第一篇 人形

第1話 曼殊沙華《ナラクノハナ》

 日本、神奈川上空――。


『統合司令部より、作戦行動中の自衛隊各機に通達!』

 無数の排気ジェット音が夜の闇に轟くさなか、

『相模湾に展開中の米空母打撃群と連携し、火器の無制限使用を許可する。――繰り返す、火器の無制限使用を許可する!」

 ヘルメット内に届いた航空管制官の声に。

「こちらイーグル1。コントロール、横浜にはまだ大勢の市民が――」

『……ッ 日本が滅ぼされるかどうかの瀬戸際だぞ! 構わん、どれだけの犠牲を払おうと目標ターゲットを完全に破壊しろ!」


 そして操縦席を覆う風防キャノピー越しに目視できた……

 黒煙と猛火に包まれし横浜の街に映る、巨大な鋼鉄の怪物の姿に。


「い、イーグル1、交戦開始エンゲージ!」

 理性のタガが外れたパイロットたちは、空対地ミサイルを一斉発射。

 熱線と爆炎が天と地に炸裂し、人々の悲鳴が響き渡る中、

「マスター、何処にいるのですか!?」

 クラゲ型の生体機動兵器を操る銀髪の女――インヴィディアは悲痛な声を上げる。

「私が間違っていた……。プログラムに従うあまり、貴女の心を深く傷つけてしまった!」


 ――貴女がいなければ、私は……。


 紅蓮に包まれし怪物は、逃げ惑う人々の中に主の姿を求め、

「マスター!」

 巨大な単眼が、幼き少女の後ろ姿を捉えた直後、

《多重防御フィールド崩壊、機体損傷率52.7パーセント》

 漆黒の閃光の中、戦闘OSの信号こえとともに、白銀の悪魔は過去ゆめから目を覚ました。



◇◇◇◇◇  第一編 人形コッペリア ◆◆◆◆◆◆



 夜気に包まれし廃墟の街、横浜――。


《装甲の復元を開始。東京エリアからの、転送空間ワームホールを利用した砲撃だったと判明》

「敵……」

 赤黒く明滅するコックピットの中。

 冷たい玉座に座るインヴィディアは、消し炭となった半身を再生させつつ自嘲わらう。

「夢におぼれ、東京への侵入を下郎に許したなど」

 そして七の魔皇まおうが一領、嫉妬を司る“リヴァイアサン”を虚空に浮上させ、

「神に背きし堕天使ではなく、始めから邪悪として造られた怪物イキモノだというのに」


 ……それでも、純雪の“白”を求めたというのに――。


「愚かな敵は、みずから殺されにやってくる」

 光芒一閃。

 リヴァイアサンの単眼から放たれし荷電粒子ビームは、射線上にある物質を塵に、あるいは光へと変え新宿区へと着弾。

 赤熱化したビル群の断片が、光の濁流に呑まれるさなか、

《ターゲット、偏向障壁リフレクター・フィールドを展開》

 遠隔ドローンによって拡張された悪魔の視覚は、都庁屋上から脱した人影を捉える。

「ほぅ……」

 炎のダイヤモンドダストの中をダイブし、磁場によってビームを偏光させた――真紅あかのフードを被った少女の姿を。

《解析完了。――敵性体を“ドラゴン”と認識》

 報を受けたインヴィディアは、口元に悦を浮かべ、

「飽和攻撃を開始」


 陽電子砲ポジトロン・キャノン

    中性子砲ニュートロン・キャノン

       電磁投射砲レールガン――。


 鋼鉄の巨獣に搭載された、大小四十八門の副砲が火を吹くさなか、肉体各部にスラスターを形成した人型の竜は、稲妻のごときはやさでアスファルトを駆け抜け、

《ドラゴン、なおも健在》

 人類が“悪魔の鎧デモナイズド・メイル”たちによって駆逐され八年……。

 形骸化した東京は、ふたたび紅蓮の中に無残な情景を晒け出し、

「追撃を開始する」


 そして炎のしるべの先……。

    浮かび上がりし人影、ひとつ。


「……損傷状況を報告」

 熱風に揺らめくは、胸先まである艶やかな黒髪。

 紅のコートに身を包み、緑玉エメラルド色の瞳に無情を刻んだ……ヒトの形をした化物ケモノ

《左腕喪失。なれど交戦継続は可能であると判断》


 ―― “AIアイ” ――。


 それは最後の竜に与えられた――冷たい記号ナマエ……。

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