第19話① うーん、そうなのかな

 慎之介は周囲に気を配り、薄暗がりの道を進む。愛刀である来金道の鯉口はきってあり、柄に手をかけたまま警戒を崩してはいない。

 夜遅くの暗さに包まれた辺りは、都会的だが年期を感じるビル街だ。

 もちろん咲月から要請を受けて幻獣対応の手伝い中だ。夜遅くと言うべき時間帯だが、慎之介は視界には不自由していない。顔を隠す為に着用したヘルメットのお陰だ。モニターには驚くほど鮮明な映像が表示されている。

 ――こういうのも悪くないもんだな。

 慎之介はアナログ派だが、この最新機器には感心していた。いろいろ細かな注意表示がされることはウンザリするが、後は概ね満足である。

 幻獣警報が発令された街に人の姿はない。

 雑居ビルの並ぶ区画が終わり、交差点を抜け次の区画に入る。道の脇に並ぶ街灯に照らされた道路を進んでいくと、向こうには名二環と呼ばれる環状自動車道の高架が見えていた。

「本当に、この辺りに幻獣がいるのか?」

 慎之介が前を見たまま声をかけると、同行する咲月が返事をする。

「通報もあって被害も出ているもの、間違いないよ」

「気配を感じない。もう別の区画に移動した可能性もあるな」

「うーん、そうなのかな。それだと展開してる皆が遭遇してるかもだけど……うん、皆からの連絡はないわね。いまのところ」

 咲月は若干不安になったのか、念の為に確認したスマホを見て安堵している。そこには特務四課に所属する部下たち状況が表示されているのだろう。

 そのときどこかで破砕音が聞こえた。


 二人とも警戒するが、ビルの間で音が反響するため音の発生源は掴めない。慎之介はじっくり周囲を見ます。そこに幻獣らしい姿は見えなかった。

 鋭い風のような音がした。

「!」

 慎之介は反射的に咲月の腕を掴み抱き寄せ、諸共に大きく飛び退く。直後、それまで二人がいた場所に何かが突っ込んだ。重く激しい音と地面が揺れ、アスファルトの舗装が無惨に砕ける。辺りに撒き散らされた破片が、一拍遅れてバラバラと大粒の雨のような音をたて落下した。

「後ろに」

 慎之介は抱いていた咲月から手を放すと、前に出て来金道を抜き放つ。

 薄暗がりのなか、砕かれ軽く陥没した道路で身を起こすのは、ドッシリとした体躯の幻獣だった。

 頭上にある名二環の高架道路から飛び降りてきたのだ。

 どっしりとした体躯は小型トラックほどあり、アスファルトを踏み砕く四肢は太く頑丈そう。巻き毛のたてがみを蓄えた勇ましい姿で、尾は火焔状に渦巻いている。その爛々とした両眼は慎之介を睨んでいた。

 後ろで咲月が息を呑むような声で注意をしてくる。

「シシガミ!? 気を付けて、獣系の重幻獣だから!」

 その言葉に返事をしないまま慎之介は地を蹴って突進した。来金道を構え、シシガミが体勢を整える前に斬り込む。

 慎之介は防御が得意で、相手の攻撃を防いでから反撃する戦い方を主とする。

 しかし、ここで自分から攻撃をしかけたのはシシガミが容易ならざる相手だと感じたからだ。とにかく、まず傷を負わせ少しでも弱らせたかった。

 上段からの攻撃は速く鋭い。

 それであるのに、その一撃は空を裂く鋭い音を響かせただけに終わる。シシガミはバネで跳ねたような動きで地面を蹴って飛び退いたのだ。ドッシリした見た目に反して思ったよりも敏捷だった。

 さらに追いすがって斬り付け、ようやく攻撃が成功するが浅い。


 不意にシシガミが身を捻る。体当たりするように喰らいついてきた。

 とっさに回避をするが、間近で噛み合わされた牙が響かせる硬質な音にヒヤリとした。続けて轟くような咆え声と共に、横薙ぎにされた前足が迫る。

 鋭く力に満ち、当たれば砕けそうな力に満ちた一撃だ。

「くっ……!」

 慎之介は咄嗟に飛び退いて回避するのが精一杯で、反撃するどころではない。それでもシシガミは思うように倒せなかった事に苛立ったようだ。さらに咆え、激しい動きで牙と爪を繰り出し次々と攻撃をしかけてくる。

 一つずつが致命傷になりそうな攻撃が、途切れることなく繰り出された。

 だが、慎之介は後ろへ退きながら攻撃の全てを躱していく。

 かつて師匠から回避だけは免許皆伝だと言われたが、こうして実際にシシガミの攻撃を全て躱すことが出来るので、確かにそうなのかもしれない。

 回避をして反撃のチャンスを待て、と言われた通りに機を待ち――。

 シシガミの動きが僅かに止まった。

 全く攻撃が当たらないことに苛立ち、攻撃の動きを変えようとしたらしい。ほんの一瞬の遅滞だ。しかし慎之介は見逃さない。瞬時に前へ跳びつつ来金道を薙ぎ、シシガミの横を駆け抜ける。

 手応えがあり、来金道の鋒はシシガミの胴に浅くない傷を与えた。

 ――なんだろう。

 戦いながら慎之介は胸の内に込み上げる感情に戸惑った。跳んだ勢いのままガードレールを蹴って移動、高架の柱の側面にし、そこからさらに跳ぶ。

 侍ならではの機敏な動きだ。


 道路の上で向きを変え、慎之介を見失っているシシガミの頭上から来金道を下に向けながら突っ込んだ。寸前で気付いたシシガミが首を捻って躱すが、しかし首の横を大きく斬ることに成功している。

「慎之介!」

 咲月の心配する声に励まされ、慎之介は着地と同時に身を投げ出すようにしてシシガミから離れている。瞬間、白い巨体が血を撒き散らしながら動き、同時に前足を大きく薙いでいた。

 道路の上で前転し、慎之介は跳ね起きるように立ち身構えた。

 シシガミの体勢がズレた。首への一撃が影響しているのだ。そして、その隙を再び慎之介は見逃さなかった。踏み出した足の裏を思いきり地面に叩き付け、上段に構えた来金道を思いきり振り下ろす。

 士魂を強く纏った来金道は、鋒からは士魂による緑色の刃が伸びている。

 ふいに、辺りは息を潜めるように静かになった。

 動きを止めたままシシガミの首がずるりと落ち、アスファルト舗装の上に落下。少し遅れて傾いた胴体が倒れズシンッと重たい音を響かせた。

「……終わったな」

 慎之介はヘルメットを外す。

 少し前から暑くて堪らなかったのだ。内部の放熱が追いつかず、顔中に汗が出ているし、髪の中も同じで首筋を伝って流れ落ちている。夜気はよく冷えて僅かに湿気を含み、少しばかり埃臭かった。

 荒い息を繰り返していると、隣りに咲月が来る。慎之介の呼吸を邪魔せぬため何も声をかけてはこないが、今はその気遣いと存在感だけで満足だった。

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