第13話 吸殻、水絡、棲異彼等


 何故、【スイガラ】の容姿が『さかさネジ』の原作と異なっているのか。

 何故、間宮二郷に対して交渉を持ちかけて来たのか。

 何故、東雲四乃を見捨てる事で【モリガミサマ】を滅する事が出来ると断言出来るのか。


 自身の肩に頭を預けている『五辻レイ』と名乗ったその少女────少女の形を模した化物に対して、間宮二郷は怒りと疑念を募らせていく。

 けれど……それと同時に、その内心で嵐の様に渦巻いていた恐怖の感情が減衰していくのも感じていた。


 五辻レイが、警戒を最大級にすべき得体の知れない存在であるのは間違いない。

 人を操りその命を交渉材料とする、人間にとっての脅威であるのも事実である。

 だが、しかし。


「……そうかいそうかい。しがねぇモブキャラの俺なんぞに、よく分かんねェ交渉してくれるたぁ光栄だぜ。クソったれの化物様がよ」


 この『五辻レイ』と名乗る【スイガラ】は、二郷との会話を成立させている。

 明確な知性を持ち、少なくとも外見上は意思疎通が叶っている。

 ならばその一点においてのみ、この五辻レイという相手は────化物ではなかった。


 間宮二郷は幽霊が怖い。妖怪が怖い。悪魔が怖い。怪異が怖い。

 人に害為すあらゆる化物が怖くて怖くて仕方がない。

 怒りと狂乱で自分の心を塗りつぶさなければ、まともに対峙する事すらも出来ない。


 けれど、相手がどのような怪物であれ、意志の疎通が叶うのならば。

 人間の立ち位置で接する事が出来る部分があるというのなら……その一点の分だけ、二郷は余裕を持って思考を行う事が出来る。

 危機的なこの状況に対して、狂乱という剣ではなく、知性という盾を以って相対する事が出来るのである。


(落ち着け、考えろ……そもそも、こいつがリスク取ってまで俺に目ぇ付けてきた理由ってのは、何だ?)


 スイガラにとって、二郷のイレギュラーな行動が目障りだった────そんな単純な理由ではないだろう。もしそうであれば、正体を明かさずに適当な人間を操って二郷を襲い、病院か刑務所送りにでもすればいい。

 それをせず、敢えて接触してきた理由。

 他の人間には無く間宮二郷のみが有している、スイガラが直接干渉せざるを得ない何らかの要因が、そこにはある筈なのだ。


(……だとしたら、ンなモンは一つしかねぇだろ。俺にだけ出来る事、俺だけが持つ特別なんてのは、この『体質』くれぇだからだな)


 そして、二郷はその要因の正体は『塩』であると推測する。

 間宮二郷は、その身体から塩を出せるという特異体質を有している。

 逆さネジにおいて『間宮二郷少年』がいじめを受ける原因であり、現状あらゆる化物に効果を示す、今の間宮二郷の切札にして────最後の手段である魔除けの塩。

 その塩こそが、【スイガラ】が描く未来図にとって放置しかねる致命的な『要素』なのだと推測し、その上で二郷は、【スイガラ】の目的を炙り出す時間と情報を稼ぐ為に言葉を続ける。


「……念の為聞いとくが、さっきの言葉は本当か? 俺が何もしなければ、テメェはモリガミサマを滅ぼせるんだな?」

「ええ、本当ですよ。二郷君が僕の事を信じてさえくれれば、モリガミサマは滅ぼせます」

「それは……あの女の子が死なねぇと果たせない方法だってのも間違いねぇのか? 俺が代わりに犠牲になる事はできねぇのかよ」

「無理ですね。東雲四乃さんだけは助かりません。絶対に」


 短い会話の応酬。

 五辻レイは二郷の問いかけに対して、特に言い淀む事も無く答えを返しているが、それは決して善意や純粋さの現れなどではない。ただ単純に、この問答だけで二郷が五辻レイの思惑に気付く事は無いと予測しているからだ。


