0-2
『――本日は「ネオンモール・武蔵むらやま」にご来店いただきまして、誠にありがとうございます……』
呼びかけの構内放送が流れる。
放送自体はいたって普通で、人間そっくりの機械音声だ。
しかしこの世界には、放送を聞かせる人間なんていないはず。されど放送は淡々と続く。
『――ご来店中のお客様に、迷子のお呼び出しを、申し上げます』
迷子……、迷子?
それってわたしのこと?
少女の思考はかき乱される。本当はだれかいる? でも、だったらわざわざ機械音声なんて使う? もしかしたら、迷い込んだ人間をおびき寄せるワナなのかも……! だったらここも危険? でも、もう外なんて絶対でたくない。
少女はふさぎ込んだ。抱きかかえたカバンに顔をうずめる。わけがわからない。もうなにも見たくない。聞きたくない。考えたくない……。
少女はすべてが歪んだ世界で、ひとりぼっち。
外には〈怪物〉だってうろうろしている。
どうすれば? ……どうして? なにか悪いことしたから? 当然答えなんてでない。頭がおかしくなりそうだった。
少女がはっと思った、まさのその瞬間だったのだ。
どがしゃあ! と。
意識を引き裂く破壊音。飛散する部材。コンクリ。砂塵。そして、どこかの空きテナントのシャッターが突き破られた。これらの非日常的現象は、少女の鼓膜へと否応なく衝撃と恐怖をたたきつける。
そして少女は見つけてしまった。砂煙の舞うむこう側だ。
戦車みたいな大きさの、頭のない四つ足のそいつ。
岩石が連なってできたみたいな化け物。
みつかった! 少女は逃れようと跳ねあがるが、片足をくじいて全身で転げる。痛い。でもそんなの関係ない。少女は体力の限界を超えて気がつけば構外の駐車場へと跳びだしていた。しかし現実は残酷であった。
「……なんで」
少女は立ち止まる。その場でひざをついてしまう。
逃げる行く手には〈怪物〉どもがいた。数えきれないほどのやつらが駐車場を埋め尽くす。待ち伏せられていた。
ずし、ずし、と。
岩の体躯の〈怪物〉が迫る。
ほかのやつらと一緒に、一歩一歩と迫る。
わらわらうごめく岩石の群れたち。数十じゃ済まない数の四つ足どもが駐車された乗用車をこともなげに踏みつぶしながら、へたりこんだ少女へとにじり寄ってくる。相対距離は目測で一〇〇メートルだが、直接踏みつぶされるのにそう掛からないだろう。後ろからも同じように複数体。もはや退路はない。もちろん生身の少女に戦う術などない。
「どうして、わたしなの?」
少女は〈怪物〉たちを見据えたまま、独りごちた。
それでも〈怪物〉たちは近づいてくる。
やがて少女の問いかけは、戸惑いではなく理不尽さへの怒りへと変わる。
「ここはどこ⁉ あなたたちはだれ⁉ ……なにがしたいの? わたし相手に、なにがしたいの⁉」
気がつけば。のどが引き裂けんばかりに少女は叫んでいた。
「――どうしてっ⁉ どうしてっ⁉ こんなのやめてよ‼」
その瞬間。
捨て鉢になった少女の叫びに、いるはずのない他人の声が応えた。
「いい声してるじゃないか。きみ」
誰かの余裕げな声。耳に残るハスキーボイス。
……人間? 間違いない人間だ!
少女は目を見開く。すると、どういうわけか紅い火柱が、〈怪物〉どもを串刺しにするように地中から突き上げていた!
とにかく〈怪物〉どもは沈黙。ガラガラと轟音をたてて崩れゆく。あたりは瞬時にして輝く業火につつまれていた。されど不思議な炎熱に少女を巻き込む様子はない。
すでに敵はいない。〈怪物〉の群れは岩の残骸と化していた。
「無事かい? 僕ならここにいるよ」
気がつけば少女の対面に、声の主が向かい合っていた。
僕という一人称。ハンチング帽。メンズのスリーピースの黒スーツ。
しかし小柄な身長や前髪短めのショートボブ、体形のくびれは女子らしい印象を与える。
ともかく少女は、助けられながらもあっけにとられていた。
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