第8話 再鋼築世界

 月夜を切り裂くは、三つの青白き閃光。

 さりとて一秒間に数キロメートルもの距離を飛翔し、三角形を模したデルタ編隊を組むそれは、彗星から放たれし流星でも、ましてや月の精霊の姿でもない。


軍司令部コマンドポストよりドラゴン・チームへ。現在ロサンゼルス方面にて、機人たちの大規模攻勢を受けている!』

「……」

 防衛通信衛星を介し、角型の戦闘用ヘッドセットに届いたレーザー通信に。

『戦況は劣勢! 地上部隊が遅滞戦闘を行っているものの、このままではグリフィス天文台へと避難中の民間人に甚大な被害が生じると予測される。諸君らはこれを阻止し、敵勢力の撃滅を行ってもらいたい。――健闘を祈る!』

「こちらNEIネイ。状況を把握した」

 編隊中央。

 紅のフードで長い黒髪を隠した十六歳の少女は、軍との交信を終了し、

「AI、初陣の貴女は戦場の空気を感じるだけでいい」

「あの、おねえちゃん……」

「すでに敵の射程圏内。くれぐれも油断しないように」

 顎から頬を防御する半頬はんぼおに内蔵された通信マイクを介して。

 緑玉色の瞳を合わせることなく、冷たくAIをあしらったNEIに対し、

「おい、NEI」

「……どうしたのELエル?」

「その子、トラウマで半年も戦えなかったんだろ? まだ完治していないようだし、無理に戦場に出す必要は無いんじゃないか?」

 編隊右翼。

 橙色のショートヘアの、NEIと同年代の少女は戒めるかのように言葉を送る。


 そして三頭の竜は、斜線陣エシュロンへと陣形を変更し、


「これは軍上層部からの命令。……私個人の判断ではない」

「しかもお前、なんかAIに対して冷てぇし、そんなんじゃ――」

 刹那、遥か彼方の中空に発砲炎マズルフラッシュが閃き、

「EL!?」

「……油断するなと言った」

 無数の死骸によって形成された、全高四十メートルを超える怪物が放った砲弾がELへと直撃。

 青ざめたAIは、急ぎ彼女の元へと反転し、

「EL、大丈――」

ってぇなぁ……」

「……」

 戦艦の主砲クラスの――大口径“電磁投射砲レールガン”の直撃を受けたにも関わらず。

 額に小さなアザが出来ただけの雷竜の姿に、AIが絶句するさなか、

「あの野郎……か弱き乙女の顔に、傷をつけやがった!」

 右手で指銃を形どったELは、その上腕に左手を添え、

「こんなのメチャ許せねぇよな、AI!」

 青白く雷化した翼は、膨大な電力を指先へと収束し、

「こいつで消し飛べ! このグロテスク野郎!」


 ――破滅の雷光ドゥームズ・デイ臨界開放オーバーブレイク


GA……AAAアアアーーーーッ!」

 竜の主砲に貫かれたレギオン級は、炎と断末魔に包まれながら地表へと激突し、

「制空権の確保はELに任せた。AI、私たちは地上部隊の支援を行う」

「は、はい!」

 逆さまとなりし天地。

 無数の対空砲火の雨を、遥か後方へと置き去りに。

目標を捕捉ヴォイスツィール

 翼を折りたたみ急降下するNEIの瞳が、闇を見渡す熱線暗視装置ナハトスコープのように機人たちの熱源反応を捉え、

第一斉射アインス――発射ファイアファライッ!」


 ――炎竜の逆燐弾メギド・バースト


 灼熱の軌跡を虚空に刻んだ逆鱗弾は、正確無比な誘導ミサイルのように異形たちを穿ち、

「グリフィス天文台へと向かう新たな目標群を捕捉」

 灰色の幽谷を打ち付ける下降気流ダウンバースト

 猛烈な火線の中を、まるで飛燕であるかのように潜り抜け、

第二斉射ツヴァイ――発射ファイアファライッ!」


 その紅蓮の篭手ガントレットで――

    旋風つむじと化した双脚で――。


「すごい……」

 続けざまに追い討ちを重ね、次々に敵を撃破する実姉の姿に。

「わたしも……わたしだって!」

 感化されたAIは地上に降り立ち、自らも突撃を行う。

 が、突如、ニューヨークで惨たらしく殺された竜たちの姿がフラッシュバックし、

「ぁ……ああ……」

「AIッ!」

 無防備に立ち尽くしていたAIを、機人たちの凶刃から救ったNEIは、

「大丈夫!? 怪我は――」

「ごめんなさい……。わたし、ごめんなさい……」

「……」

 青ざめた顔で謝罪を繰り返す妹の姿に言葉を失う。


 そして戦闘は終了し……。


「諸君らの奮闘で敵の攻勢を撃退できた。感謝する」

 負傷者が運ばれてくる野戦陣地。

 現れた指揮官は、竜たちの活躍を称えるが、

「だが、彼女はその……大丈夫なのか?」

 頭から毛布を被り、医療テントの片隅で震えるAIへと視線を送り、

「……」

 その姿を眺める負傷兵たちの表情は複雑。

 劣勢の続く戦況において竜は反攻の主軸であり、人類の希望となっている存在。

 その竜がこんなにも脆く、小さく――。

「NEI……」

「先に帰投する」

 ELの声を背後に、踵を返したNEIは飛び立ち、

「おねえちゃん……」

 引き留めること叶わず、その姿を見上げるAIは嗚咽を漏らす。

 そんな妹の姿を鏡写しにしたかのように。

「AI……どうして貴女まで竜になってしまったの」

 月だけが見つめる中、雲の上へと出たNEIは一人涙を零した。

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