「……そもそも、テメェはなんでモリガミサマを滅ぼしてぇんだ。同じ化物同士だろ? モリガミサマを滅ぼして、それでテメェに何かメリットでもあんのか?」

「おやおや、二郷君が僕に興味を示してくれているようで、嬉しいですよ」

「ハッ。思ってもねぇ言葉を吐くんじゃねぇよ。いいから答えやがれ」


 苛立ちを見せる二郷に対して、五辻レイは飄々とした掴みどころのない態度で返事を返す。


「メリットはありますが────もちろん、詳細は秘密です」

「……チッ、そうかい。けどな、利益目的だったら……折角こうして俺を捕まえたんだ。今すぐその手段とやらを実行に移せばいいじゃねぇか。どうしてそうしねぇんだ」

「うーん。残念ながら、『今は』難しいんですよ。何事にもタイミングと言うものがあるんです」



 二郷の肩に乗せた頭を横に向け、耳元でそう告げる五辻レイ。

 ……実際、彼女の『間宮二郷が五辻レイの思惑に辿り着く事は出来ない』という予測は間違っていない。

 単純に、あまりにも情報が不足している。

 そうである以上、どれだけの知恵者であろうと、答えに近付く事すらも出来る筈が無いのである。



 それこそ────相手が【スイガラ】という化物の生態と目的を、予め知っているような異質な存在でない限りは。



「……成程な」


 そして、これまで終始五辻レイにペースを握られ追い詰められていた二郷の口元に、初めて明瞭に笑みが浮かぶ。

 二郷は、五辻レイを拘束していた左腕を解き、肩に乗せられていた彼女の頭を右手で押すようにして引き離す。そして、一度息を吸い込んでから、真っ直ぐに五辻レイの眼……溶けた仮面の奥の闇色の瞳を見て口を開く。



「テメェの要望……何もせず、ただ一人の犠牲に目を瞑ってるだけで強大な化物が退治できる。随分とありがてぇ話だよ。だったら────俺の答えは『No』に決まってんだろ」


 吐き捨てるようにそう言い放つ二郷。

 しかし、五辻レイは二郷に拒否される事すらも想定済みであったのだろう。即座に言葉を返す。


「……ご存知かもしれませんが、モリガミサマには二郷君の素敵な装備品も『塩』も通用しませんよ。それに、僕が滅さなければ、今後もモリガミサマの犠牲者は増え続けます。これは、1人も救えないか、1人以外全員を救うかの二択問題です。感情論は捨てて最善を考えませんか?」


 余裕の態度を崩さない五辻レイに対し、二郷は舌打ちをしつつ、どかりと机に腰かける。


「生憎、俺は感情論がなきゃこの場にすら立ってられねぇ弱虫なんだよ。それに、テメェは一つ勘違いしてるぜ」

「……勘違いですか?」


 二郷は小首を傾げる五辻レイを指差し、告げる。


「俺は、別に化物を倒したい訳じゃねェ。あの子が助かる手助けがしてぇだけなんだ。そのためにモリガミサマが邪魔だから、こうして足掻いてるだけで……まあ、とどのつまり。テメェの提案は、端っから論外なんだよ」


 そんな二郷の言葉を受けた五辻レイは、スッと目を細める。


「……僕の知る限り、二郷君は、東雲四乃さんと友人でも恋中でもない。それどころか、まともに会話を交わした事すらないでしょう。顔を知っているだけの他人の為に安全策を捨てて、命を危険に晒す。その選択は、はっきり言えば異常ですよ」

「テメェの常識なんて知った事かよ。俺の常識ではな、頑張って頑張って、それでもどうにもならなくて泣いてる奴の前には。助けてくれと手ぇ伸ばしてる奴の前には────必ず、主人公ヒーローが現れなきゃならねぇんだよ」

