【全15話で本日完結】お前は将来偉人になって女体化される。そして生み出されたのがボクとなります。【短編】
殻半ひよこ
第1話 ぼっちオタク男子、昼休みの教室でソシャゲのログインボイスを鳴らす
小二くらいの頃。
“将来なりたいもの”の授業があって、オレは目を輝かせながら答えた。
『ゆーめー人! めっちゃ人気あって、おもしろくて、たのしそーで、かっこいーから!』
進路希望ならやばかったが、これはあくまで幼い心を育む情操教育。他の奴らもオレと似たり寄ったりの内容だったし、なごやか〜に授業は終わった。
ところが。
オレの空想は、授業での発表で終わらなかった。
『有名人になる』。
拙い上に曖昧すぎる憧れだったが目指す意欲はホンモノで、幼いながらに色々やった。
とにかく人に知られよう、覚えてもらおう、人気になろう——ネット上での活動は止められていたため、クラス内・学校内・町内・学区、そういう身近な範囲から、やれることを、少しずつ——
『どーも! オレ、サっくんって言います! 今日は名前だけでも覚えてってください! 将来の夢は大人気の有名人! サっくんをどうぞよろしくっ!』
——太陽の輝くような
瀧川朔日はこの春、私立
四月の中旬、クラスでは早くも無数のコミュニティが発生している。新規の相手と打ち解けているグループがあれば、昔馴染みが固まったグループもある。
対して。
クラスの後ろの奥の隅に、黙々とソロで弁当食う者あり。
それは、背を丸めて俯く猫背男子だ。
学校指定のブレザーの着こなしはきっちりしすぎず着崩しすぎず、どちらにも寄らないことで平均の中に埋没する。風紀委員の指摘を免れる程度に伸ばした髪で片目を隠して、他人からの“視線のとっかかり”を制御している。
【目立たない生徒のお手本のような存在】。
あるいは【無着色没個性系汎用ギャルゲ主人公】。
どんな輪にも属さず気に留められないそいつは、ひそかにほくそ笑んでいた。
ああ、ところで。
このぼっち飯男子こそ、十五歳のサッくんこと、
「……よし。今日も、世間に埋没、絶好調……!」
変化に驚くものがいるだろうか——いや、いない。そのためにわざわざ地元を離れ、三県隣の全寮制高校へ進学したのだから。
方針の転換点があったのは、
ぼくが『有名人になりたい』と思ったきっかけだった、ある人気者が表舞台を去った。
原因はスキャンダル。培ってきたイメージが崩壊し、激しいバッシングを受け、無期限の活動停止が発表された。
……長年の信頼が裏切られた失望で、有名人を目指すのをやめた——んじゃない。
ぼくがやられたのは、バッシングのほうだ。
お笑いなんだけど、ぼくはそれまで【有名】という属性が持つ意味の、光の面にしか目が向いていなかった。もしくは、勘づいていながら、目を逸らしていたんだ。『有名人で人気者』っていうのが、常に、どういう圧をかけられているのか、から。
有名。
それは、無数の他人から無数の理想を押し着せられることに他ならない。
理想を外れれば叩かれ、あるいは……人気者というだけで、ある種の我慢と不便を当然とされてしまう。一歩でも踏み外せば奈落に落ちる綱渡りを、四六時中続けるようなものだ。
早い話、ぼくは気付いて、怖気付いた。
自分が一体、何になろうとしていたのか。どんな扱いをされる未来に進もうとしているかをようやく実感して、心の底から怯えたんだ。
有名は、怖い。
有名人になるなんて、冗談じゃない。
だから焦って、青くなった。
何しろ、時すでに中学二年の春の終わり。かねてからの活動のせいで、地元では既に様々な
残された手は、ただ一つ。
新天地での
両親を説得し、死に物狂いで猛勉強し、三県隣の全寮制学校へ合格し……待望の新生活を迎えることができた。
ここでは誰も【有名人志望の変人・瀧川朔日】を知らない。外見も地味に、行動も控え、交友関係さえ慎んだ結果、有名とは対極の無名になれた。
素晴らしい解放感。これこそ、自ら望んで獲得した、ポジティブなるぼっちである——。
