第3話 ぼっち男子と陽ギャル、一緒にガチャを回す


 【♂♂♂】


 都成沙弥という同級生について。

 彼女はまず、文句なしに有名人で人気者だ——それも、入学の初日から。


 有名イラストレーターがキャラデザしたみたいな容姿をはじめに、入学式で新入生代表を任せられるほどの学力(入学試験堂々の第一位!)、一見イケイケな見た目でありながら、壇上に上がる際の姿勢と表情は礼節を備えて清廉、いきなりの好感度ランキングスタートダッシュを決めていた。

 体育の授業では学校記録を塗り替える成績を叩き出したとか、学内カーストどこ吹く風で誰とでも溌剌と付き合う態度は好感の塊であり、文化部運動部問わず争奪戦が繰り広げれられ、彼女の動向ひとつで周囲の論調さえ変わる様はまさしくかつてぼくが憧れた『有名人』の体現と言え——わっ!?


「きゃっ!?」


 ……やらかした。考え事をしていたせいで、廊下の向こうから来ていた人とぶつかってしまった。

 相手は制服ではなくスーツ姿の女性で、クラス担任の嬉野先生だった。床に散らばったのは先の授業で使った小テストのプリントだろう。生徒が見ちゃいけない情報てんこ盛りのそれが無防備に晒されている事実に青くなりながら謝罪する。 


「ご……ごめんなさい、嬉野先生……拾うの手伝いま、っと、った、あっ!」

 焦っていたことに加え風に乗って足元に滑り込んできたプリントを踏むまいと無理に体制を変えた結果、情けなく転んでしまう。い、痛ててて……。


「——そちらのほうこそ大丈夫ですか、瀧川さん」

「は……はい。あ、プリント、とか……」

「いえ。もう集まりましたので、お手を煩わせることはありません」


 既に元通り道具を抱えている先生に見下ろされ、不甲斐なさすぎて返す言葉がない。

 嬉野先生は生徒に親身で物腰の柔らかい人なんだけど……ぼくにだけちょっと、どことなく、冷たい。距離というか、壁が作られている印象がある。


「怪我はないように見えるけど、もし何かあったら保健室へ行ってね。それじゃ」


 ——もちろん、わかってる。

 ぼくは、特段嫌われて、冷遇されてるとかじゃない。あまり関係のない、関心もない相手に対しては、誰だってこんなふうに応対する。

 つまり、これもまたぼくが望んでぼくが得た、狙い通りの薄い付き合いなわけで。


「…………なのに、なあ」


 ぼくは、またわざわざ、何をやっているんだろう?

 放課後。訪れた目的地の扉を開ける。

 雑多で広大な資料の数々、圧縮された歴史の累積するここは、社会科準備室。

 本来、施錠されていて生徒は勝手に入れないはずの場所に、先客がいた。


「やっほー、朔日くん!」


 元気よく手を振られ、ぼくは慌てて中に入って扉を締める。こんなところ、誰かに見られたらだ。


「あたし信じてたよ! きみなら絶対来てくれるって!」

「……来ないわけに、いかなかったからね」


【放課後 社会科準備室 ぜったい来てね♡】。

 昼休み、胸ポケットに滑り落とされたメモには、そう書かれていた。

 風の噂で、彼女はクラス委員にも就任した、と聞いていたけど……職員室への出入りや授業の準備の手伝いをすることもあるだろうし、その筋で鍵の管理を任された、とか?


