第12話 もうひとりのボクの戦い


  【♀♀♀】


 これは、瀧川朔日の物語だ。

 ということは、都成沙弥ボクの物語でもある。

 なので——いきなりあたしの一人称あたしになるのもある意味当然! 存分にカツモクなされよ! なーんてね!


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」


 とか言って。

 あんまお見せできるような状況では、なかったりするのです。


「どっ……りゃあぁぁぁぁっ!」


 とてもクラスの皆には聞かせられんない声と思いっきりなパンチ。

 女子的尊厳と引き換えに繰り出した一撃ではあったけど、モンスター化宮田くん……脳内で名付けて怪人ミヤタクワガタ……は、びくともせず、むしろこっちの拳がびりびりする。


「〜〜〜〜っ……! さっすが、未来の魔王の超技術……! いい仕事してますなあ!」


 うまく使えば、世界を滅ぼせるモノである。技術は常に功罪を持つが、これはその代表例だ。無関係な現地人でさえ、凶悪な手駒に仕立て上げられる。

 それにも、抱えてる負の感情とか、執着による選別が必要なんだけどね。


「ハサむ、ハサむ、ハ、サ、む……ハサ、まれ、たい……!」

「——知ってるさ、宮田くん」


 宮田勉。

 一般には彼を、何でも楽勝でこなす勝ち組イケメンと見るだろう。チャラいお調子者で、目立つ為には手段を選ばない、とも。


 ……ああ。この時のは、まだ知らないんだよな。

 彼が、両親に蒸発して捨てられて、親戚の家で世話になってたことも。


 人一倍気遣い屋で、承認に敏感で、そのくせ特定のどこかに寄りかかるのも怖くて……自分が欲しいものが奪われることを心の底から怖がってるって。


「……そんな君、だからこそ」


 好きになった相手を手に入れたいって、乱暴で強引な手を使うほど必死になったし。

 同室になった瀧川朔日にも、気を遣ってくれたんだよな。


 触れたいけど触れたくない、板挟みの気持ちのことはよく理解わかるから。

 寂しがってるもわかってるけど、こっちから踏み出すまではって、無理に干渉しないでいてくれた。


「馬鹿だよな。それがわかったのが、君が事故に遭って死ぬ前の日の夜だってんだから」


 歴史は強固であると、未来では既に結論づけられている。

 本当に重要な出来事は、どれだけ揺さぶられようと元に戻ろうとし、変えようとしてもそう変わらない……正史修正力タイムホメオスタシスの不遡及性理論。


 だからきっと今回もそれに倣い、宮田勉は犠牲に選ばれたのだ。

 そう容易く、やり損じに、取り戻しなどきくものか、と。


「ハ・サ・みぃぃぃぃぃぃっ!」

「あ、ぐっ……!?」


 巨大なハサミに捕らえられる。それは単純な膂力に加えて……能力だ。

甚大深刻な負の感情クリティカルストレス変貌した存在が持つ、逃避生態エスケープスキル。宮田くんが持つのはおそらく、【大切なものの間にいたい、絶対に掴んで離さない】という概念。


 それは今、悪辣な加工により、止め度がなくなっている……ボクの身体を、ちぎり飛ばして、本当に自分のものにするように……!


「ぐあああああああぁぁぁっ!」

「あっは、いい気味。見ながら一杯やりたいくらい」


 誰もが逃げた破壊の瓦礫に、女が一人、悠然と歩いてくる。

 珍妙なシャツを着た(それが本心なので如何ともしがたい)、嬉野先生だ。


「さっさとやられちゃってくださいよ、都成沙弥。あなたさえ消えれば、朔日さまの歴史は修正できるんです」

「ひ……ひっでぇなあ、おい。ボク、だって、瀧川朔日……だぜ。もうちょっと、慈しんでくれたって、さあ」

「戯言抜かすな、紛い物」 


 おっと。

 その声、あれだね。人が、大事なものを馬鹿にされた時の声。


「貴様が朔日さまであるものか。違法入手のデータを元に、曲解と誇張を重ねに重ねて生み出された、都合のいい幻像風情め」

「…………っ」

「思い出すだに吐き気が催す。空の素体へ極めて偏向的な情報に取り入れさせ、任意の負荷を発生……望んだ通りの変貌を引き起こさせるのが、貴様の組織の研究だったな。それを用いて作り上げるのが、よりにもよって偽の朔日さまなど、許し難い!」


