第11話① 咲月様はお嬢様にあらせられるのですよ

 名古屋駅近くのホテル、そこでは尾張藩主催による幻獣対策危機管理検討委員会が開催されていた。それは幻獣対策が的確に行われたか、または被害軽減にどれだけの効果があったかを、学識経験者が検証し評価を行う委員会である。

「次、特務四課の五斗蒔課長。報告準備を、お願いします」

「はい」

 委員長に名前を呼ばれた咲月は返事をして立ちあがった。

 黒のレディーススーツで説明用の席に移動、一緒に来るのは部下の志野織莉子だ。彼女がパソコンを操作し、説明用資料を画面に表示させる。

 準備が終わると咲月は、二十代前半という年齢に見合わぬ落ち着いた態度をみせ、委員長に対し目礼した。

「お待たせしました。それでは、特務四課の活動実績について説明させて頂きます。まず特務四課が担当します範囲は、画面に表示されております名古屋城東部から北部にかけてであり、また藩内北西部の地区も受け持っています。次、お願いします」

 合図で志野がパソコンを操作し表示画面を進める。

 それに合わせ、咲月は真剣な顔で説明を進める。浅紫色の瞳がいつもより鋭いのは、やはり緊張しているからだ。それでも言い淀むこともなく、各月における出撃回数と幻獣の撃破数、その際に生じた物損等の被害額と出撃がなかった場合の想定被害額を説明していく。

「このように四課の出動によって、想定される被害よりも実被害が大きく抑えられております。今後は、さらに被害が抑えられるように、より一層の努力を重ねていく所存です」

 言いながら一礼をする。

「以上で四課からの報告を終わります。御審議の程、よろしくお願い致します」

 報告に対し委員の何人かが挙手をして、順番に質問をしてくる。だが、咲月は全てを流麗な口調で適確に答えた。

 進行役でもある委員長が時計を見た。

「質問も出尽くしたと思います。それでは特務四課の活動につきましては問題なく、幻獣に対して的確に対応が出来ているとの判断で宜しいでしょうか……各委員からの異議がないため、特務四課の活動は問題なしと承認いたします」

 その言葉に咲月は深々とお辞儀をしてみせた。


 次の説明者である特務五課が呼ばれ、説明者と補助者が前に出てくる。そちらに会釈をして擦れ違い咲月は傍聴席に移動した。

 後ろに行って緊張の解けた咲月は小さく悶えた。

「良かった、無事に終わったわ。御手伝いありがとう、志野さん」

「いえいえ、どういたしまして。咲月様こそ、大役お疲れ様でした」

 志野は微笑して、歳下上司の咲月に優しい目を向けた。

 新任の課長である咲月は知らないが、そもそもこれは出来レースなのだ。

 藩は学識者の承認を得たという大義名分を手に入れ、学識者は藩から意見を求められる立場という名誉を手に入る。

 そういった関係で成り立っており、ここで否定的意見が述べられる事はない。

 事前の資料作りと、事前の委員への説明。事前の藩上層部への説明と、その際に言われる過剰なまでの想定問答集作成の方がよっぽど大変というのが現実である。

 そして他の課の報告が続く。

 特務十課までの報告と質疑応答が完了し、全て問題なく委員会の承認を受ける。委員長が立ち上がると締めの言葉を述べた。

「特務課の皆さん、お疲れ様でした。えー、ここ最近の幻獣出現率は高く、しかも出現区域が以前と変わって繁華街など人の多い部分となる傾向が見られております。この傾向は間違いなく、当分の間は続くと予想されるため、引き続き警戒を厳として臨機応変な対応を、藩に対し求めて参ります。以上を当委員会からの提言とさせて頂きます。それでは進行役を事務局にお返し致します」

 咲月は真剣な顔で頷いて聞いている。

 それを見る隣席の志野は優しく微笑んだ。なぜなら委員長の言葉にしても、原稿自体が尾張藩側の用意したものであり、この言葉を持って次年度の幻獣対策予算が滞りなく用意されるからである。

 検討委員会が終了した。

 家老や奉行が委員の元に行って労いや感謝を告げ、和やかに挨拶を交わす。そして偉い人達が三々五々と帰っていくと、ようやく特務課の者たちがテーブルや椅子や備品の片付けを開始した。


「さあ、最後まで頑張りましょ」

 咲月は両手で椅子を運んで、専用の運搬台の上へと積み上げていく。

 そうやって他の者たちと交じって作業をしていると、気付いた志野が飛ぶように走って来た。咲月の手から椅子を取り上げ、軽く叱るような顔をする。

「咲月様がこのような事をなさってはいけません」

「別にいいのに」

「いけません、咲月様はお嬢様にあらせられるのですよ。ご自分の立場をお考えになって下さい」

 志野は五斗蒔家の数ある分家からの出身だ。それもあって主従の関係であるし、何より志野自身が咲月に対して過保護と言うべきか、自分の主と認定して仕えているような節がある。

 そう思うだけなら良いが、実際に態度に出して行動までするのだ。

「別に構わないのに」

 若干ふて腐れつつ、咲月は諦めて横に移動した。抵抗したところで志野は絶対に考えを変えないし、そこにいれば皆の邪魔になるだけと理解している。

 ただ実際のところ志野の方が正しいかもしれない。少なくともこの場では。

 各特務課の課長たちは、いずれも上士の中でも上澄みの家系ばかりである。誰も下働きのような事をせず、部下たちの行動を腕組みしながら眺め、早く終わらせるよう言葉を投げかける程度だ。

 浮かない顔をする咲月の元に一人の男が近づいた。

「こないだは、活躍しとったみたいやな」

 特務一課の柳生包利だ。からかうような口調だが、いつもそんな感じである。その名が示す通り、柳生一族の者だ。一課を任されるだけあって、その実力は他の侍よりも頭一つも二つも抜きん出ている。

 しかも背は高く均整のとれたシャープな体型で顔つきは爽やかと、有名侍として絶大な人気を誇りサイン会や握手会はいつも大行列となる。

 しかし咲月はチラッと見て、興味の無い顔をした。

「そうですね」

「なんや、えらい素っ気ないな。おうじょこくわ」

「それは失礼」

「ちいとばっか、愛想があっても良かろうに」

 いろいろ話しかけてくる包利に対し、咲月は儀礼的に対応する。前に四課の活躍が低いことを笑ってきた相手だ。愛想良くしろと言う方が無理であった。

「咲月様、片付けが完了しました」

「そう、良かった。じゃあ行きましょ」

 タイミング良く声をかけてくれた志野の言葉に咲月は肯いた。

 後ろで一課の柳生が、ニヤニヤした他の課長連中から小突かれている。それに気付いた志野は軽く笑って機嫌良く咲月の後を追った。お嬢様に余計な男を近づかせないのも、志野の使命であった。

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