第13話 オレになったぼくの戦い


「……は?」


 未来で設計された道具でありながら、二〇〇〇年台のイケてるレトロさを再現した、いわゆるガラケーデザインの端末の画面を見つめて、嬉野先生が呆然と呟いた。


「な……何ですか、これ。未来変動値に異常、過去より未来への情報改変フューチャーフィックスが発生!?」


 ——その言葉に、こちらもあんぐりと口が空く。

 嬉野先生が言っているのが何かといえば、要するに今、“ボクたちが来た未来”が書き換えられているのだ。馬鹿な。そんなことは容易ではないし、一体どんな、歴史が変わるほどの大事が……それも、ボクたちのいない場所で起こすことができるというのか。


「げ、元凶! 未来変動要因を検索! 速やかに!」


 未来端末が音声入力で命令を実行する。

 計算と検索は瞬く内に終わり、そして。


『原因が判明しました。【サっくんの言わずに死ねないチャンネル】生配信に接続します』

「「え?」」


 ボクと嬉野先生の声が重なり。

 未来端末が、中空に……今、遠い過去から未来を変えんとしている、その元凶たる現象を、投影した。



『はーーーーいっ! というわけでね、突然に配信始めちゃったんですけども、まぁやりはじめちゃったからにはやっていきまっしょうっ!』



 そこには、やたらご陽気な人物が、くっちゃっべっていた。

 某大手動画サイト配信画面のウィンドウ内、フリー素材を加工した宇宙背景をバックに、そいつは己が身一つでコンテンツになる。


 準備も時間もなかったせいだろう。撮影機材はおそらく机の上に置いたスマホ、やや斜め上向きの画角に写っているのは上半身バストアップ、格好はほぼさっきまでのパーカー、スポーツグラス、マスク……ただし、せめてものキャラ付けか、被ったフードにネコミミを模したらしき画用紙がくっついている。


『まーずは名乗っておかんとね! ぼ……オレ、サっくんと申します! もしかしたら知ってる人もいるかもな! ともあれどうぞよろしくお願いしまーすっ!』


 どう見ても、瀧川朔日だった。

 どう比べても、瀧川朔日と繋がらなかった。


 外見は同じなのに、喋りが、雰囲気が、まるっと違う。さっきまで接していた人物とは思えない。切り替えが激しすぎる。キャラ性が、正反対にも程がある……!

 ……はっ、と気づき、思わず嬉野先生に聞いてしまった。


「こっ、え!? こ、これ、生配信!? 生放送!? 今やってんの!?」

「は、はい! ちょっやば、とりあえず録画……できないぃ!? なんで!? 特異点反応による情報保護!? 配信中の保存不可ぁっ!?」


 最推しの想定外な行動に、未来からやってきたファンが他の全てがそっちのけになる。ゲリラ配信はアーカイブが残らないこともある、ゆえにリアルタイム視聴が不可欠。これは未来に於いても常識。


「ふわあああ……な、何をおはじめになられているのですか、朔日さま……! ずるいです、こんなの、目が離せない……!」


 ほんとそれ。

 マジでなにこれ。


 ボクが怪人に襲われて怖くてヤバくて人が集まってきて人目に触れるのが嫌で逃げちゃった、までならわかるの。瀧川朔日だしね。でもさ、その後に大急ぎで生配信始めるとか、情緒どうなってんの? 当然のように全然視聴者なんていないし、ヤケになって爪痕残すにしたって、こんなの別に何の意味も——


『今回の本題の方! はい、ドーン! こちらっ! ……いない会えない、なら自分で作ろうか! オレの理想の女の子〜〜〜〜!』


「——え?」

 あたまが、、っとした。


 その言葉を聞いた瞬間、彼がやろうとしていることが、わかった。

 そっか。

 おい。

 瀧川朔日、きみってさ。

 逃げたとかじゃ、なくて。

 後ろから、自分の位置で、自分のやり方で、戦うために。


『時に皆さん、やってます、ヒロクロ!? 【その手で希望の未来を綴るRPG】ヒーローズクロニクル! オレぁアレがね、それこそ未来を救われたってレベルに大好きで! おっと断っておくんですがこれは別にPRとかじゃあまったくないんでそこのところはどうか誤解なきように! 一方的なラブコールです、ラブコール!』


 ぺらぺらと、調子よく喋ってる?

 いいや。彼の心を知る者だけが、今、その面の下でひり出されている、なけなしの勇気を知っている。


『まあここまで言えばわかっちゃうんですが……オレの理想の女の子って言うのが、まさにヒロクロの、メインヒロイン! いやここは異論反論大いにあるのはわかってるんですが、あえて強調させてもらうね! オレのメインヒロイン……トキノミヤ・ミコトです!』


 誰も見ず影響もない、過疎配信?

