第6話 同室男子は軽薄チャラ男


「ボクにもさ。一応作られた理由とかあったんだけども、うっちゃった。ぼくがあんまり不憫でほっとけなかったからなあ」

「——今更だけど、いいのかよ。その、そんなことしちゃっても。過去の改変とかって、大抵の場合、問題よろしくないだろ……?」

「おっ、オリコーなこと言うねー? そかそか、最悪の高校時代辿りたいんだな、オリジナルは?」

「い……嫌だよ! 偉人化とかも冗談じゃないし!」

「なら。ここはひとつ、自分に甘えておきなさいよ」


 強引に、肩を抱き寄せられる。その感触、柔らかいのに、頼もしい。


「こっちはとうに、覚悟なんか済ませて来てるのさ。教室でヒロクロ大音量とか、あんなもん序の口だぜ。これから起こる、ぼくを偉人化へと導く連鎖フラグ、青春崩壊カノンイベントはどれもが難所揃いだし……敵は、もしかしたらそれだけじゃない」

「は!? 敵!?」

「ああ。瀧川朔日は歴史通り偉人になってほしい連中もまた、この時代にやってきて……ルートを元に戻すべく、青春崩壊カノンイベントを引き起こそうとするかもしれない。いや、既にひっそりと潜り込んでるかもな。仮の身分を用意して、都成沙弥ボクみたいに」


 嘘だろ。

 ぼくの知らないところで、おおごとが進行してる。


「まあ、そいつらからも守ってやるさ。何しろこのボク、未来技術の粋が凝らされた最新型で最高級の人工生命体ホムンクルス……令和の世ではちょっと技術を先取りしすぎたチート存在なんでな」

「す……凄い! それってまるで、ヒロクロの“英雄”じゃん!」

「だーよーなあ!? ボクもそう思った! 色々頭が痛かったけど、これだけは興奮しちゃったもん! いや、書記官もいいけど英雄側もまた別の味わいがあるんだわ! こればっかりは実際なってみないとわからんかな!? なははははは!」

「うーわー自分にマウントって取られるんだ!? くそぅいいなぁ!」


 にわかに盛り上がるヒロクロ談義。

 同じ作品を愛する同士、この時間だけはぼくと彼女の間に差はなく、過去も未来も使命もない。ただ二人の、気が合うオタクがいるのみである。


「ま、それこそヒロクロと同じだ。書記官と英雄、立場は違えど目指すビジョンは同じなように、こっちの力も全部【瀧川朔日のため】だ。フ、精々ブルっておくんだな、ぼく……超絶助っ人に裏打ちされた、これから訪れるバラ色のアオハルによ……!」


 都成さんがキメ顔で宣言した、その時だった。

 廊下から聞き覚えのある足音が聞こえてきて、ぼくの耳が逆立ち、背筋が粟立つ。

 この歩調、間違いない、同室の……!


「や、やばい……あいつが帰ってきた! 都成さん、今はとにかく——」


 ——とにかく、どうすんの?

 外を見れば、運悪く下校の生徒が大勢通りがかっていた。窓から脱出すると、最悪の状況が目撃されてしまうかもしれない、かといって今から外に出るのも間に合わない。


 ……待ってくれよ。学年一の美女と、よりにもよって男子禁制の寮部屋で一緒にいるところが見られたりなんかした日にはスキャンダル待ったなし、せ、青春が崩壊する……!

 絶望に青ざめていると、フッ、と都成さんが鼻で笑う。


「そ、その態度! まさかあるのか、ここからどうにかなるチートが!?」

「あたぼうだぜ、ぼく。——ミラクル⭐︎ステルーーーースッ! はぁっ!」


 威勢の良い宣言と共に……都成さんは素早く、ベッドの中へ潜り込んだ。

 ……いや。え?

 いやいやいや……えぇ!?


「大丈夫! 結局こういうのがどの時代でもいっちゃん効くんだから! 信じて! 騙されたと思って! グッドラック!」


 バッドアスだよこの野郎。都成沙弥こと女体化瀧川朔日、ケツがでかすぎて布団の膨らみの主張と存在感が半端ないんだわ。ぶっちゃけデザインとしてはモロ好みで最高に好きなんだけど今だけは最悪だぜ。

『ハハーンさてはきみって未来からぼくの悶絶を特等席で拝む為に来たんだな!?』と罵声を飛ばす猶予もなく、扉は開かれてしまった。ええい、ままよ……!


「お? おー、いたの。おっつかれちゃん」

「ど、どうも」


 足取り、口調、容姿——柔く軽快。

 彼は、宮田勉みやたつとむ。陰でぼっちのぼくと対照的な、陽でカースト上位なる者だ。


 うちの高校は、交流促進を図る意図から同室の寮生を別のクラス同士で掛け合わせるが、その試みは少なくともぼくと彼の間では機能していない。趣味も気風ノリも噛み合わないぼくらは、初日の自己紹介以来挨拶以上の付き合いを行なっておらず、互いを空気のような……いや、向こうはともかく、ぼくは若干気の休まらなさを覚える生活を続けていた。

 まあ、こういう苦しさが待つのは入学する前からわかっていたことではあるし、積極的に脅かされているわけでもない。これから耐え続ければ、どうにか……。


「いや、ちょうど良かったわ。ねーえ、たーきーがーわーチャンっ」

「……え?」


 予期せぬ越境に、素っ頓狂な声が出た。

 初日以来初めてだぞ、名前を呼ばれたの。


「な……何かな、宮田さん」

「くはっ。“さん”はねーべ“さん”は。いいとこ“くん”でしょ、同級生。ほれ言ってみ、みーやーたーくん」

「……宮田、くん。どうしたの?」

「うん。あのさあ、聞いたんだけど、昼休みにちょいオモシレーことあったんだって? ほら、ウチのクラスの都成と」

「……っ、」


 はい、確かにありました。ただ、それから更に放課後何があったかは、さすがに皆様の想像を超えているものと思われますし……何なら今ここにいます、本人。いや、ていうかよく気づかれてないね!? 奇跡か!? それとも陽キャって同室の寮生のベッドに膨らみとかあっても「ウケる。まあ触れんとこ」で流せる生態だったりするの!?


「あのね。単刀直入に聞くけど」


 言い淀んでいるところに、返事を待たず宮田くんは続けてくる。


「瀧川チャンも、あの子狙ってる?」

「い。いやいや。無いよ。無い。ぼくがあんな人気者を……ん?」


 瀧川チャン、


「そなのね。でもさ、距離は近くなったよな? それ、生かさないはなくない?」

「ちょ……ちょっと、待って。宮田くん。えっと、」

「単刀直入に言うとさ。俺が都成落とすの、いー感じに援護射撃してほしいの」

「……は?」

「こう、会話の端端でさ。実は同室の宮田くんはコレコレこういうステキな人で、って仕込めるじゃん? 仲良い相手から聞いたら刷り込まれるじゃん? な? な?」


 頭が、混乱してる。

 そりゃ、都成沙弥はハイスペック女子で、ワンチャン狙ってるなんて話を小耳に挟んだのも一度や二度じゃきかない。恥ずかしながらぼくも『あんな子と一緒だったらさぞかしバラ色誰もが羨むアオハルデイズ』と考えたことも確かにある、けど……!


「…………や」

「ん? 何? 聞こえねーや、おっきな声で!」

「やめといた、ほうが、いいよ?」

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