Scene 4

 虚空そらに張り巡らされた蜘蛛の巣であるかのように。

 壁面や地面から無数の配管が伸び、東京ジオフロントの商業地域に繋がるパイプの弁から蒸気が立ち昇る中――。


「顧客情報にアクセス。……なになに? 自由万歳党本部? ――どうせ裏金を貯めこんでそうだし、こいつらでいいわ。AI、暗証番号は0726で」

「諒解した」

 アケディアの指示を受けたAIは、素早く現金自動預け払い機を操作し、

「とりあえず百万円っと……。ふぅ、これで当面の生活費は大丈夫ね☆」

「アケディア……」

「何?」

「ひょっとして今のは、“犯罪”として定義される行動だったのでは?」

 己の左肩に鎮座している――

 銀行ATMをハッキングし、他人の現金を引き落した“珍妙な人形アケディア”にAIは問うが、

人間ヒトが作った法なんて、魔皇であるあたしには関係ないわ。……それに軍所属時代の、未払いだった貴女の給与を回収してあげただけ」

「なるほど。一理ある」

 納得したAIは店舗を後にし、

「アイ!」

「準備は整った。買い物に向かおう」

「うん!」

 腕組みをしてきたパメラと共に、人々と車両が往来する繁華街へと向かう。


 そして壁面と中央塔の外壁に設置された“人工太陽”に照らされる中……。


「アイ、コートを着てこなかったけど寒くない?」

「問題ない。……これから互いの服を購入するが、貴女も薄着で平気なのか?」

「寒いけど、こうしてアイと腕組みをしてるから平気!」

 廃棄場で見つけたというサイズの大きなパーカーを着た少女は、鼻をすすりながらポカポカと微笑み、

(彼女と出会ってから一週間。……随分と懐かれてしまったな)


 ……懐かれたというか、随分と「積極的」になられた気もするが。


「あのぉ、パメラさん……」

「なんですか、アケディアさん?」

「何度も何度もお伝えしましたが、必要以上にAIにくっつくのは止めてもらえますかぁ?」


 ……そしてこちらは、何故か仲が悪い。


「くっついているんじゃなく、まだ治療が必要なアイを支えているだけです」

「いや、どうみてもイチャイチャしていますよね? ――そもそも、貴女のAIではなく、私のAIなんですけどぉ!?」

 擦れ違った人々が、人間離れしたAIとパメラの美貌とその様子に振り返る中。

 より深く腕を組んだパメラに対し、アケディアは憤死寸前となり、

(……お前たち、なぜそれほどまでに仲が悪い?)

《最初に会った瞬間から、この子とは無理だと感じた》

 共有意識の中、AIの疑問に即答する。

《貴女の命の恩人だということは理解しているわ。だけどね、なんていうのかしら……》

 アケディアはいったん言葉を切り、

《強いて喩えるなら、同族嫌悪ってやつ? ……まあ同じ悪魔ではないのだけど、なぜか受け付けられないのよ》

(……)


 その言葉を聞いたAIは、何も答えずパメラへと視線を戻し……。


「アイ、こっちが近道だよ!」

「……ああ」

 まるで心を見透かすかのように澄んだ瑠璃色の瞳。

 この一週間、彼女は献身的にAIに尽くし、その行動に不審な点は見つからない。

(だが……あのとき死徒は、パメラの前で動きを止めた)

 廃棄場に居合わせた男たちを瞬殺した女型メルクス

 悪魔の鎧を守護するために製造された騎士であり、殺戮マシーンであるはずの死徒が、はたしてあのような動揺を見せるのだろうか?

(ただの偶然かもしれない。だが……)

 人通りのない高架の下、貨物車の車両音が反響し、

「お楽しみのところ失礼しやす、嬢ちゃん」

 パメラがAIの背に隠れる中、強面の男二人を従え、瘦せこけた筋者が目の前に現れた。

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