Scene 2

 夕刻、天羽邸にて――。


「いやー、パメラちゃんが作った料理は美味いね!」

「ほんと、こんなに料理が上手なんて……パメラちゃん、どこで覚えたの?」

 食卓を囲んだ風俗嬢たちは、並べられた料理に舌鼓を打ち、

「それは……企業秘密です」

「え~~~、教えてよぉ」

「あはは……」


 ……廃棄場で拾った料理本から学んだとは、とても言えない。


「いずれまた……」

 申し訳なく微笑んだパメラは、テーブルの奥に座る男へと視線を向け、

「……」

 天羽貞宗あもうさだむね

 黒スーツと派手な柄シャツを乱雑に着込んだ、白髪混じりの筋者。

「確かにこいつぁ美味い。嬢ちゃん、大したものですね」

「……ありがとうございます」

 犯罪網シンジケートに通じ、パメラの義体を奪おうとしていた男。

 なれどそれを行わず……あまつさえ身柄を保護するとは如何なる考えか。


 そんなパメラの心情を楽しむかのように。


「さて、御集りのお嬢方」

 静かに箸を置いた天羽は椅子から立ち上がり、

「御周知のとおり、本日付けを持って当店は閉店となりやす」

「……」

 職と住居を失った風俗嬢たちが曇り顔となる中。

 天羽の合図を受けた受付嬢は、彼女らの前に分厚い封筒を置き、

「同時に、本日付けで皆さんの借金は帳消し。――そしてこの店が稼いできた金も、全て還元させていただきやす」

「……っ!」

「どうか、せめてもの餞別としてお納めください。……本日まで当店を支えて頂き、誠にありがとうございました」

「天羽さん……」

 一礼をした天羽に、拍手をする嬢たちが涙ぐむ中、

「一緒に地上そらに行こうよ。女だけでは心細いけど、あんたがいりゃ……」

「申し訳ありません。……あっしは野暮用が残っているため、留まらせていただきやす」

「そう……残念だよ」

 長らく店で働いていた女性の一人は、寂しげに微笑み、

「パメラちゃんはどうするんですかぁ?」

「あたし、ですか?」

「はぁい。良ければ一緒に来ませんかぁ?」

「そうだよ、あたしらと一緒においでよ!」

 受付嬢たちからの誘いに。

「ごめんなさい……わたしも、東京に残ります」

「追わなくていいんで?」

 焼酎を一献飲み干した天羽は、パメラにだけ伝わる問いを行い、

「はい……」

 脳裏に想い人の姿を思い浮かべながらも、彼女はそう答える。


 そして送別会は終わり――。


「水筒と懐中電灯、あとは……」

 庭先の池から、鹿威ししおどしの音が聞こえる中。

 玄関先で風俗嬢たちを見送ったパメラは、天羽の荷造りの手伝いを行い、

「天羽さん、他に用意するものは――」

 襖戸を開けた先。

 黒鞘に納まった日本刀を横に置き、仏壇に向け手を合わせている天羽の姿に。

「……」

 静かに襖戸の前に座ったパメラは、彼の祈りが終わるのを待つ。


 しばらくして――。


「……ご家族ですか?」

 仏壇の写真に写るは、無数の古傷が顔に刻まれた壮年男性。

 そして、長い黒髪の美しい女性。

「いえ、古い友人たちですよ。――先日、大阪での戦いで亡くなりやしたがね」

 天羽はそれ以上語らず。

「なぜ、わたしを生かしたんですか?」

「さぁ、何故でしょうね」

 振り向くことなく、静かに笑い、

「悪魔たちと戦って……死ぬつもりですか?」

「さぁ、どうでしょう。――ただ、三途の川を渡るには六文銭があれば十分。ケジメ以外、この世に置き残した物もありません」

 刀を手に、すくと立ち上がり、

「荷造りは終えましたか?」

「……大体は」

「では、それを持って好きな所にお行きなさい。頭も冷え、他人の心配ができる余裕ができた今なら、少しは自分の命も大切にできるでしょう」

 横を通り過ぎた男の姿に。

「嬢ちゃん、御達者で」

 パメラは言葉を返せず、ただ、黙って見送るしかできなかった。

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