第14話 恐怖というものは得てして
真夜中に突如として行われた、不審者による一家襲撃。
その被害者となった東雲家の面々が味わっている恐怖は、計り知れないものだろう。
異常者の凶刃により倒れる未来を想像し抱いた絶望は、比類なきものだろう。
大切な家族を奪われる可能性を感じ胸に宿した焦燥は、尋常なものではないだろう。
だがしかし。今この場に居る面々の中で最も強い負の感情を抱いているのは、襲撃を受けた東雲家の面々……ではなかった。
(……どうして……どうしてこうなった……どうしてこうなりやがったんですかあああああ────っ!!!!??)
間宮二郷。
机の上で胡坐をかき、変態装備を全身に纏っているこの男……この事態を引き起こした張本人こそが、今この場において最も混乱をしている人物であったのである。
事の発端は2時間前……深夜0時にまで遡る。
【スイガラ】こと五辻レイとの邂逅後。一度帰宅をした二郷は、そのまま深夜に家を抜け出し、東雲四乃の実家を訪れていた。
その目的は五辻レイに話をした通り、東雲四乃の家族を説得する事。
モリガミサマが仕掛ける『3日間の罠』に掛からないように。東雲四乃と接触しないように、交渉をする為である。
その為には、四乃の家族とどうにかして会う必要があるのだが……時刻は深夜。アポイントの無い来客が訪れるには余りに遅く、選べる手段は無断侵入しか残されていない。
しかし当然ことながら、見知らぬ他人が約束も無く真夜中に他人の家に侵入する行為は犯罪である。
それにそもそも、資産家である東雲家は不逞の輩の侵入を防ぐために厳重な警備態勢を敷いており、警備会社が設置した防犯センサーは勿論のこと、監視カメラや赤外線警報装置に至るまで、執念深いとも言える程の防犯体制を敷いている為、侵入自体が容易でない。
心理的な抵抗と物理的な障害が有るが故に、間宮二郷が東雲家の面々と会う事は困難である……筈であった。
「さぁて、あっちがカメラの死角か……いや、ダメだな。センサーの範囲内じゃねぇか」
誤算があったとすれば、それは間宮二郷少年が、間宮二郷であったという事。
前日の夜に行っていた下見と、不良達から巻き上げた東雲四乃の周辺情報。それに加え、間宮二郷が『青年』であった頃に磨き上げた、経験と判断力。
異様な感知能力を持つ化物達を相手に、タンスの中からベッドの下に至るまでスニーキングをして生き延びてきたその実績は、機械的な防犯体制如きでは止める事が出来なかったのだ。
そして、心理的な抵抗については……
「あー……
敵対する不良相手に躊躇わず暴を振るい、必要とあらば不審者スタイルで活動する事にも躊躇しない。
そんな物事の判断基準が壊れ気味の男が、今さら不法侵入程度で動きを鈍らせる筈も無かった。
そうして、セキュリティを全て突破してきた間宮二郷は、枯山水の庭の隅に設置されている物置小屋の陰に身を潜めながら、本邸の様子を伺う。
東雲家の面々は、恐らく全員が就寝しているのであろう。既に全ての部屋の明かりが消されており、常夜灯だけが頼りなく夜の闇を照らしている。
つまるところ、視覚的な安全性は高いが、逆に反対に物音で住人を起こしてしまうリスクも高くなっている状況と言える。
「……屋敷の構造と防犯体制上、正面からの突入は無理だな。天井から忍び込むのが一番確実性が有りそうだ」
二郷は懐から手書きの地図を取り出して指でなぞり、屋敷の間取りを再確認する。
「さぁて、そうと決まれば……まずは、この家で一番発言権が高ぇ爺さんを確保といこうじゃねぇか。無理矢理説得して、1週間は家族旅行にでも行って貰わねぇとな」
思考を整理する為に今後の行動方針を呟き、深呼吸する二郷。
単騎で夜襲をする時は、一瞬一撃で最大の効果を出すのが理想である。
求められるのは速さと隠密性。馬鹿騒ぎの大立ち回りなど愚策も愚策。
短時間で四乃の祖父母の寝室に忍び込み、拘束。その後、状況によっては物理も交えて説得する事。それこそが今回の二郷の勝利条件であった。
その為に二郷は一歩を踏み出し
