第2話② 困っている人を助けたいから

 ビルの裏口から転げるように外へ出た。

 一方通行道路で痩せた木の植栽が点々とあり、イベント関係者の車両が路駐されていた。きっと無理に動かそうとしたのだろう。何台かは衝突して斜めになっている。さらに辺りには鞄や靴などが散乱し、混乱の様を現している。

 そこは侍トークショーが行われた特設ステージの間近だ。

「お兄、次はどうしよ!?」

「イベント会場に行くか」

 イヌカミは建物内に引っかかって詰まったが、あのしつこさだ。その内に抜け出てくるだろう。ぼさっと立っている場合ではない。

 無人の会場に駆け込む。その先にある頑丈そうなビル入り口に、イベントスタッフ控え室との張り紙を見つけると、迷わず飛び込む――先客がいた。

「あっ……」

 驚いた声をあげたのは、侍を示す紺瑠璃色した制服姿の女性だ。白い髪、目鼻立ちは整い、その浅紫色の瞳が驚いたように見つめてくる。

 侍トークショーに出ていた、幼馴染みの五斗蒔咲月だった。

 久しぶりの再会だが、直ぐに慎之介たちの事に気付いたらしい。それまで厳しさのあった顔が柔和な笑顔に彩られた。

「慎之介、それに陽茉莉ちゃん!?」

「咲月お姉だ!?」

 陽茉莉も驚きの声をあげた。

「良かった、お姉は侍だから安心だよ。あのね、イヌカミに目を付けられて、さっきまで追いかけられてたの」

「そうだったの、無事で良かった。任せて。でも、ちょっと待ってね。今は指揮してる最中だから」

「えっと、指揮って?」

 可愛い妹分の不思議そうな様子に咲月は微笑んだ。


「私は特務四課の課長だもの」

「課長なんだ! それって凄い、んだよね?」

 感心しておきながら、陽茉莉はそのまま続けて慎之介に確認した。それで肯いて貰えると改めて感心している。

「家柄で選ばれただけよ。だから実績をつくらないと、って頑張ってるところ」

 恥ずかしそうに言う咲月を見ながら、慎之介は折り畳み椅子を広げて陽茉莉を座らせて休ませた。

「四年ぶりぐらいか?」

 軽く笑って問いかける。気安く話しかけるのは、久しぶりに会った咲月が以前と変わらないからだ。見た目こそ大人っぽくなったが、少々生真面目だが素直で人の良い性格はそのままだ。

「ん、京都に留学してたからそうね、でも陽茉莉ちゃんとは時々会ってたよ。うん、それでもここ一年ぐらいは会ってなかったかな。侍になった事も言ってなかったし」

 幸いにしてイヌカミの追撃も感じられない。辺りに警戒はしながら、気を紛らわすための会話をする。

「特務課の課長か、エリートだな」

「就職して、いきなり課長という時点で察して。今日だって、ここの広報を任されたぐらいだもの」

 咲月は自嘲気味に言って、その白い髪を弄った。

 どうやら自分の置かれている境遇に不満があるらしい。だが慎之介は――悪意や嫌味ではなく素直に――咲月は広報が相応しいと思った。

 なぜなら適材適所。その容姿を見ても分かるように、これだけ見栄えがするのだから広報活動の方が大いに活躍出来るだろう。広報で人々の防災意識を高めるのも立派な仕事だ。

 そう思う慎之介だったが、咲月の気持ちを慮って言わなかった。


「あー、それにしても、どうして咲月は侍になったんだ?」

「ん? 慎之介、知らないの? 五斗蒔家は代々とまでは言わないけど、侍を輩出してる家系だから。私がやるのも当然なの」

「そうなのか。もしかして、成りたくないのにやらされてるのか?」

 もしそうであれば気の毒だ。ただ、侍に成りたくて成れなかった慎之介には微妙に羨ましい気持ちではあるが。

「あ、それは勘違いしないで」

 咲月は軽く手を左右に振って否定した。

「もちろん困っている人を助けたいから。自分から希望してだからね」

「なる程な。それで、今はどれぐらい助けられたんだ?」

「皆、つまり私の部下なんだけど。ちゃーんと頑張ってくれてるよ」

 そういって咲月はスマホを振った。ちらりと見えたそれには地図が表示されており、幾つかの表示が次々と高速で流れていた。

 とりあえずアナログな慎之介には、何かは分からない。

「なるほど。ま、いいか」

「慎之介、相変わらず機械はダメみたいね」

「そうでもないさ」

 否定はしたものの、隣で陽茉莉が首を横に振るので意味がない。

「こうして三人でいると昔みたいだな」

 咲月とは母親同士が友人だったため、子供の頃は慎之介の家によく来ていた。それで一緒に駆け回っていた。咲月も子供の頃はやんちゃで、そして幼い陽茉莉は後ろをちょこちょこ付いて来ていた。懐かしい思い出だ。

「しかも、悪さしてバレないよう隠れてた時を思い出す」

 慎之介が昔の話を持ち出すと、咲月も覚えていたらしい。懐かしさ半分、困り半分でクスッと笑った。


「え? なになに? それ、あたし覚えてないけど」

「それほど面白い話でもないからな。覚えてないなら、それでいいだろう」

「ひどい、ちゃんと教えて」

 頬を膨らませ陽茉莉が文句を言った。

「お兄との思い出なのに。思い出せないのがあるとか、何かやだ」

「さーてどうするかな」

「教えてよ、教えてー」

 軽く陽茉莉をからかっていたとき、外から悲鳴が聞こえた。

 つまりそれは誰かが幻獣に襲われているのだ。

「っ!」

 刀を手に立ちあがる咲月を、だが慎之介は制止した。やはり親しい相手が戦いに身を投じるとなれば心配になって当然だ。

「大丈夫か? 無理するなよ」

「ありがと、心配してくれて。でも平気よ、これが役目だもの」

 その浅紫色した瞳には強い意志が滲んでいる。

「慎之介と陽茉莉ちゃんは、ここに居て。私は行かなきゃ」

 咲月は侍の力である士魂を発動させた。

 そのまま素早い動きで控え室を飛びだしていく。それを慎之介と陽茉莉が後を追いかけたのは、やはり幼馴染みが心配だったからだ。

 外には逃げ惑う人々がいて、それを追う白い人擬きたちの姿があった。

 コタマと呼ばれる人型軽幻獣だ。

「参ります!」

 突っ込んだ咲月の刀が淡く発光し、コタマの横腹を斬り裂いた。幻獣の中では最弱な相手だが、しかし群れて動くため厄介な相手だ。先頭の一体が倒れると、残りのコタマが咲月を標的に変えた。

「そこの人たち、逃げて。ここは引き受けます!」

 咲月の言葉を聞くまでも無く、襲われていた人たちは逃げ去った。

 次なるコタマが跳びかかり、咲月は素早く回避しながら反撃する。目まぐるしい戦いが始まったが、咲月は着実に一体二体と倒していく。横から跳びかかるコタマを軽く跳んで回避した。

「よかった、これなら何とかなる――」

「避けろ! 横だ!」

「えっ!?」

 咲月は慎之介の叫びに反応しきれず、横から飛び込んできたイヌカミの一撃を受け跳ね飛ばされた。背後のコンクリート壁に背中から激突、その場に崩れるように倒れ込んだ。

「「…………」」

 慎之介と陽茉莉はその様子を前に軽く頷き合った。

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