裏世界少女国(仮)
ICHINOSE
プロローグ 裏世界への迷い子たち。
0ー1
プロローグ 裏世界への迷い子たち。
学校帰りの、ありふれたブレザー制服の少女がひとり。
そんな彼女は、二度と生きて家には帰れないだろう。そう確信してしまうような、超常怪奇現象に遭っていた。
だから少女は逃げる。逃げる。
息が上がっても、咳で血を吐きそうでも、怖気をふりきるために逃げる。
少女が走る道は、なんの変哲もない郊外の住宅街。日本のどの地方にでもありそうな普通の街並み。そのはずなのに。
――風景の色彩は狂っていた。
空はドロッと黒い赤。夕暮れなんかじゃない。血だまりそのものだ。おまけに太陽は二つもある。そして怪異のきわめつけは、こんなに街を走っても誰一人として見かけないのだ……。
少女はおののく。
こんなの、ありえない!
ここはまるで、悪夢のなかの異空間。
世界がひっくり返ったみたいにデタラメな。
だから少女はひたすら走り続ける。どこか安全な場所を探すために。〈怪物〉から逃げるために。
少女は思い返す。そう。〈怪物〉だ。
アレはそうとしか言い表せない。
この世界には〈怪物〉がいる。少女は見てしまったのだ。交差点の真ん中で、アリみたいになにかに寄り集まっていた四つ足の〈怪物〉の群れを。
その時、少女は確信した。
ここって、まさか「裏世界」?
ゲーム実況やホラー映画でみるような?
そう考えれば、デタラメな世界のすべてに説明がつく。
通行人や住人はおろか、片側二車線の街道なのに車の一台も通らない。なのに信号は律儀に灯っている。自動車店も飲食チェーン店もコンビニも、客もいないのに煌々している。きっと従業員もいないのに。
現在地や時間を調べようにもスマホはバッテリー切れ。そもそも画面を見る余裕もないから道路標識や広告看板をたよったほうが早い。目にするのは〈新青梅街道〉〈ネオンモール・武蔵むらやま 500メートル先〉――
地名は知っていてもぜんぜん地元じゃない!
とにかく少女は異様な世界の迷い人だった。当然、元の世界へと帰るあてなんてない。
それでも少しでもマシな場所を求めて、少女はようやく目についたショッピングモールへと逃げ込めた。
「はあっ! はあっ! もう、ダメ……」
構内にたどりつき、ひとまず安堵。
ガクッと、全身から力がぬける。
少女はすっかり床にへたりこんでいた。
タイルが冷たいとか、地べたは汚いとか、はしたないとか、そんな思考の余裕はなかった。生きながらえた事実だけを噛みしめていた。
少女は思う。
ここまで何キロ走り続けた? きっと、一生分は走った。
もう一歩もうごけない。
緊張からの解放で、がくがく震えが止まらない。
わたしは運動部じゃないのに。そもそも部活も中学時代は帰宅部。高校でやっているのも、推薦されて成り行きでなった名前だけの生徒会長なのに。本当に体力もリーダーシップも自信なんてない、ふつうの高校生なのに。どうしてこんなことに……?
少女は一息つきながら、ショッピングモールの構内をおそるおそる見わたした。
吹き抜けのメイン通り。軒を連ねるテナント。エスカレーター。日本全国のどこにでもある造りのありふれた光景。けれどやはり誰一人としていない。店内照明は煌々と灯っているのに従業員も来場客も見当たらない。耳を傾ければ陽気なテンポのBGM。余計に不気味だ。絶対おかしい。
それでも〈怪物〉はいなかった。
少女は落ち着きを取り戻した。ここは屋内だから血の色の空もヘンな太陽だって関係ない。無人のショッピングモールでも「閉店後はこんなかんじなのかな?」とでも思えばいい。
少女は無事のありがたみをかみしめる。
そしてこれまでのいきさつを振り返る。
どういうわけか。少女がバスでうっかり眠りこけてから、はっと目を覚ませば奇妙な色味の世界。建物も標識も、そっくりそのまま平和な日本なのに人の気配がまるでしない。そんな嘘と現実のギャップが少女を恐怖に駆り立てる。きっと夢だと信じたいのに。目覚めれば、怖い話のネタにできるくらいに思いたいのに。肺の痛みや全身の疲労感が、すがりつきたい希望を否定する。
少女は認めざるをえなかった。
これは嘘じゃない。本当だ。現実だ。
なら、どうして?
わたしはこんなとこに? わたしだけが?
少女が問うても、答えてくれる人はいない。家族も友達も先生も、ここには誰もいない。
そうだ。わたしは悪夢を見ているんじゃない。たぶん、この世のどこかに悪夢が存在して、その中に迷いこんだのだ。少女は現世に帰れない事実を否応なく認めさせられていた。
――ピンポンパンポーン。
唐突に。
陽気なテンポのBGMがとぎれる。つづいて構内に響いた案内放送が、少女の意識に冷や水をあびせた。
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