「ふいぃ。今日も良き修行が……え?」
「は?」
……そして二歩目で作戦は失敗した。
二郷が遮蔽物として利用していた物置小屋。その中から姿を現した、一人の少女によって。
紅白の巫女服を身に纏い、右手には陰陽道で用いる形代を。左手には神楽鈴を持った、二郷の肩程までの身長の少女。長い前髪で目を隠している金髪の少女は、小屋の横から現れた間宮二郷と至近距離で顔を突き合わせる形となり────
「んににななななななっ!!? だだっだだだ、誰です──じゃお前は! ふ、不審者め! わた、わたっ、わ、我は陰陽師にして大妖怪九尾の狐の邪悪なる魂をその身に宿す巫女『真紅の天狐』なるぞ!!?」
「いやいやテメェが誰だ!? ちょ、ま! 落ち着け! やめろ! 神楽鈴を振り回すな!」
モリガミ様やその他の化物との不意の遭遇を警戒し、普段通りの全身霊能グッズ不審者装備セットで身を固めていた侵入者の二郷。
そして、一般家庭の庭で深夜に巫女服を着て徘徊しているどう見ても不審者の謎の少女。
不審者と不審者が合わさり不審者の飽和状態であるのだが、巫女服の少女の方は二郷よりも遥かに混乱しており、二郷が掛けた静止の声にも耳を傾ける様子がまるでない。
「よよよよいか!? 我にちょっとでも触れれば神罰が下るぞ! 本当だぞ! 子々孫々まで邪悪なる呪いが」
「神罰で邪悪な呪いってなんだよ! つか、黙れ! 騒ぐな! 頼むからマジで落ち着きやがれ!?」
バタバタと腕を振り、神楽鈴をシャラシャラ鳴らす少女。
夜の空気は昼間よりも音を遠くまで響かせる。
鈴の音が間違いなく邸宅まで届いているであろう事実に気付き、焦りながら神楽鈴を持つ少女の腕を掴む二郷。
だが、少女はその二郷の行為に対して恐怖し、更に混乱の度合いを増して激しく暴れ出す。
「ヒイッ!? やだ!! い、嫌だぁ!! やめて! 誰か助」
「だああっ! 畜生、こうなったら仕方ねぇ────でりゃああああッッ!!!!」
「けっ…… きゅう」
そうして、いよいよ少女が最大限の音量で悲鳴を上げようとした、その瞬間。
二郷は少女の背後に回り込むと、瞬きよりも早くその首に手刀を打ち込み、無理矢理にその意識を落として見せた。
「っ、はあ……。何だよ誰なんだよコイツは。こんな安い巫女キャラなんざ知らねェぞ俺は……」
少なくとも原作には描写されていない筈だと、己の記憶を遡る二郷であるが……少女を無力化した事で安堵した、その油断により次の失敗を招いてしまう。
気絶した少女について思案した後、とりあえず物置小屋へと運び込む事に決め、少女の腕を引いてズルズルと引き摺っていた二郷。
その姿を、突如として眩い光が照らしたのである。
「六花っ! 夜中に妙なごっこ遊びはやめなさいと何度言えば────誰だね君はっ!!?」
声を掛けてきたのは、中年の男性。
それは、夜中に庭で騒いでいる少女を叱る為に懐中電灯を片手に寝間着姿で起きてきた、東雲四乃の父親であった。
そしてその父親が庭で目撃したのは……ぐったりとした様子の少女と、それを物置へと引き摺り込もうとしている見知らぬ不審な格好の少年の姿。
「…………あ。いや、待て。これは違う。違ぇぞ、アンタは今、途轍もねェ勘違いをしようとしてる」
自分と少女、四乃の父親。順番に視線を動かした二郷は、今の自分が相手からどの様に見えているかに思い至り、絞り出すような声で弁明を試みる。だが
「────貴様ぁ!! 娘から離れんかあああ!!!!!」
「そうだよなぁ!? 話なんて聞かねぇよなぁ!!? ド畜生がああああああっっ!!!」
二郷は激昂して飛びかかってきた四乃の父親を危うげなく回避すると、チョークスリーパーでその首を絞め、抵抗を許さず意識を落とす。
「り、六花……ぐぐ…… ぐぅ」
「っはぁ、はぁ……く、糞がっ! ツいてねェにも程が有るだろ! なんだって今日はこんな間が悪」
「あなた? 随分遅いけど何かあった……ヒイッ!? だ、誰ですか貴方はっ!?」
そして、倒れ伏す四乃の父親と六花と呼ばれた少女の横で息を切らす二郷の姿を、別の懐中電灯の明かりが照らす。