「ぼくも、用があったから。都成沙弥さん」

「うんうんうん! でしょうなあ! ヒロクロ談義したいもんね!」

「——いや」


 本当にそうであるなら、まだよかったのだけど。ぼくの用事は、また違う。


「予想が二つあったんだ」

「んん? 予想……?」

「君の、本当の狙いに対してね」


 首を傾げる都成さんへ、指を一本立てて示す。


「ひとつ。これが、悪質な弄びの可能性。……クラスでも目立たない、交友関係もろくになさそうな、他県からの入学生で寮生なら……遊び道具にするには、都合がいいもんな」

「へ? え、えぇぇ、何それ!? あたし、そんなふうに見られてたのぉ!?」

「もうひとつ」


 本気の狼狽にしか見えない……そんな反応をスルーしながら、二本目の指を立てる。


「君がぼくを、脅そうとしている可能性。あることを知っているから、それを黙って欲しければ、ってね」


 入学以来、ぼくは目立たずやってきた。クラスメイトに名前を覚えられないくらいにだ。

 なのに。


「なんでわかるかな。隣のクラスのぼっち男子の、苗字どころか、先生にも呼ばれない下の名前まで。ぼくが観測している限り……最初の自己紹介で名乗って以来、誰からも呼ばれてないんだぜ」


 正直、昼休みから放課後まで、生きた心地がしなかった。吐き気でぶっ倒れそうだった。

 ぼくなんかの名前を、わざわざ覚えていた相手がいるなんて。


「バックれたかったけど、もし行かなかったら、何をされるかわからない。だから、来るしかなかったさ」

「心臓」


 身を乗り出して、またしても、パーソナルスペースが侵される。

 彼女の手が胸へ、強く押し当てられる。


「どきどきしてるね、朔日くん」

「まあ、おかげさま、で」

「あのね。確かにね。知ってるよ。あたしは、きみのこと。きみが昔なりたくて、今はなりったくないもののこと」

「……っ」

「最初の企画、よかったねえ。影響受けてる相手まるわかりの朗読。でも、意欲に溢れて一生懸命だった。最後の企画、切なかったねえ。だって、何もなかったんだから。突然、ぷっつり活動をやめちゃったから、一個前にやったのが、実質最終回になっちゃっただけで」


 懸念の的中。今すぐ絶叫したいほどの恐怖。ミステリならさぞ緊迫しているだろう場面。

 しかし彼女は、ぼくの感情が臨界に達するよりも先に心臓からてを離し、姿勢を戻した。


「——なんつって。そんなことは今、二の次だよ。さっきも言った通り、ここには、ヒロクロ談義するつもりで呼んだんだから。ほら、スマホ出して、アプリ起動して。もちろんマナーモードは解除だよ!」

「あ……は、はい……?」


 意味不明ながら、言われた通りにする。マナーモードを解除、二人きりの社会科準備室に流れる可愛い秘書官の声。いや、何この状況。

 顔を上げると、都成さんは真剣な表情で、自分のスマホのホームを……時計を見ている。


「君。今日はもちろん、新キャラ引こうとしてたよね」

「それは……うん」

「絶対引きたい好みのキャラ。けど石は天井分ない。なけなしの三十二連で引けなきゃ撤退」

「昼休み……わざわざ、ホーム画面で見てたの?」

「いいや。見えなかったよ、ちょうど君の指で隠れてたからね。ただ、知ってただけ」


 こちらの困惑を余所に、真剣な眼差しと、「いい?」と言葉が投げられる。


「四時二分になったら合図をする。ホームのミコトの頭を3回タッチしてからガチャ画面に行って。十連を一回、単発を一回、十連を二回、単発を一回。それで、彼女は引けるし、加入ボイスからまもなく、野球部がホームランを打つ」

「……なあ。さっきから、何言ってんだ?」

「君の未来に必要なことだよ。朔日くん。……いい? 絶対、ミスしちゃダメだよ」


 人生で一度も味わったことのない、奇妙で奇天烈な緊迫感。

 僕は手に汗を掻きながらその時を迎え、都成さんからの「今」の号令は……むしろ静かに、冷たく、冴え渡るように。


 ミコトの頭を、3回タッチした。愛しの推し秘書官が、照れリアクション、うっとりリアクション、感謝リアクションをし、間違って隣のボタンに触れそうになりながらも、『募集』を推した。

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