第5話 三分で丸わかる偉人伝 瀧川朔日編


 【♂♂♂】


「あーっと! いきなり用事を思い出した! 都成さん、それじゃっ!」


 もちろん全力で逃げ出した。

 ギリギリダッシュに見えない最速の早歩きで、寮の部屋セーフゾーンまで避難する。


 明日ヶ丘高校の寮は生徒二人の相部屋だ。入口を中心に左右対称の構造のうち、まさしく学生生活をエンジョイしているというふうな私物デコレートマシマシのほう……ではなく、使用初日みたいな殺風景のほう、左手側のベッドへ飛びこむ。


 さっきまでのことが、まだ、頭にこびりついている。昼休みから続いていた緊張、社会科準備室での一幕、そして、衝撃の告白……。


「……都成さんが、まさか、あんな……ぼく以外に誰か知ってるのかな、あんな本性——」

「知らないに決まってるだろ」


 あり得ない人物の声に身体を起こした直後、ベッドから転げ落ちる。

 入り口奥の壁際にある勉強机……その上の窓。

 半メカクレ美女が、室内を覗いていた。


「よっ」

「あっ」


 寮部屋には、それぞれの勉強机の前に、出窓が計二つ。

 ぼく側はきっちり施錠していたが、もう反対の窓の鍵が開きっぱなしだった。かくてむちむちの太ももが境界を超え、ありえべからざる場所へ……女子禁制の男子寮に侵入する。

 窓の縁に引っ掛けて靴を脱ぎつつ床へ降りると、彼女は勝手知ったる様子でぼくのベッドに尻を落とし、隣をぽんぽん叩いた。


「ほーれ、こっちゃ来い。説明がまだ途中だぞ」


 三階の窓から余裕で侵入するフィジカル。

 誰にも話していない寮部屋を知る情報量。逃げる無駄を悟り、観念せざるを得なかった。こちらの怯えを察してか、都成さんは優しい声音で言ってくる。


「いやだから、勘違いはしないでくれよ。厄介変態ストーカーとかじゃないんだって。『旧・瀧川朔日の隠れファンが妙なアプローチをしてきてる』ってふうには、確かに見えないこともないんだけどさ。本当は、そっちも察してるだろ?」

「う……うううっ……」


 図星だった。理性や理屈では認め難いが、直観は既に半ば受け入れている。

 野球部のホームランだけならば、まだどうにでも出来よう。ただ、ソシャゲのガチャ結果は、あんなもの一個人の仕込みでどうにか言い当てられる現象じゃあない。


 ……それに加えて、だ。

 さっきから、都成さんの喋り方とか細かな仕草が、瀧川朔日ぼくとそっくりだ。


「証拠にまた未来変えてみせろ、っていうの無理だぜ。あれは色々仕込みがあった上での大技だからさ。実を言うと、社会科準備室を一種の限定的特異点に加工してあるんだよ。あの部屋でやる行動は、未来を変えやすくなってる。これトップシークレットな」

「話す相手もいないよ。……その大技で、やるのがガチャで推しを引くことかよ」

「大事だろ? サクラだぞ?」

「それは、まあ」


 そして、これだ。

 面識ない相手と話すのなんてすっかり苦手になったし、相手は好みど真ん中の美少女のはずなのに……今の都成さんには、奇妙なほど緊張も警戒も湧かない。長年ずっと付き合ってきた、勝手知ってる相手と居るように、気安いのだ。

 ……これ、信じるしかない感じか……? とても信じたくない未来なんだけど……!?