 いいや。未来の年代記を知る者だけが、今、ゲリラで行われている、この放送の価値を理解している。


『性格とかキャラデザもさることながら……やっぱりストーリー読みとしてはね、能力の方も推したいんだわ! 絶望に抗う力、人間の矜持の体現……男の子、いや、全宇宙のオタクが愛してやまない大っ好きな、ドあちぃ“巻き戻しの力”をさ!』


 やりやがった。

 やってやがる。


 どっちも理解した上で、あいつは……ぼくは。

 有名になんて、なりたくないくせに。目立つのも、名前が残るのも……自分が好き勝手されるのが、何よりゴメンだって、言ってたのに。


 それを、飲み込んで、乗り越えて——逆に、利用したんだ。

 ヒントは確かに与えてたけども。

 その場所は……明日ヶ丘高校社会科準備室は、擬似的な特異点で、未来を変え易い状況にある、って。


『だから——だからさあ! もしも!』


 ったく。お前って……ぼくってさあ。筋金入りだよ。

 この、ヒロクロオタク。


『巻き戻しの力を持ったオレには、一体何が出来るのか! 考えてみるのって、面白い!』


 その感覚を、どう言おう。

 たった今、ここで生まれたばかりの事実。世界に刻まれた、できたてほやほやの行動。

 ここには何の即効性もなければ、何一つ役に立つ厚みを持たない。


 だが。

 “いつ、どこから見ているか”を、変えたなら?


「————っ!」


 たった今の行動リアルタイムアクション

 それは——歴史へと育つ種。

 時間を浴びることでその価値は膨張し、特別なものへ成長し、戯言は名言に進化する。


 ましてや。

 将来偉人になる人間の言葉の……新しく残された、熱烈なメッセージなど。

 及ぼされる影響は、蝶の羽ばたきなど比較にならないほどの——


「……あはっ」


 について、理解する。

 この身体。偉人・瀧川朔日の遺された資料から生み出された、都成沙弥という異端存在の組成が、性能が、変わっていくのを体感として自覚する。

 つまり。

 

 瀧川朔日の生きた記載が、今。

 絶望の年代記を、書き換えた。

 

「……やるじゃん。書記官さま」


 ガチン、と。

 クワガタ怪人のハサミが、バネ仕掛けのめいて開かれる。

 わけが分からないように、宮田くんが「ハサッ!?」と驚く。


 あー。わかんないかあ。わかんないよねえ。これ、ヒロクロやってないと。

 おんなじようなシーン、スチルがあったんだぜ。

 “巻き戻しの英雄”トキノミヤ・ミコトが、能力不備の失敗作から、書記官だけの英雄に覚醒したシーンにさ。


 いや本当、名作なんだわ、メインシナリオ第三章。


「はは、すっげ」


 マジで、ミコトと同じスキル使ってんよ、ボク。

【巻き戻し】は、閉じたハサミを開くだけ、なんて、チンケなところには留まらない。ボクはその手で彼に触れ……変異させられた怪人体を、人間へ戻していく。


「やっ、やだっ……ハサ、ハサみたいっ、ハサまれ、たいっ……!」


 自分がどうなっていくのか察したらしい宮田くんが、悲痛に抵抗する。……ボクはそれに、「大丈夫だよ」と頭を撫でる。元の歴史では、結局……仲良くなりたくて、なれなかった後で後悔した、同室の友人未満を。


「もっといいように、なれるからさ。よくなかったことは認めて、ちょっと前からやり直そうぜ。巻き戻しの力ってのは、なかったことにする力じゃなくて……もっとよくすることを諦めないためのものだもんな」

「…………あぁ。やっぱ、ハサまれたかった、いい、オンナ——」


 最後の一言を告げて、怪人ミヤタクワガタは消え去った。

 そこに倒れているのは、元通りの姿の宮田勉くん。

 そして、片付けるのはもう一つ。


「あ、ああ、ぅうっ……!」


 マズいとはわかっているのだろう。脂汗をかきながら、しかし、彼女……嬉野先生は、こちらを向いていない。向けない。

 今も続いている、最推しの配信画面から、目を離せないでいる。


「ちょ、ちょちょちょちょちょっ待っ、後生だからせめて、この配信が終わるまで!」


 ははは、そうですかそうですか。うんうん、さぞ見たいでしょうねえ。

 ところで。


「こんな時。【魔王】瀧川朔日なら、放っておくと思う?」


 その言葉で全てを悟った嬉野先生が青ざめる。

 ボクはニコニコ笑顔で近づいて手を振り上げ、そして先生は叫ぶ。


「アーカイブなかったら、倶楽部用レポ描かなきゃだからぁぁぁぁぁっ!」


 うむ、敵ながら天晴れ。

 その断末魔、最後の瞬間まで、強火ファンの鑑であった。

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