「…………は、ははははは!! ああそうかいそうかい! そういう日なのかねぇ今日は! やっぱりこの世界はウンコだぜ!! こうなりゃヤケだ! 押切作品みてぇにバイオレンスに行こうじゃねぇか畜生が!!!!」
その後も、運命的な何かによって邪魔されているとしか思えない、東雲家の面々との遭遇は続く。
四乃の母、祖母、祖父。
繰り返す事三度。
目撃者達を襲っては気絶させを繰り返し、目が覚めてから暴れたり警察を呼ばれたりしないよう、リビングの椅子に拘束し、そうして最終的に出来上がったのが
「さあて、楽しい楽しい話し合いの時間といこうじゃねぇか! 言っとくが電話回線も警備システムも全部落としてあるから余計な事は考えるんじゃねぇぞ!!」
この光景である。
ヤケクソになった二郷と。そんな二郷に怯え、鳩の様に首を縦に振る事しか出来ない四乃の家族の姿。
単騎を以て闇夜に紛れに侵入し、大立ち周りの大騒ぎをする……まさしく愚策も愚策な光景であった。
「よし、そんじゃ今からアンタらの猿轡を取ってやるが、やいのやいの騒ぐんじゃねぇぞ。物置には巫女服の女……六花っていったか? あの子が寝てる事を忘れんなよ」
この状況に至っては冷静な交渉など出来る訳も無い。内心で臍を噛みながら、行動方針を交渉から脅迫へと切り替えた二郷は、三流の安い悪役じみた台詞を吐きながら、東雲家の一行の猿轡を解いていく。
二郷にとって幸いな事に、拘束前に味わった戦闘力の差と、先程の巫女服の少女……父親が呼んだ名は東雲六花。つまり、東雲家の次女であろう人物が別の場所に囚われているという事実があるせいか、驚く程に東雲一家は大人しかった。
けれど……恐怖というものは得てして、希望の前には無力なものである。
「さあて、まずは俺がこんな事をしてる理由から説明させて貰うぜ。勿論、金目の物が……」
「か、金が目的か!? 分かった幾らでも渡す! 現金でも宝石でも何でも持っていきなされ! だから……だから命だけは! ワシ等の命だけは助けてくだされ!」
恐らくは、二郷の口から出た『金目の物』という単語に、窮地から脱出するの好機を見出したのであろう。二郷の言葉を遮り、四乃の祖父が必死な様子で命乞いの交渉を始めた。
「頼む! 頼む! 殺さないで────ぶべっ!?」
しかし、その交渉内容は的外れ極まりないもので、この状況においてはノイズでしかない。
他の家族が同調して騒ぎ出す前に、二郷はその頬に派手な音を立ててビンタを打ち放った。
「騒ぐんじゃねぇって言ったよなあ、御老体。言っとくが、俺に敬老精神なんてモンを期待すんじゃねぇぞ」
「ぐうう……」
怪我をさせないように加減したとはいえ、家族と自分の命を守る為に恥も外聞も捨てた命乞いをして、その結果として痛みに呻く四乃の祖父。二郷自身の手によって痛みを与えられた彼を見るのは居た堪れないのだろう。視線を逸らしつつ、二郷は先程中断した言葉を続ける。
「俺はな、金目の物とかそんな強盗じみた目当てでこんな事をしてる訳じゃねぇ。ただ一つ……たった一つだけアンタ等にお願いしてぇ事があって、此処に来たんだ」
「な、なんなのだね。そのお願い……というのは」
明らかに強盗目的で入ってきたような見た目の不審者が、金は目的ではないと言う。その事にかえって困惑した四乃の父は、二郷の真意を図る為に、おずおずと尋ねる。
それに対して二郷は、一度大きく息を吸い────
「俺の願いってのはな────東雲四乃。アンタ達の家族を、モリガミサマから助ける事だ」
二郷がその言葉を……東雲四乃とモリガミサマいう二つの単語を口にした瞬間。その場の空気が凍った。
まるで、間宮二郷という不審者への恐怖が、別のより大きな恐怖によって塗り替えられた事を示しているかの様に。
「っ────知らん! そんな子は知らん! ワシ等の家族は、此処に居る全員と、六化だけじゃ!!」
「そうです! わ、私の孫は……一人だけです!」
「そうだ、私達の娘は…………六化、一人だけだ。それ以外に、子供はいない!!」
「……。夫の、言う通り……です」