「つーか、ぼくなんかが偉人になって、女体化キャラが実際に作られるとか、諸々どうなってるんだよ……」

「よくぞ聞いてくれました。というわけで」


 こちらをどうぞ、と彼女がスマホを取り出し、ぴたりと肩をくっつけてくる。

 示される画面で開かれているのは、どうやらスライドショーっぽいのだが……。


「……『三分で丸わかる偉人伝 瀧川朔日 〜その栄光の軌跡〜』?」

「むかしむかしあるところに、こじらせた若者がおりました……」


 うわっやたら良い囁き声で朗読するじゃん。ただ内容がね、新手の拷問ASMRなのね。

 ともあれ、トンチキスライドショーからおおむね四つの情報が摂取できた。


 ①暗黒高校時代をふりだしにハチャメチャな生涯を歩んだ結果、瀧川朔日、偉人となる。

 ②偉人=フリー素材となった瀧川朔日、未来世界でコンテンツ化。いろいろやらされる。

 ③とある熱烈ファン団体が、瀧川朔日の女体化キャラを現実の生命として錬成。

 ④女体化瀧川朔日、オリジナルの生涯を憂いタイムワープ。現代では都成沙弥を名乗る。


「はぁ、なるほどね……質問よろしいでしょうか?」

「答えましょう。開示規制プロテクトかかってる部分以外は」


 うぅ、前置きがもう心細すぎる。……だとしても、聞いておかねば始まらない。


まるいちについて、なんだけど。ぼく、何やらかして、どんな偉人になるわけ?」

××××××××××ピーガガガガドリュドリュン

「何その声!? どうやって口から出した機械音みたいなの!?」

「あーやっぱダメかー。申し訳ない、ぼく。これについては話すと何やかんや次元連続性がボーンでヤバい系のアレで明かせないみたいだ。まあいいだろ、どうせ変わる未来だし!」


 言ってる内容は胡散臭いのに、現象で「こいつ普通人じゃないんだな……」と強引にわからせてくるの、卑怯だと思う。


「じゃあ……まるに。……コンテンツ化していろいろやらされるって、何?」

「織田信長をイメージしてください」

「卑怯〜〜〜〜!」


 万の説明を一言に圧縮するな。理解しちゃえるんだよその例え。

 てかそれって……それってさあ……!


「滝川朔日がいちばん怖がってた、有名人の扱いってやつだよな。好き放題にイジられるイメージの受け皿で、そこに本人の意思とか二の次、っていう」

「ううううう……」


 切なすぎて情けない声が出る中……はっ、と気付く。


「……まるさん。そうして、君が作られた」

「その通り。おっと、倫理とかは置いとこうな。大昔の道徳で未来を説くのも、未来の法で過去を裁くのもナンセンス、だろ?」


 ——まあ、それは、その通り。これについては、本人が気にしてないなら、外様のぼくがとやかく言うことでもない。……と、思う。ことにする。今は。


「ちなみにボクの性格は晩年の偉人・瀧川朔日じゃなく、高校時代の瀧川朔日に近いんだけど、これは一番資料が豊富で再現性が高かったからだな」

「し、資料が豊富……?」

「関係者の発言とか。イベントでの録画とか。それにぼく自身がつけてるだろ、スマホで撮影して、映像日記。ひとりのときにこそっとさ」


 つけてるけど……って、はぁ!? え、それって!?


「つまり流出したってコト!? ぼくの日記が!?」

「ははは、何を今更。偉人の日記とか死後に流出するためにあるに決まってるだろ。文豪の皆様に敬礼せよ」

「知りたくなかったよ生前にはっ……! ぼくの発表が未来を変えてんじゃん……!」

「そうそう。この姿とか都成沙弥の性格が瀧川朔日のタイプど真ん中なのも、そこ由来な」

「は!?」

「卒業間近のタイミングでなー。高校時代もてなさすぎたあまり【こんな人に告白されたい・迫られたい・いっそ自分がこうなりたい女の子ランキング】の発表をしてる映像日記回があってなー。その第一位に堂々輝いた力説のデータをフィードバックしてデザインされたのが、何を隠そうこのボディ。メカクレ、うぉでっか、オタクを明るくリードするタイプ」

「うわあああああああああああ! 地上最悪の企画やってんじゃないよ! はい! 今未来のぼくに低評価押しました!」


 悶絶に都成さんがしれっとダウン追撃を重ねてくる。


「キャラ付けにも、高校時代の頃が一番味がするのもあったんだろうな。卒業後の二十歳前後から、その以降は……言葉を選んで言うんだけど、どんどん人間的に万人受けしづらくなっていくし、制御もムズくなっていくっていうか?」


 もはや「ひぃ」のしか出ない。最悪に重ねて最悪、ぼくは涙目となるほかなかったが、


「だからこそ、まるよんなわけ」


 彼女は優しくそう言って。

 ぼくはさっきの内容を復唱する。


「女体化瀧川朔日、オリジナルの生涯を憂いタイムワープ……」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る