あしたのために(その60)手紙

 川地家では川地と沢本が寝転がって各々別のことをしていた。

「ぼくら、順番って、やばいやつかな」

 沢本は順番表を眺めていた。

 くじ引きの結果、川地たちはトリだった。その前に、本当の目玉、宝田のパフォーマンスがある。

「西河は俺たちを結果発表前のおまけ扱いにしているってキレてたけど、俺たちの運だよ」

 川地はルーズリーフにこれまであったことを書いていた。『チャート式青春』に追加するかはまだ決めていなかった。「まあ俺たちがあいつより良けりゃいいだけだし」

「本気で言ってる?」

「もちろん」

「だったらいいけど」

 川地はセンターに選ばれた。西河は、「みんなで決めたのなら、それでいこう」と言った。

「サワもん、さっさと帰れよ」

「今日泊まっていくもん」

「ええ」

「家帰ったって眠れないもん」

「まあいいけど」

「中平さんから伝言を預かってる」

 沢本がまじめな顔をして言った。

「伝言?」

 川地はびっくりして起き上がった。「どこかで会ったの?」

「ううん。中平さんがいなくなる前。芦川さんに歌ってもらえって言ったとき。本番前日に、カワちんに伝えろって。『チャート式青春』のカバーのポケットに手紙が入っているって」

 確認してみると、折り畳まれたルーズリーフが入っていた。


「卒業式にこれを書いている。

『チャート式青春』をひらく学生は、この先いるのだろうか。なにかの気の迷いでひらいた人、そしてこの紙を見つけた人がいたなら、速やかに焼却炉で燃やしてほしい。ここに書かれていることは、なんの役にも立たない。べつに後輩たちになにか伝えたいなんて、書いてきたやつらだって思っていないだろう。こんなもの、ただ書きたいから書き散らしただけ、偉そうに知ったかぶっているだけのしろものだ。人生の参考書なんて、そもそも誰が書けるんだろう。

 ぼくは怖い。卒業してしまうのが怖い。この学校からずっと出たかったのに、いざ追いだされるときには、こんなにも辛い気持ちになるなんて思わなかった。これまで生きてきて、終わることにも始まることにも、たいした感慨なんて起きなかった。この学校で過ごしたばかばかしい毎日が、いつも死ぬことばかり考えていた自分を食い止めてくれていた。だからもし、いま読んでいる『チャート式青春』を求めるくらいに悩んでいるのなら、こんなものを読まず、そばにいる友達と楽しく過ごしたほうがいい。もし友達に話すことができなかったら、そんなやついなかったら、自分を偉いやつだと自分を勘違いさせて、ルーズリーフに好き勝手に書いてみたらいい。克服した「つもり」で、そのままバインダーを閉じたらいい。

 書くことで、気持ちが落ち着いたり整理できるかもしれない。

『チャート式青春』は、読むためにあるんじゃない。書くためにある。誰も読んでくれなくても、読んでくれないからこそ、自由に書いてほしい。

 自分はできそこないで、ちゃんと生きれる自信がない。もしみんながいなかったら、こんなものを書く前に、どうにかなってしまっていたと思う。

 みんなありがとう。とくに西河、蔵原。三悪と呼ばれて、ずっと楽しかった。

 もしこれがあいつらに読まれたら、めちゃくちゃ恥ずかしいな。全部嘘、俺がしんみりするわけないだろ?

 ありがとうってところで、あいつらが泣いたらマジでウケる。俺、やっぱ作家になろうかな。人を泣かせて金を稼ぐとか、最高じゃないか? まだ見ぬ文芸部の後輩諸君。

 中平イチゾウ」

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