第7話 陽ギャルお布団あったかセラピー
今や事情は変わった。
表向きのキラキラ部分だけが人間ではないとかは別に当然の話だが、彼女はそんなありきたりの表現じゃまるで足りない。学校中が注目のハイスペ女子高生など世を忍ぶ仮の姿、その正体は未来からやってきた偉人男性の女体化キャラ……いや、それはまだいい。
一番の問題は、よりによって中身が、半分
胸を張って言える。
そんなやつ、絶対、恋人とかになったりしちゃいけない。それこそバラ色の逆、アオハルデイズが灰色に染まること間違いなしだ。見えてる悲劇は止めないと……せめて、ぼくが関われる範囲でくらいは……!
「都成さんとか、か、完璧に見えるけどさあ! 実はめっちゃ面倒くさいよ! 人と話すときはいつも自信がなくて失言してないかばっか気にして後で悩むし! 余計な見栄張って本音を相談できる友達も作れないし! 他人からどう見られるのか気にして、自分が本当にやりたいことなんか何一つできない! 一緒にいても、得なこと全然ないんで!」
「はははっ。えー? なになに、随分ズケズケ言うじゃん。瀧川チャンって、ンなキャラだったっけ? しかも、どうしてそこまで知ってんの?」
「言うし、わかるよ! 都成さんとか、実質ぼくみたいなもんだしさ!」
必死だった。
必死すぎて、やらかした。
ああ、ぼくよ、愚か。一時期とはいえ有名人を目指していたならわかっていように。
言葉はよく考えて使わないと、いくらでも誤解を招くし炎上する、って。
「んー、そっかー。そうまで言われちゃあなー、こりゃ、ちょっと考え直さなきゃかなー」
「……! 宮田くん、わかってくれた?」
「当然。君が仲間じゃなくって敵ボスだったことは、ね。ここまで堂々と宣戦布告されちゃったら、気づくしかないっしょ」
「え?」
「都成さんはぼくみたいなもの、かあ。それつまり、ぼくのもの、ってことだよね?」
「…………!? あ、そ、その、いや! 今のは、違くて!」
「それでも、まだ付き合ってはいないっていうんなら、チャンスはあると思おっか! とすると……うん。強引な方法やらせていただいちゃいますか。とゆーわけでー、瀧川チャン覚えてます? ほら、今度全校で行われるー、学年別スポーツテスト!」
ある。机の上のカレンダーにも書いてある。憂鬱だったし覚えてる。
けど、それがなに?
「今から言いまわってくるわ。スポーツテストの結果で、俺と瀧川チャンが都成をかけて勝負するコトになりましたって」
「…………は?」
「みんなの前で、みんなにも決めてもらおう。どっちが都成に相応しいか——どっちと付き合った方が、彼女のためにもなるのか。やっぱりさ、人と人とのカンケイってのは、周りの意見も大事だからね」
「ちょ、ま……!」
「悪いけど、結局役には立ってもらうよん。俺のイケてるところ見せつける踏み台になって頂戴ね、瀧川チャン。んっじゃねー」
止める間もなかった。
宮田くんは行ってしまい、ぼくは手を伸ばしたまま呆然とする。
腐っても同室、彼のことならよく知っている。そのコミュ力と行動力は極めて高く、やるといったらやるし、口コミは友達の輪に乗って千里を走る……!
