第3話① えっ……凄い

 慎之介は若干の人嫌いだ。

 そうなったのは理由がある。両親が死にショックを受けているなか、初めて見る親戚が次々と家に押しかけてきた。悔やみの言葉もそこそこに、少年だった慎之介に設楽家の跡目を譲るように迫ったのだ。

 事態を知らされた大叔父が駆けつけ、睨みを利かせてくれたお陰で助けられた。

 それでも自宅にあったいろいろな物がなくなった。床の間にあった家伝の刀剣や、父が自慢していた置物や、母が気に入っていた小物などもだ。

 そんな事があれば多少なりとも人間不信になって当然だろう。

 更に人には言えぬ秘密を抱えているので、妹の陽茉莉以外は信じられなくなるのも仕方ない。だが幼馴染みの咲月は、もう一人の妹といった存在だ。

「まあ、咲月とは昔からの付き合いだ」

 慎之介は呟き、横で眼を輝かせた陽茉莉に少し下がるように命じた。

「防御は得意なんだ、イヌカミの相手だってしてやる」

 やけくそ気味に言って、ひと息に跳んだ。

 特設ステージに躍り出た慎之介を、イヌカミが即座に振り向いた。改めて見ても迫力がある。剥き出された牙も唸り声も、凄まじい迫力だった。

 ガラス玉のような目玉で見つめたまま、イヌカミの全身が向き直る。

 轟くような咆吼を浴びせ襲い掛かってくるが、慎之介は愛刀の来金道を抜き放ち、飛び違いながら素早く擦れ違う。敏捷に動くイヌカミが向きを変え、即座に攻撃を仕掛けてくる。

「これで、どうだ!?」

 イヌカミの鋭い爪を素早く躱し、慎之介は逆にその足先を来金道で斬り跳ばしてみせた。幻獣を斬るのは、侍の力を持つ者にしかできないことだ。

 幻獣はその身の周りに不可視の障壁を持つ。

 おかげで銃弾を含む大半の攻撃は、その効果が大幅に減退される。しかし不可視の障壁を無視して傷を負わせられるのが侍であり、侍の手にする武器だった。

 慎之介もまた侍の力を持っている。

 ただ、それを公にできず侍になれない事情があるため隠していた。

 一撃を受けたイヌカミが苦悶の声をあげる。しかし直ぐに苦痛を怒りに変えた咆吼を轟かせ、力強く飛び掛かってきた。鋭く激しい攻撃だ。避ける事は容易でない勢いだった、普通であればだが。


 しかし慎之介はイヌカミの攻撃を僅かな動きで躱してみせる。

 同時に振るった来金道の刃は、イヌカミの胴体を大きく斬り裂いた。巨体が音をたて落下、痙攣の後に動かなくなった。

「……あれ?」

 慎之介は軽い違和感を覚えていた。なぜなら、もっと強い存在と思っていたイヌカミが、さして苦労もなく倒せたからだ。

「意外にやれるな」

 慎之介は訝しがりながら、しかし横に手を向けた。

 そちらから新たなイヌカミが躍り込み、勢いよく飛び掛かって来ている。だが、慎之介が手を向けた途端に、目に見えぬ何かに突き当たようにのけぞり、あげく空中に留まっている。

 それがイヌカミ自身の動きでないのは、空中でもがく様子から明らかだった。

 もちろん慎之介のやっている事だ。

「試してみるか」

 手を払うと同時に、イヌカミが激しい勢いで吹っ飛んでビルの外壁に叩き付けられた。同時に慎之介は来金道を鞘に収め、僅かに身を屈め抜刀の構えをとる。

「確か……勝負は鞘のうち。そこに士魂を込めるんだったな」

 剣を教えてくれた師匠の言葉を思い出し実戦していく。

 左手で軽く鞘を持ち、右手は柄を挟むように持つ。両手に士魂を巡らせ来金道に流し込めば、確かにそこで滾り堪る士魂を感じた。

 通りを挟んだビルの側でイヌカミが起き上がりつつある。

「士魂抜刀、横風!」

 鞘ごと刀身を寝かせ、腰の捻りと共に鞘を後ろへ送りながら鋭く素早く抜刀。鞘の中から光が溢れると、蓄えられていた士魂が刃の軌跡のまま飛翔。

 命中、同時に力が解放され爆発した。

「……あれ?」

 イヌカミが消し飛んだどころかビルまで崩れだす。

 それは老朽化に加えイヌカミが内部で走り回った際の損傷による影響も大きいが、今の一撃がとどめとなったのは間違いない。慎之介は予想外の展開に目を瞬かせた。


「お姉、しっかりして」

 陽茉莉は苦しそうに呻く咲月の傍らに膝を突いた。

 侍の着用する制服はナノファイバーが使用された強靭なものだったが、イヌカミの一撃を防ぎきれておらず、また打撃による衝撃自体はどうにもならない。

「いま助けるよ! 死なないでね!」

 陽茉莉が呟き、咲月の傷口に手を当てた。

 そこに淡い緑の光が迸ると、咲月の呼吸が楽なものに変わる。目が開かれ浅紫色の瞳が驚いた様子で陽茉莉を見つめた。

「……あれ? どうして? どうして傷が?」

 咲月は困惑気味に呟き、まだ痛みの残滓があるらしく顔を顰めながら頭を上げた。少なくとも、それが出来るぐらいにはなっている。

「陽茉莉ちゃん? これはどういうこと? それに……慎之介!?」

 直ぐ目の前で慎之介とイヌカミが攻防を繰り広げている。

「えっ……凄い」

「ふっふーん、お兄は侍で士魂があるんだから」

「なんなの、あの強さは」

 そして慎之介の目の前でイヌカミが空中に留まったまま動かなくなり、さらに投げ飛ばされビルに激突。侍である咲月は、現象それ事態は理解できるが、しかし目を見張り驚く。

「念動力まで!? でも、あんなの武将級の強さ。どうして慎之介が?」

 あげく慎之介は上位の侍でも、殆ど出来ない士魂を斬撃として飛ばすことまでやっている。しかも威力が桁違いだ。

 呆然と見つめる咲月の髪を爆風が乱す。

「さっすが、お兄。うん、もう大丈夫ね。ねぇ、お姉。痛いとこない?」

 陽茉莉は両手を腰に当て得意そうだ。それで我に返った咲月だが、今度はそちらを驚きながら見つめる。

「あっ、うん。陽茉莉ちゃんのそれ、回復能力ね」

「そーだよ。凄いでしょ」

「凄い回復能力」

 その言葉の通り痛みは殆ど消え失せている。服の前を軽くはだけ確認すると、肌には傷痕一つない。安堵する咲月に陽茉莉は腕を動かし慌て気味だ。

「お姉、ちょっと駄目だから」

「陽茉莉ちゃん。これ、どういうこと?」

「そうだけどさぁ、まずは服を戻そうよ。ほら、お兄がいるわけだし」

「あっ……」

 咲月が顔をあげると、そこで慎之介がそっぽを向きつつ頭を掻いていた。目のやり場に困るといった顔をしているのは、つまり咲月の状態に気付いている事だ。

「……もうっ!」

 咲月は顔を真っ赤にして服を戻した。

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