設テーブルに据え付けられた多面大型モニターを指さす。ドローン空撮や固定カメラ。各地点から捉えたリアルタイム映像の数々であった。
映し出されていたのは、指揮所を設けた立川駅へと繋がる大通りの状況。
敵は無論、四つ脚の体躯にて駅方面へと迫りくる〈怪物〉ども。
対して迎撃側。健在である
大通りは硝煙と残骸。
一進一退。まさに戦場であった。
「あいつら、どこまで来てるの?」
「ざっと一キロ手前まで」
見ればわかるでしょ、とでも言うように。天津は淡々と告げる。すなわち目と鼻の先。
監察官なる立場の白ブレザーの少女は青ざめた顔で絶句していたが、天津はかまわず現状確認を続ける。
「青梅や府中とも連絡がない。この様子だと他にも湧いているかも。けれど、下手に逃げればどこかで遭遇戦になる。ここで耐えるのが一番ベターですかね」
「……耐える?」
指揮官たる天津の見立てに、監察官の少女はひきつった顔で応じた。
「あなたたちの部隊もたった二百人で、あんな数の〈怪物〉に勝てるわけないでしょ!?」
「たしかに。勝てるわけないでしょうね」
天津は乾いた顔でわらった。
「そもそも我が隊は、中央政府からすれば切り捨て上等の外縁戦力。まともな装備もない。ドローンだって足りない」
おまけにふざけたように、わざと手のひらをひらひらさせる。
「しょせん私たちは非主流派の厄介者。だから死んでこいと外縁地域で肉壁をやらされる。リベルテたち腕利きの〈魔法使い〉さえあいつらと討ち死にしてくれれば、うざい派閥が消えて政権が安定する」
「……だっ! だれもっ、そこまで言ってないでしょ!?」
監察官の少女は、舌がもつれながらに叫んだ。
白ブレザーの彼女の反応は、まるで恥ずかしい後ろめたさを隠すようであったが……。
「いいんですよ監察官さん、あなたは仕事をしてるにすぎない。この世界に迷い込んだ少女たち、百万人の総意のもとに」
他方で、天津はにやりと笑う。
突いた悪態は直接的。皮肉ですらなかった
「話がそれましたが、とにかく戦いは簡単です。火力がないなら命で稼ぐ」
迷彩服に身を包む眼鏡の指揮官、天津は続ける。
監察官さん。あなたは安全な要塞内からきたから解らないかもだけど、と。我が隊じゃあこんなのは日常茶飯事ですよ、と。
とにかく、そんなに慌てることじゃない。
「こうなったら一蓮托生ですよ、監察官」
天津は言う。
「とはいえ全滅なんてしないのでご安心を。とくに監察官さまには、傷ひとつ負わせませんよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます