第4話 陽ギャルの正体はぼっち男子の未来の女体化キャラでした
最初の十連。
「……虹、無し。昇格無し」「まま、ジャブだよジャブ。ヒロクロは最初の十連遊ぶから」
次、単発。
「……うん、まあ」「単発はね。お祈りみたいなもんだから」
再度、十連。
「……一瞬で溶けましたね。千五百石」「花火より儚い。ある意味芸術だねえ」
もう一丁、十連。
「……さ、最低保証」「心折れそうになるよね。でも、大丈夫。今回は」
——今回は?
「信じて。あたしを」
彼女の瞳は、真摯だった。
とても真剣で、同じ思いを共有していると……なんとなく、わかった。
「さあ、次だ。引いて、朔日くん。君の、運命を」
そして、
最後の、
単発——
「————あ、」
新規英雄召集ガチャ画面、単発をタップした際に生じた僅かな“重さ”……それはしばしばプレイヤーの間で語られる、【未所持キャラ読み込み時のローディング】の感触である。
所詮ジンクスの域を出ない、今まで大勢が刹那の歓喜を得ながらも落胆の淵へ沈められてきた魔の境地……だが、それは、今回に限って。
「嘘だろ」
最高レア確定演出。ドタバタと書記官室へ駆け込んでくる、いわゆるガチャ担当キャラ……それがずっこけて宙を舞う書類は、そう、誰もが寿命を伸ばす輝きの虹色。
暗転。そして浮かび上がるキャラ台詞。
【許してくれるんだ。あんなことあったのに】
その参入を、待ち望んでいた。
三月末〜四月頭のイベントストーリーで登場、立ち絵に戦闘グラも実装されていたことから「これ絶対次の更新でPUあるでしょ」と匂わせ、そしてつい昨日に公式からプレイアブル化が発表された彼女こそ、“断裁の英雄”ミナヅキ・サクラ。
『ちっすー。やー、また会ったねえ書記官ちゃん。どの面下げてって感じだけどさー、これからウチらよろしくやっていこうや! いひひ!』
……涙が出た。そのセリフは、ズルだ。
イベスト【春舞うさくらと冬散るサクラ】——彼女と繰り広げた物語が脳裏へ甦り、今度こそ自分がサクラの、決して散らない英雄譚を描くのだ、という思いを新たにする。
「期待通りの予想以上、加入ボイス百億点満点……ありがとう、ヒロクロシナリオ班……」
呟く声が聞こえ、思わず顔を上げる。
対面では都成さんもまた、感涙を流していた。
目と目が合う。もうここにいるのは、勝ち組キラキラ美少女と目立たぬ隅っこぼっちではなく、ヒロクロオタクの同志二人。
どちらからともなく掲げた手が勢いよく打ち合わさった、次の瞬間。
カーテンで閉じられた窓の外からも、さながら祝砲がごとく、野球部がホームランを打った音が高らかに響き——
「……あれ?」
サクラを引いた後、野球部が、ホームラン?
なんだっけ。そういえばさっきまで、重要なことを話していた、ような——。
「是が非でも引きたかった推しを、引き損じた悔しみ……そのショックは、人一人の人生を歪めてあまりある。そこに、クラスでのヒロクロ暴発からなる不本意なイジりも重なった時、瀧川朔日の青春は、修復不可能な程に破壊されていた」
都成さんの口調と、雰囲気が、変わる。
先程までとはまた違う真剣さと……なんだろう。
そうなっていたに違いない可能性を思うのではなく、歴然とした確信に満ちた、そんな声。
「これで、とりあえず回避できたな……これより三年間、瀧川朔日の高校時代を襲い続ける、【青春崩壊カノンイベント】の第一撃目は。気を引き締めろよ。キャラの育成と同じで、引いてからこそ本番だ。こんなのはまだ全然、お前のクエストの始まりに過ぎない——だが、不安に思い過ぎなくてもいい。何故ならば」
自分がついている、と、都成さんが宣言する。
ぼくは、先程聞きそびれていた本題にして核心を、改めて問う。
「都成、沙弥さん。……君の目的って、いったい、なに?」
「ああ。まず、それを伝えておこう」
そうして。
ぼくの好みド真ん中な美少女が、このように答えた。
「瀧川朔日。お前は将来——有名人を通り越して偉人となる。最低な人生を送った果てに」
「……は?」
「そして。偉人・瀧川朔日の、三次元女体化キャラとして生み出された人工生命体が、これとなります」
「…………へ?」
これ?
何がこれ?
都成さんが? 目の前の美少女が? 自分を指差しながら?
「あたし……ボクが未来からやってきた理由は、ただひとつ。瀧川朔日の偉人化ならびに女体化を断固阻止するべく、そこに繋がる失敗続きの高校時代を改変する! 手伝ってくれるよな、もう一人の……いや! ボクの本物・ボクオリジン! 頼むから、頼むからさぁぁっ……!」
手を取って、縋り付くように懇願される。
頭さっぱりの中、ヒロクロホーム画面のマコトが、放置台詞を語っていた。
『信じられないことばっかりですけど、頑張りましょうね、書記官さん!』
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