「ヤバい、これヤバいこれヤバいこれヤバいこれヤバいこれヤバッバッバッばぁっ!?」
頭を抱えていたところ、背後から不意打ちを喰らった。
首根っこを引っ掴まれて後ろに倒され、訳の分からぬうちに何か、温かいものに包まれる。視界は薄ぼんやりと暗く、背中に回された柔らかい感触がゆるくこちらを締め付けてくる。
まあつまり……都成さんに、布団の中で抱きしめられているわけだ。
こう、こちらの頭が、胸の中に収まるよう、ぎゅっと。
「あの。都成さん、これ、何?」
「リラクゼーションだよ。ハグは緊張をほぐすからな。ほれ、深呼吸しろ深呼吸。こんなこともあろうかと、お布団、あっためておきました」
……言われるがまま、深呼吸。
自室のベッドの中といえば、数ある自己領域でも最たる場所だ。しかも、ああ、なんだろう。この、知らないのに、よく知ってるみたいな、いいにおい……あたまが、なんか、ふわあっとしてく——
「どうだ? 少しは落ち着いたか、ぼく?」
「……おかげ、さまで……」
「よーしよし。……さて、それにしても、面白いことになったな?」
「おもしろく、ないっての……。なんだよ、スポーツテストで、勝負とか……ううう……」
「いやあ、ぬけぬけと得意分野に持ち込まれたな。あいつ、本当はスポーツ特待生で誘われてたのに、それ全部蹴って一般で入試受けてるくせにさ。『一度きりの高校生活、これやれって決められた枠の中で過ごすのなんてもったいないっしょ』って言ったの、ウケたわ!」
「しらない……なにそれ……」
「おっと。やべ、これまだ先の交流イベントだったわ。すまん忘れろ。ないなーい」
誤魔化すように、ぎゅっ、ぎゅっ、と抱き締められる。
「ないなーい、じゃ、ないんだよお……ぼくは結局、お先真っ暗だ……ふぎゅぅぅぅ……」
「——言わないんだな。お前が昼休みにあんな絡みかたしてきたせいだ、とか」
「そんなこと、言うか、ばかぁ……。都成さんのおかげで、あの場が助かったのは、ほんとだし……それに」
「……それに?」
「いっしょに、ヒロクロのはなしできたの、うれしくて、たのしかったし……」
「ははは。そっか。高校生のぼくは、まだそんなふうに感じられるのか。そりゃよかった。本当によかった」
「……? え、なんて……?」
「いやなに。さっすが自分、まったく同感、って思ったのさ。ああ、ボクも楽しかったぜ。あのダベりだけで、未来からやってきた甲斐があった、って思うくらいに——さっ!」
いきなり布団が跳ね上げられる。内部の温もりが外気と交わって拡散し、温度の落差で、ぼーっとしていた意識がはっきりする。
「瀧川朔日。一難去ってまた一難、青春崩壊カノンイベントの連鎖だが、改めて言うよ。心配は無い。こういうのを片っ端からやっつけるためにボクは来た。……信じてくれるか?」
信じない。
なんて、今更言ってもしょうがない。
それに……ぼくは、見てしまった。
彼女の瞳の奥にある、一抹の不安……こちらを安心させようと、恐怖を押し殺しているのを、何故だか察してしまったのだ。相手も同じ、瀧川朔日だから?
……まったく。
有名人にはなりたくないけど……そういう気持ちをわかっていながら踏みにじるような悪人には、もっとそれ以上になりたくない。
「——うん、よろしく頼むよ、都成さん。それとも……君のことも、そっちみたいに『ぼく』、って呼んだ方がいいかな?」
「よしとこう。流石にちょっとややこしいし、これまで通り都成さんでいいぜ」
「了解。……で。ああ言ったからには、とっておきの秘策とかあるんだよな、となえもん?」
「ぶふっ。おう、当然あるぜ、さく太くん。この度到来した青春崩壊カノンイベント、題して【どきどき! スポーツテストで赤っ恥で青春台無し!】に立ち向かうべく、ボクが提供するシークレット的ウェポン、それは……」
「それは……!?」
もったいぶる、期待を高める、間。
こちらが思わず唾を飲み込むほど引っ張った後、彼女は……女子の笑みでこう告げた。
「スポテまで二週間、一緒に特訓だー! ビシバシ鍛えたげっからね、瀧川くん♡」
それは見事なウィンク&ギャルピ。
ぼくの口からは、十五年の人生でいちばん心の籠った「は?」が出た。
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