先程、余計な事を言って祖父が頬を叩かれた光景を見ているにも関わらず、一様に同じ言葉を吐く一家。彼等は全員が顔を蒼白にし、体を震わせている。
(チッ……胸糞悪ぃ。想像はしてたが、ここまでかよ)
その光景を見た二郷は、モリガミサマがこの一家に刻んできたものを想像し、思わず拳を握る。
『それ』を身をもって味わい、知っている二郷であるからこそ、彼らが何故その様な行動を────家族の存在を無い物とするという人でなしの言動を取ったのかを、痛い程に理解出来る。
其れ即ち、恐怖。恐怖という感情以外の何者でもない。
突然一家を襲って拘束した不審者よりも。その存在が齎す命の危機よりも。
そんなものよりも遥かに深く昏い恐怖を、モリガミサマはこの一族に長い時間を掛けて刻み込んできたのだ。
まるで、肉を寝かせて調味料を染込ませる時のように、じっくりと。
「っ……!」
悍ましい化物、醜悪な怪物、残酷な異形。
吐き気がする程の悪意に触れた二郷は、彼等と同様にその身を震わせ
「……いねぇだぁ? 黙りやがれこの腐れチキン野郎共がッ!!!!」
けれど、彼等と違いその恐怖に完全に呑まれる事はなかった。恐怖に震えながらも、二郷はその震えを怒りを以って制し、為すべきことを為す為に拳を机に叩きつける。
そうして、恐怖に屈している彼等の正当性を弾劾すべくその口を開く。
「テメェ等がどれだけ怯えて否定しようがなぁ! テメェ等にはもう一人の家族が居る事実は変えらんねぇぞ!!」
「いない! いないっ! そんな子供なんて────―ゴフッ!?」
騒ごうとして声を上げた四乃の父親の腹に、二郷は机を殴り血が滲んでいる拳を叩き込み黙らせる。
「そうかいそうかい! どうしても思い出せねェなら、俺が聞かせてやんよ────東雲四乃! 長い黒髪の、何時も右眼に眼帯を付けている女の子! ガキの頃に糞みてぇな化物に憑かれちまった、可哀そうな女の子だ! それがテメェ等の大切な家族だろうが!!」
二郷の断言を聞いた東雲一家は、ただでさえ青かった顔を土気色にしながら、狼狽した様子で騒ぎだす。
「っあ……な、何をいうんですか! ああ! ああ!! 違います! 違います! 守り神様! 大切なんかじゃありません!」
「お許しくだされ守り神様、お許しくだされ守り神様」
「やめろ! 知らん! 知らん! そんな子は知らんっ!! それに、お前は何故それを知っている!!!」
恐怖と狂乱、怒り。負の感情の渦がその場を支配する。
しかし、その感情の波を真正面から受けても、二郷は身じろぎすらする事はなかった。
むしろ両手を広げ、演説でもするかのように堂々と言葉を紡いて行く。
それは、東雲家の面々の心を折る為の演技。
恐怖と罪悪感を以って脅迫し、確実に自身の要求を通すための行為である。
「何故も糞もねぇ、全部知ってるから知ってんだ! テメェらの一族がモリガミサマって名前の化物に憑かれてんのも! 今代の生贄がテメェらの家族の東雲四乃だって事も!! テメェらがモリガミサマに怯えてあの子の存在を無い物として扱ってる事も!!! 我が身かわいさに黙ってあの子を差し出す気だってことも!!!! それであの子が絶望の底に居るって事も────―」
そして、一家を従属させる為、更に追い込む為の言葉を発そうとして……
「……」
しかし、そこで二郷の言葉が止まった。
東雲家の面々からは見えないが、鉢巻きの下に隠れている二郷の瞳は揺れ、その場に暫くの沈黙が訪れる。
自分達がひた隠しにしてきた秘密を露見させた二郷への警戒心と恐怖で、同じく沈黙を保っている東雲家の面々を前にして、そのまま数分が経ってから……二郷は観念したかのように一度大きく息を吐いた。
「ああ……そうだ、俺は知ってんだよ。原作を見たから知ってんだ────あの子が、それでもアンタ達を愛してる事も。アンタ達がずっと苦しんでる事も、よく知ってんだ」
そして、先程までの嵐の様な怒りとは真逆の態度で、静かにそう言ったのである。
「っ……な、何を言ってるんだね、君は……?」
