第2話 陽ギャル女子と同じ推し


「聞こえたよ! あたしの最推し、プレイヤーを最初に迎えてくれる“巻き戻しの英雄”トキノミヤ・ミコトちゃんのアプリ起動時ボイスが! 見してみなさいって、瀧川朔日くん!」

「……え?」


 空いていたぼくの前の席に腰掛け、こちらの机の上に身を乗り出してきた。

 片方の目が半ば隠れた、特徴的な左右非対称のショートヘアの女子。

 男子としては小柄なぼくと、女子としては背の高い彼女だと、こちらが若干見上げる感じになる。


 ……人の目を直で見るのは二年前から苦手で、今は状況も相まって倍は気まずいのだけど、今、下手に視線を下とかにズラそうものなら別の問題に直面する。

 彼女は、背だけでなく、他諸々も、大豊むちむちなので。

 せめて相手からの視線が逸れるようゲームを起動し直すと、真剣な眼差しで吟味される。


「ほお……起動時ボイスに設定して、ホームにも置いてるとか、さてはキミ、ミコトのファンだね?」

「あ……あ、うん」

「へへ。あたしもおんなじー!」


 彼女は自分のスマホを取り出すと、同じくヒロクロを起動する。時間を巻き戻したみたいに、ふたたび一年二組の教室に響くミコトのログインボイス。そして、ホーム画面に設定されている「書記官張り付き取材キャラ」は、僕と同じく、ミコト。

 プレイヤーレベルは、レベルキャップに到達済みだった。


「いいよねミコト! 健気で前向きで甲斐甲斐しくって何かとリードしてくれるのとか! 特に第3章でのあの台詞、『何度挫けても、私があなたを導きます。お隣で、ずっとずっと』のシーンのスチルとか音楽とか最ッ高! 新規はとにかくあそこまでやってくれー!」

「…………そ。それと」

「ん?」

「肉付きが、最高。太ももが、神。本能に来る」


 ざわめきが生まれ始めていた教室が、凍りつくように静まりかえった。

 …………おい。

 何を口走ってるんだ、僕。


 終わった。こんな時に、最低の悪癖スキルがまた出てしまった。

 先程の早口解説に続き、有名人志望時にわざわざ特訓してしまい、今も封印しきれていない余計能力のひとつ——「驚いた時ほど脳直の一言を自動出力するリアクション芸」が。


 いやこれ考えるのをすっ飛ばしていきなり思ったことを言うのって案外逆に難しくて、技能として習得しちゃったからには簡単に拭いきれなくて……じゃなくて!

 こんなの突然女子に言うとか、殴られても何されても文句は——

「だよねだよねだよね! お分かりですなあ、瀧川くん!」


 …………え、あ、あれれ?


「あたし、実は結構体型にコンプレックスっていうか、もうちょいスリムなほうがいいのかなーって悩んでたトキあったんだけど、ミコトがあんまり魅力的だから、今では逆に自信になったってーか、推しと似てて嬉しみまであんね!」


 言いながら、彼女は立ち上がると……椅子から、僕の机の天板へと、座り直し。

 そのむちむちでっかでかな……太ももを、見せつける、ように、示した。

 当然だが、ぼく史上、ここまで女子の太ももと接近したこともまじまじと観察したことも、かつてない。

 ……なに、これ。すっっっご。


「どーよ。ミコトと比べても、中々のもんっしょ?」

「……ご立派、です」


 今度のリアクションはちゃんと間違っていなかったか、まるで自信がない。

 彼女は「褒められて大層嬉しい」といった表情で、ちょうど午後の授業開始の予鈴が鳴り響き、ぼくはただこれ以上ボロが出ないことへ安堵の溜息を吐き、


「瀧川くん、また後でね」

「……は?」

「こんなんじゃ全然足んない。放課後、もーっとヒロクロ談義しよ。——約束、だよ?」


 去り際にされた耳打ち、制服の胸ポケットにメモを差し込まれ、呼吸が止まる。


 ……周囲の声が、やかましい心臓の鼓動と、耳鳴りにかき消されて聞こえない。

 しかし、なんとなくぼんやりと、彼女の登場と会話により……話題と注目が、「もっと注目すべきほう」へ上書きされたことを、理解する。


 会話には瀧川朔日なんて微塵も出てこず、それよりも降って湧いたこの激アツ情報を自分がうまく使って彼女との親密度を深めるのだ、という感情こそが着火されていた。何人かはヒロクロをインストールしようとしている様子まで見える。それはもう素直に嬉しい。ようこそ新しい書記官さま。一緒に世界を救おうぜ。


「はーい、みなさんお静かに。午後のHR始めますよー」


 担任の嬉野うれしの先生がやってきて話をしている間、というか結局午後まるごと、ぼくは気もそぞろのままに過ごすことになる。

 頭の中に、今日実装の新規登場英雄くらい、その姿と声が張り付いて剥がれない。


 彼女は、都成沙弥となりしゃみ

 一年二組の新入生。

 明るくて、元気で、手を引いてリードしてくれるような……ぼくの性癖ド真ん中、理想の推しが現実に出てきたみたいな、女の子。

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