「あはははは! お前マジでアホだろ! ネットに上げんべそのギャグ! 誰か撮れ誰か!」
「でさー! あの駅前の喫茶店、給仕の人のセンスがバリ神なの! 一緒に行かん? 結構するけどさ、その分の価値あっから!」
「なあなあ今日更新のダストマン読んだよな? やっぱさ、先週言った通りだったろ!?」
……大丈夫。大丈夫。
羨ましく、寂しくなんか、ない。
高校時代は、地味に目立たず過ごすって決めたんだ。
今さえ。この三年さえ乗り切れば、後はどうとでもなる。溜まった鬱憤は、大学とか社会人になってから発散すればいいし、取り返しがつくさ。
それに現代、ぼっちだって、一人時間の使い方ならいくらでもあるもんな。たとえばほら、今日待望のガチャ更新がある、これとか——
『ヒーローズ・クロニクル! 書記官さま、私たち共に戦うあなたも、英雄です!』
人生で最も強い力と本気の素早さでスマホの電源ボタンを押し込んだ。
まるで意味はない。
何の因果か運悪く、ちょうど一瞬だけ静かだった昼休みの一年一組にその音声は響き渡り、周囲の視線がついさっきまで誰も見ていなかったぼっちへ集結している。
「————ひ、」
注目。見られてる見られてる見られてる。
認識。覚えられてる覚えられてる覚えられてる。
喉元に吐き気。心臓から壁ドンされる。
何か言わなきゃ。何でもいいから、言え、言え、言え、喋れ、誤魔化せ、逸らせ……っ!
「——ヒーローズクロニクル、ってのはさあ! プレイヤーが書記官になって、世界を救える唯一の存在である人造能力者・英雄たちと共に希望の年代記を綴っていく、【その手で希望の未来を綴るRPG】でね!? SNSでも日夜多数のファンアートが投稿されてて運営も様々なゲーム内外企画と熱意をもって高まった熱を更に上げる、“今が始めどき、最高の乗りどき”な作品なんだよ! いや本当に、騙されたと思ってインストールしてくれないかな! とりあえず3章までやってくれればもう抜けられないから! ぼくもどれだけ、このゲームに辛いところを支えてもらったかわからないくらいで」
「うっわ。早口、すっご」
端的な感想がどこかから漏れ、一拍を置いてクラスが爆笑の渦に包まれた。
必死さを滑稽と笑いのめす空気は、今、数に勝る側が気兼ねなくイジってよい「遊び道具」を手に入れたことを示している。
「あービビった。てか笑った。知ってっし、あのいかにもオタクがやるやつだろ? キャラとかがやったらあざとくて!」
「すんげープレゼン聞いちゃった。やたら滑舌いいのとかギャグじゃん。何? 実は声優とか目指してんじゃね?」
「なあなあ、お前もしかして、このネタやるタイミング狙ってた? その為に逆に目立たないようにしてたとか? えっと……ハハ悪い、名前出てこねーっ! た——
「は、ははは…………」
視線を低く、誰とも目を合わさないようにしながら愛想笑いして、せめて、涙目だけは見えないようにする。
悪いのはもちろんマナーモードへの切り替えをミスったアホで、この後の展開も想像に難くない。放課後にはもう、突如ソシャゲのボイスを再生しただけでなく解説まで始めた異常ぼっちの存在は学校中に知れ渡るだろう。
「こんなんされちゃったら、アダ名も付けてやんないのは薄情だなー! よし、今日からお前は【書記官】だ! よろしくな、書記官!」
書記官! 書記官! 書記官!
悪ふざけで連呼される声は、瀧川朔日の人生設計が二年振りにまたも崩れ去った証だ。
あーあ、なんだ。ぼくの未来とか、結局、どうあがこうが最悪で——
「ちょーーーーい! なになに、あたしを差し置いてヒロクロのハナシしてないーっ!?」
それは、通りすがりの乱入者。
開きっぱなしだった教室の扉、筒抜けだった騒ぎを聞きつけて、その人は文字通り、ひょこっと首を突っ込んできた。
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