 そう。

 ボクは、そんなふうに造られた。


 瀧川朔日の辛い記憶ばかりを素材に、例の「好み発表動画」を指向性として与えられ。

 都成沙弥という理想像は、本物の瀧川朔日が求めた切実な相棒であり……『自分もこうなれていたなら、誰かに愛してもらえたのかなあ』という、悲鳴にも似た慟哭だった。


「製造自体は成功したのに実験体に逃げられたマヌケな組織も、結局犬死にする貴方も纏めてザマアです。この活動を終えて帰ったら、即刻、そちらの組織も潰して差し上げますよ。すべては、朔日さまを穢そうとした天罰と知りなさい」

「ぐ、うう……っ」

「私たちは心より朔日さまを思って行動した。お前は独りよがりの幸せだけが目的で、自己満足さえできれば、途中で失敗しようと目的達成のつもりでいた。そんなもの、どちらが勝つかなんて決まりきって……はっ!? もしや、その邪なる思いを見抜いていたからこそ、朔日さまもお前を見捨ててお逃げになられたのでは!? ああ、素晴らしき慧眼ですっ!」


 ……そっか。ぼくは、逃げたか。

 そりゃ正解、懸命な判断。こんな場面で、未来の魔王ならまだしも、ただの高校生には出番がないし、余波で人目に晒されようものなら、不本意な有名になりかねない。しかし——


「——参ったな。図星すぎる」


 嬉野先生の言う通り。ボクは、本当は、瀧川朔日のため、なんてつもりはなかった。

 彼が幸せになるとか、辛い歴史を歩まないように、とかより。

 彼に恩を着せて、感謝されて、愛されて、承認をもらって。

 生まれてこれてよかった、と感じることしか、目的じゃなかっし。


 …………本当は、さ。

 最初に会った、その時から。

 何もしないでもオリジナルで、大勢に愛される未来の決まっている彼の事が……憎らしいほど、羨ましかったんだ。


「……冥土の土産に教えてよ、先生。都成沙弥ってさ。ここにいた意味、あったかな?」

「ありましたよ。ほら——英雄譚には、倒される敵が必要でしょう?」


 なるほど。

 この瞬間だけ偽物の都成沙弥ボクは、本物の瀧川朔日ぼくと同じなわけだ——



『朔日さまの好きなところ! お顔! 声! 性格! 一番好きな名言! 闇よ来たれ、世界よ終われ! あー! やっぱりめちゃすこ愛してる! 同じ時代に生まれてみたかったー! んー、子供の頃の朔日さまと会うのもいいなあ! 私は先生として側にいて、全てを知りながら彼のこの後の悲劇を見守る壁になって、魔王の誕生をじっくりぬっぷりねっちょり見届けて、にゅふ、むひゅ、ぐじゅじゅじゅじゅでろんちょ……』



 ——その、徐々に様子がいかれていく声は突如、嬉野先生のジャージの尻ポケットあたりから、気の毒なタイミングで鳴り響いた。


 嬉野先生が慌てて端末を取り出し、なおも続く独白を止める。

 どうやら、アラーム的なものが暴発したらしい。

 彼女はミヤタクワガタに挟まれるボクを見つめ、ふっ、と、笑い、

 

「瀧川朔日めちゃすこ倶楽部には水面下の競争がございまして、それはいかに朔日さまシークレットファンアピを仕込んでいくかなのですよ。ジャージの下に手作りプリントシャツを着るなど序の口、端末のアラーム音を自分で録音した朔日さま崇拝詠唱に設定しておく、私くらいになればまあこれくらいはやりますよね。別に朔日さまが推しであることには当然一片の恥もないのですが社会的には不意のオタバレってやっぱり痛恨の羞恥ダメージじゃないですか。けれどそのリスクを背負いギリギリのスリルと常に隣り合わせであることが我らの愛の証明でありまたファン同士の不可視にして強固なる結束なのです。お分かり?」


「あ、はい」


 いや弁解が長くて早口すぎる。見てよ、ミヤタクワガタもなんか申し訳なさそうだよ。

 ……じゃなくてさ。問題はさ。

 そのアラーム、何がどうして、今鳴った?

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