腹に受けた拳のダメージが抜けたのだろう。二郷の不可解な言葉を受けた四乃の父親が、警戒を切らさずに尋ねる。それに対して二郷は、右手で自分の眉間を揉みながらゆっくりと語り始めた。
「……なあ、あんた達は知ってるか? あの子は、雨が降り始めて家に誰もいない時に、干されてるあんた達の洗濯物を取り込んでくれてるんだ」
「あんた達があの子の生活費として……置き忘れたフリをして渡してる金も、いつか返そうと、必要な分以外は使わずに取ってあるんだ」
「一人で夕飯を食う時は、いつもこの屋敷の居間の明かりを見ながら食ってるんだ」
「あんた達が車で出かけるときは、『いってらっしゃい』って小声で言って、見えないように身を隠しながら手を振ってるんだ」
「小さい頃に撮った家族の写真を……今でもずっと、肌身離さず持ってるんだ」
きっと、先程の勢いのままに暴力を振るい従わせた方が楽だったのであろう。
脅迫をして、お前たちの所業は悪であると弾劾し、心を折った方が確実だっただろう。
東雲四乃を確実に助けるつもりであれば、どのような手を使ってでも彼等を排除すべきなのが最短で最善の正解なのだろう。
けれど、二郷にはそんな簡単な事が出来なかった。
最新の英雄譚の主人公のように、力強く効率的に正義の名の元に力を振るう。その覚悟を決める事が出来なかったのである。
それは、もしも間宮二郷が化物共について何も知らず、そんな状態で彼らと同じ状況に置かれたら……きっと、似たような行動を取るだろうと、そう思ってしまったから。
せめて他の、残された家族だけは守ろうとするその行為。それを卑劣だと、心の中の
二郷は、突如として机の上に正座で座り直すと、両手を机の上に付けた。
そして────その額を勢いよく机に叩きつける。
その姿は、紛れも無く土下座であった。
「……すまねぇ、悪かった。驚かせて悪かった。暴力なんざ振るって悪かった。アンタ達の努力を見て見ぬ振りをしようとして悪かった。化物ってのは怖ぇよな……死ぬほど恐ろしくて、関わるのなんて嫌だよな。全部放り出して逃げちまいてぇよな。俺はさ、連中が視える体質だから、アンタ等の気持ちは良く判る筈なのに……それなのに、一方的に攻め立てて悪かった」
机に強く叩きつけた事で額が派手に血を流しているが、そんな事は気にする事もせず二郷は土下座の姿勢を崩さずに続ける。
「アンタ達が、色んな霊能力者にあたりを付けてこっそりあの子を助けようとして────その全部がダメだった事も知ってる。色々試して、諦めちまった事もだ。なのに……」
自分達を襲撃してきた不審者のあまりに唐突な変容。
暴力や暴言を振るってきたと思えば、唐突に土下座をするという、情緒不安定な行動。
本来であれば、気狂いの異常者であると判断して、適当に話を併せてやり過ごそうとするのが正解だろう。
「……いいや、ワシ等はお前さんにそう言われても仕方ない外道であるのは解っておる」
「親父!?」
「いいんじゃ。ワシ等の事情をここまで知っておるなら、今さら隠し立てするのは無意味じゃろう。それに……雨の日の洗濯物が取り込まれておる事は、ワシも知っておるよ」
だが、四乃の祖父は、縛られたままの姿でどこか疲れたように二郷の行動を許して見せた。
それは、二郷が口にした内容が、気狂いの妄言にしてはあまりにも正確なものであったから。
そして……自分達を追いつめていた筈の二郷が、あまりに必死であったからだ。それこそ、モリガミサマが四乃に憑りついた事を知った、当時の自分達の様に。
「話を聞こう。ワシ等に娘は1人しかおらん。だから、助けるなどという訳のわからない言葉に耳は貸せんが……見知らぬ強盗に襲われて、自分達の命惜しさにの言いなりになるのは、仕方の無い事じゃろう」
孫娘を助けると言って、必死にあがいているその男の言葉に、四乃の祖父は遠い昔に忘れてしまった物を思い出したのだ。
そうだ。
恐怖というものは得てして、希望の前には無力なものなのである。
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