「……二郷君は、自分がそのヒーローだとでも?」

「ハッ! バカ言うな。俺はあの人達みてぇには絶対になれねぇ。せいぜいが脇役止まりだ。ただ……それでも、主人公が間に合わねぇ時の代役くらいは務めるつもりさ」


 その言葉を受け、二郷に対して言葉だけでの説得は難しいと判断したのだろう。

 五辻レイは、二郷の真正面の席に足を組んで腰かけると、右手を軽く挙げる。


「そうですか。それでは、僕の提案に乗らなければ友達が全員自殺する────としたら? それでも、協力しませんか?」


 五辻レイの言葉の直後、視聴覚室の壁側で仮面のような笑顔を浮かべて立ち並んでいた生徒達……彼等が喉元に当てていたカッターナイフを握る力が、強くなる。

 そう。どれだけ言葉で拒否し抵抗を見せても、結局のところ、【スイガラ】が生徒達の命を握って居るのであれば、二郷は五辻レイの言葉に逆らう事は出来ない。東雲四乃同様、他の生徒達を見捨てる事も、間宮二郷には出来ないからだ。

 けれど、その言葉を受けても尚、二郷は冷静であった。立ち上がり、五辻レイの真正面に立つと、彼女を見下ろしながら口を開く。


「できねぇ事を言うんじゃねぇよ。そもそもテメェは『特殊個体』だろ」

「…………なんの事ですか?」

「お前達の事だよ────『俺が邪魔』、『あの子を犠牲にしねぇとモリガミサマを滅ぼせない』、『今すぐは実行出来ない』……バカみてぇに口からポロポロ零してくれた情報のお蔭で、ようやく確信が持てたぜ」

「二郷君、一体何を言って」


「────スイガラ」


 五辻レイの言葉を遮り、両腕を広げ獰猛な笑みを浮かべた二郷は、演説の様に言葉を続ける。


「スイガラ────吸殻スイガラ水絡スイガラ棲異彼等スイガラ。死体の頭部に寄生して脳に成り替わる事で、生きてる振りをする寄生霊。寄生した身体を使って死体を『作り』、死体の頭を繰りぬいて同族を産み付け増えていく……要するに時間を掛ければ人類まるごと乗っ取れる化物だ」

「……!」


 告げられる言葉に、五辻レイが目を見開く。

 其れに対して叩きつけるように二郷は更に言葉を紡ぐ。


「その特徴は、黒カビ以上のしぶとさに尽きる。脳みそモドキを直接ぶち壊さねぇと滅びねぇ頑強さに加えて……お仲間が全滅した時の保険に、『卵』を『特殊個体』に預けてやがる。経口摂取すれば、人だろうが動物だろうが化物だろうが乗っ取りスイガラに変える、まるで寄生虫の卵みてぇな、スイガラの『禍石』の分体である『卵』をなぁ!!!!」


 意図的に狂気に酔う。

 化物を圧倒する為に、化物が纏う恐怖を上回る狂気を無理矢理に纏いながら、二郷は更に一歩足を進める。


「テメェは、『卵』を持たせたあの子を食わせて、モリガミサマを苗床にするつもりだな?」

「……っ」


 飲み込まれる唾液が白い喉を動かし、肯定を示唆する。

 初めて、五辻レイが動揺を見せた。


「驚きましたね……どうやって、『僕達』の事を知ったんですか?」

「漫画で本編とあとがきを読んだんだよ。作者がテメェの事を詳しく解説してくれてたぜ?」

「……成程、もしもそんな本があるのなら、是非僕も読んでみたいものです」


 当然の事ながら、二郷の戯言めいた言葉を信じる事は無く、誤魔化しの虚言と判断した五辻レイは大きく息を吐き────パチンと右手の指を鳴らした。

 すると、それと同時に、視聴覚室の壁際に並んで立っていた生徒達が動きだし、ゾロゾロと退室をし始める。

 ────そして数分の後には全員が居なくなり、視聴覚室には間宮二郷と五辻レイの2名だけが残された。


「おいおい、人質はもういいのかよ?」

「意外に意地悪ですねぇ、二郷君。アレ等に意味が無い事も、知っているんでしょう?」

「は……『特殊個体』は繁殖能力を持たない変わりに、生き延びる事に特化した能力──被った仮面を顔と認識させるスイガラの能力を強化した、人間に対する強力な暗示能力を持っている。だが、暗示である以上、同族を傷付けるような、もしくは死を選ばせるような、生存本能を否定する行動を取らせる事は出来ない……ってか?」


