第1話② 良い事をした後は気分が良いね
トークショーの前にプロモーション映像が流され、壇上に青味を帯びた半透明の姿をした侍が出現した。
「おおっ、凄いぞ。見ろ、あれは立体映像だぞ」
「お兄……それぐらい知ってるから。常識だから。そんな嬉しそうに言わないで」
陽茉莉は哀しそうに袖を引っ張ってくる。
だが慎之介の目は、投影された侍モデルに釘付けだ。超人的な速度で斬り合いの型をみせ、手を触れず物を引き寄せたり鉄の棒を斬ってみせたり見事なものだ。
思わず感動の声をあげると、陽茉莉が悶えている。
「ちょっと、お兄。それやめよう、恥ずかしいから」
確かに周りで驚いているのは年寄りばかり。その他の者は映像に手を叩いているが、普通に楽しんでいるだけだ。
「お兄が知らない間に、世の中はどんどん文明開化してんの。立体映像で驚くの、お爺ちゃんお婆ちゃん世代だよ」
「ふんっ」
慎之介が若干ふて腐れていると立体映像が消え、今度は本物の侍が壇上に現れた。特殊部隊の青い制服姿が歓声に応え手を振り――陽茉莉が袖を引っ張った。
「ねえちょっと、お兄……」
「どうした、トイレなのか? 仕方がない奴だな」
途端に陽茉莉は頬を膨らませた。
「違うっ、人を幾つだって思ってるの。じゃなくって。見て、ステージの侍。あれって咲月お姉だよ」
「ん?」
公家の血を引く者は、常人とは瞳と髪の色が異なる。壇上の侍も、紫がかった瞳と白く美しい髪色をしていた。そしてそれは見覚えがある姿でもあった。
「……本当だ、咲月だな」
二人にとって幼馴染みの
その咲月は盛んに歓声を受けている。
侍はアイドル的な扱いもされる存在だが、咲月は見た目が良いためか、完全にそういった方向の人気になっているようだった。
「そういや、あいつ今年就職だったな……」
「お姉も尾張藩でお仕事なら、お兄と顔を合わせたりしてなかったの?」
妹の不思議そうな声に慎之介は苦笑した。
「部署が違う、部署が。職場と学校は違うからな。部署が違えば、殆んど顔を合わすこともない。それに向こうは侍で、こっちは内勤だ」
慎之介も尾張藩に仕えていたが、早くに亡くなった父の跡を継いでのこと。侍のような花形ではなく、むしろ縁の下の力持ちと呼ばれる裏方平藩士でしかない。
「そうなんだ。でも会えたらいいのにね、お姉もきっと喜ぶよ」
陽茉莉は舞台の写真を撮り、それをSNSに投稿しながら嬉しそうだ。
侍トークショーを眺めていたが、しばらくすると飽きてきた。咲月が喋るよりも、他の年配侍が語る方が多かったのだ。だから陽茉莉も同じく飽きている。
そっと人混みを抜けて会場を後にした。
陽茉莉はブレザーのポケットに手を突っ込み、ぶらぶら隣を歩く。
「はーっ、面白かった。いろいろ見たよ。これでお祭りを一通り見れたかな」
「端から端まで見る必要ないとは思うがな?」
慎之介は呆れた声で言った。
本当に端から端まで移動して祭り見学をしたのだ。しかも、あちこち首を突っ込み見に行く陽茉莉の面倒を見ながらだ。お陰でけっこう疲れた。
「そろそろ帰るか?」
「んーっ、そだね。帰ろっか」
言いながら陽茉莉は視線を傍らに向けていた。
それを追っていけば、赤い風船を手にした小学生ぐらいの女の子の姿に辿り着く。その子は不安そうな顔で繰り返し左右を見て歩いていた。今にも泣きそうだ。
「あの子、迷子だね」
「そうか? どうだろな」
慎之介も内心ではそう思ったが躊躇いがあった。下手に声をかければ、不審者や誘拐犯に間違えられてしまう時代だ。トラブルになれば人生に関わってしまう。
道行く人も同じ考えなのだろう、誰もが見て見ぬ振りだった。
だが陽茉莉は違う。
「絶対そうだよ。うぁっ!?」
辺りを見回し歩いていた少女が転んだ。その手から風船が解き放たれ、空へと舞い上がっていく。
「ねえ大丈夫? 痛くない? ほらほら泣かないで」
陽茉莉は即座に走って少女の側に行き、しゃがみ込み優しく介抱している。
「まったく余計な事を」
「別にいいじゃないの、これぐらい――」
文句を言って振り向いた陽茉莉だったが、笑いを堪えるような顔をした。
なぜなら、慎之介は少女が手放した赤い風船を手にしていたのだ。もう手も届かない高さに舞い上がった筈の風船が何故かそこにあった。
だが陽茉莉はその事を疑問に思わず、くすくす笑っている。
「なんだよ」
「何だかんだ言って助けてる」
「うるさい。偶然だ、偶然風船が手元に飛んで来ただけだ」
「ふっふーん、そういう事にしたげる」
陽茉莉は嬉しそうに笑い、それから少女と手を繋ぎ迷子センターに向かう。
だが、その前に辺りをキョロキョロしながら動く父親らしき男を発見、走りだした少女を見送って親子の再会を眺める事になった。
遠くで手を振る少女に陽茉莉も手を振り返した。
「うん、良い事をした後は気分が良いね。褒めて!」
「よしよし、妹が優しい子に育って嬉しいよ」
軽い口調で言いながら、しかし慎之介は本当にそう思っていた。他人を思いやれて助けに行ける子に育ってくれて誇らしい。苦労して育てただけに嬉しかった。
「そして褒めた後は、ご褒美!」
「ちゃっかりしてるな。ほら、これでも飲むといい」
慎之介は傍らのテントで缶ジュースを買い求めた。お祭りという事でワンコイン価格だ。氷水の中に浸けてあったので、程良く冷えていた。
「ほれ、褒美をとらす――」
その時だった。非常放送用スピーカーから、緊急を告げるサイレンが鳴り響いたのは。同時に人々の持つスマホもけたたましく鳴動していた。
「緊急幻獣速報!?」
それは幻獣の脅威が間近に迫っている事を知らせるものだった。
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