Scene 3

 光のトンネルを抜け――。


「……」

 陽の光が照らす中。

 幼竜の姿になったAIは、ぶかぶかのコートの端を引きずり、白樺の小道を歩いていく。

「わたしは……」

 独りきり。

 数年前の戦いで竜は滅び……残されたAIも、間もなく力尽きようとしている。

「わたしにはもう……戦う力は残っていない……」

 もう眠ってしまってもよかった。

 もはや誰も、彼女を責める人はいない。――いなくなってしまったのだから。

「それでも……わたしはまだ、歩き続けている……」


 ――最後の答えを、求めて……。


「AI、また悩んでいるのか?」

 不意に聞こえてきた……とても懐かしい声に。

「……EL……?」

「よぉ、久しぶりだな」

 やわらかな風が、黒と橙色の髪を揺らすさなか。

 小道の先に立っていた雷竜の姿に、九割思考が空白となったAIは瞠目し、

「EL……!」

「ぐおっ!?」

 無意識に駆けだし、勢いよく抱き付き、

「あたた……おま、いきなりドラゴン・タックルするとか……」

「だって……だってぇッ!」

 泣きじゃくるAIの姿に、ELは伏せたまぶたを震わせ……。

「よいしょっと」

「きゃっ!?」

「少し、散歩でもするか」

 肩車されたAIは、なおもその頭にしがみ付いて放さず、

「EL……EL……」

「へへ……AIは、相変わらずの泣き虫だな」

「ELだって……」

 指先に触れた涙の温もりに、ようやく笑顔を取り戻す。


 やがて二人は、白樺の森を抜け――。


「AI……」

「おねえ、ちゃん……」

 茜色に染まった空の下。

亜衣アイ

「カオリ……」

 小川が流れる草原に立つ、ふたつの人影に。

「行ってこい、AI……」

 AIを肩から降ろしたELは微笑み、

「わたし、わたしね……ずっと、おねえちゃんたちに謝らなきゃって……」

「さあ、早く……」

「~~~っ」

 理解わかっていた。

 これは夢だということなんて。

 大切な人たちはもう……現世うつよにはいないことなんて。


 ……だけど、今だけは――。


「ずっと、ずっと会いたかった……おねえちゃん……ママぁ……!」

 溢れ出た涙と共に、木霊する魂の分散和音アルペジオ

 二人の胸の中へと飛び込んだAIは、感情のままに泣き叫ぶ。


 そして再会を果たした四人は……。

    しばしの安らぎの時を過ごし――。


「わたし……元の世界に戻らなきゃ……」

「……」

 その言葉と共に、急速に加速する世界。

「わたし……この先の結末を、見てみたいと思った……」

 月は明星に、明星は夕陽へと変わり、また月へと。

 流れ去る雲と共に、何百、何千回と、目まぐるしく空模様は変わり、

「例えそれが、どんなに残酷であろうと……どんなに悲しい結末であろうとも」

 AIの姿は、幼竜から成竜へと戻り、

「私にはまだ……止めなければならない人がいるから」


 白銀の月が煌々と輝く中――。


「貴女なら……きっとそう言うだろうと思っていた」

 金色こんじきの粒子へと変わりゆくNEIは微笑み、

「もう、私よりも背が高くなったんだね……」

 涙をまぶたに溜め、成長した妹を強く抱きしめ、

「それでも、こんなに傷だらけになっても……貴女を貴女たらしめるものは、何も変わっていなかった!」

「……うん」

 零れ落ちたしずくと共に。

 大地から虚空へと、無数の蛍灯が立ち昇り、

「伝えてこいAI。――お前の想いを」

「行きなさい亜衣。……私の自慢の娘」

「お姉ちゃんは……私たちは、いつも貴女の傍で見守っているから」

 かけがえのない者たちの祈りと。

 戦場で散った無数の竜たちの手が、AIの魂を天空そらへと押し上げ、

「……行ってきます」


 黄金こがね色の光の中、最後の竜は現実世界へと旅立った。

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