 一息で言い切った二郷に、五辻レイは肩を竦める。


「ご明察です。本当に恐ろしいですね。二郷君に出会ったのが今の僕でなければ、どんな手段を用いても殺害しているところでした」

「そいつは奇遇だなぁ。俺も、テメェ等が暗示じゃなく、脳みそ毎クラスの連中と入れ替わってたなら、どんな手段を使ってでも絶滅させてたぜ」


 二郷の言葉を聞いた五辻レイは立ち上がると、ゆっくりと視聴覚室の後方へと向けて歩みを進めていく。

 そうして後ろ手を組むと、二郷に背中を向けたまま口を開く。


「……さて。こうなってしまえば交渉は決裂ですね。僕に他の交渉材料はありません。独断で動こうとしても、二郷君はそれを許さないでしょうし、そもそも二郷君がモリガミサマと対峙して、『塩』を使ってでも東雲四乃さんを守ろうとすれば────塩の影響で『卵』は割れて、もう元には戻らなくなる。それに」


 振り返った五辻レイは、少し眉尻を下げながら二郷を見て


「二郷君には、僕を生かしておく理由が無い」

「────いや、あるが? あと、別に交渉は決裂してねぇよ」


 諦めと、一種の覚悟を込めて放った言葉。それに対して呆れたように返事を返してきた二郷に、五辻レイはその動きを止めた。


「……はい?」

「だから、テメェを今ここで滅ぼすつもりもねぇし、交渉もするって言ってんだよ」


 聞き返す五辻レイだが、二郷の回答が変わる事は無かった。

 二郷は、腕を組み大きく息を吐く。


「モリガミサマを苗床にしようとしたって事は、アレを滅ぼしてぇのは本心なんだろ? じゃなきゃ、あんな強大な化物に関わりてぇと思う筈がねぇからな。だったら……その一点だけは、俺達は協力出来るだろうがよ」


 暫くの沈黙の後に、困惑しつつも口を開く五辻レイ。


「それは、そうですが……正気ですか? 僕はどちらかといえば人類の敵ですよ?」

「あぁ!? テメェみてぇな化物に手助け求めんだぞ!? 狂気に決まってんだろうが!! でもな! テメェの力があれば、モリガミサマをぶちのめす成功率が上がるから、仕方ねェんだよ!!」

「……情緒不安定ですねぇ、二郷君。膝枕でもしましょうか?」

「っ……い、らねぇ」


 一瞬だけ視線を泳がせた二郷は、大きく咳払いをしてから五辻レイへと向き直る。


「言っとくがな、俺は何だってすんぞ。あの子を、モリガミサマなんていう糞の塊みてぇな存在から解放するために必要ってなら、テメェとだって笑顔で肩組んでやる。だからテメェも協力しろ」


 そう言って、生の昆虫でも噛みしめてしまったかのように嫌そうな表情を浮かべながら、二郷は五辻レイに右手を差し出す。


「あの子を犠牲にもさせねぇし、モリガミサマを苗床にはさせてやらねぇが、必ずモリガミ様は滅ぼしてやる。それで納得しろ。出来ねえなら、俺に滅ぼされる事を忌避して屈服しやがれ。『特殊個体』は生き残るのが仕事なんだろうが」


 差し出された二郷の右腕と顔に、視線を往復させた五辻レイは、やがて諦めたかのようにその手を掴む。


「分かりました……僕は、二郷君の都合の良い女という訳ですね」

「人聞きの悪ぃ事言うんじゃねぇよ!?」





 人と化物の間にしては、あまりにふざけた遣り取り。

 暫くして手を離した二郷は、学生服の裾でその手を拭いてから口を開く。


「さて、テメェの目的と、わざわざ今日を選んで俺に接触してきやがった事からの推測だが……モリガミサマの生態について、テメェは有る程度知ってんな?」

「その口ぶりですと、二郷君も知っている様ですね。どのような手段で知ったのかは、非常に気になるところですが」


 五辻レイの言葉には答えずに、二郷は指を3本立てる。


「3日だ。明日から3日の間、モリガミ様はあの子の前から姿を消す。他人と話しても触れても、なんならそれ以上をしようが、その相手が死ぬ事は無ぇ……だが、それはクソッタレに底意地の悪ぃ罠だ」


 二郷の言葉を引き継いで五辻レイが続ける。


「その3日の間に東雲四乃さんと触れあった相手は、4日目に呪殺される。全員。全て。ただ一つの例外もなく……希望からの絶望。蠱毒の逆。孤毒とでも言いましょうか。それを繰り返し、喰らい、モリガミサマはここまで強大な怪異になったという訳ですね」


 その言葉を聞いて、二郷は舌打ちをして露骨に眉を潜める。


「だから、それを防ぐ必要がある。喰らうべき物が喰らえなければ、多少は弱体化が見込めるだろうし……そもそも、被害者が出るのを知った上で、それを指をくわえて待ってる主人公ヒーローなんて知らねぇからな」

「僕としては、そのヒーロー云々というものは非常にどうでも良いんですが……弱体化が叶うのであれば、反対する理由はありませんね。都合の良い女として」


 先程握手をした手で、二郷の頬にそっと触れる五辻レイ。

 その手を鬱陶しそうに払いのけた二郷は、五辻レイを指差す。


「テメェは学校の連中に干渉して、あの子に近付かないようにさせろ。俺は、今晩にでもあの子の家族を説得しに行く……今まで通り、あの子に干渉しないようにな」

「それだけ聞くと、いじめの先導をしているみたいですねぇ……二郷君が主犯だとバレたら、東雲四乃さんに嫌われてしまいますよ?」


 五辻レイの言葉に、二郷は首を傾げる。


「あ? 俺が嫌われようが憎まれようが、あの子が無事ならそれでいいだろうが」

「……へぇ」

「とにかく、そういう訳だ。言っとくが、この期に及んで裏切ろうなんざ考えんなよ。もし裏切ったら────地獄を見せてやる」


 二郷の言葉に、目を細める五辻レイ。

 その様子に気付く事無く、二郷は伝えるべきことは伝えたとばかりに、足早に視聴覚室から退出していく。




 誰も居なくなった視聴覚室。夜の闇に沈みかけたその部屋で佇む五辻レイは、二郷の背中が完全に視えなくなってから、静かに口を開く。


「随分と、歪んでますねぇ……」


 溶けた仮面の隙間から見えるその目は、不気味に笑っていた。









 ──────深夜2時。



 東雲家、邸宅。

 その広いリビングは、既に深夜であるというのに煌々と明かりが灯っていた。

 大型テレビは通販番組を写し、豪奢な木製のテーブルの周りに置かれた椅子には、東雲四乃の両親と、祖父母────中学生の妹を除いた全員が、姿勢良く腰掛けている。

 ……けれど、家族の殆どがが揃っているというのに、そこに会話は一切存在していない。

 何故か。それは


「むー! むー!」「むぐ! むごご!!!」「むぅ」「む! むむむ!」


 彼等全員が椅子にロープで縛りつけられ、布を猿轡のように噛まされているからである。


 明らかに、人為的に作り上げられた犯罪めいた光景。

 そして、その光景を作り出した犯人は現在、彼らが座っている椅子の前。テーブルの上に胡坐をかいて座っている。


 片腕に巻かれた、数珠。

 首に掛けられた三日月型のペンダントと十字架。

 頭に巻いた鉢巻きと、其処に挟まれている経文と神道のお札。

 左手には水晶玉、右手には消臭スプレー。掌には、マジックで書かれた蛇の目模様。


「夜分遅くすまねぇなあ!! 東雲一家の皆々さん!! 今日はアンタ等に頼みごとがあってきましたああああ────!!!!!」


 純度100パーセントの不審者がそこに居た。

 というか、間宮二郷だった。


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