第9話 ぼっち男子、私生活の先生と出逢う
……そうだ。聞いてる。今回の件について新聞部が接触しようとしてきてるけど、どうにかのらりくらりかわしてる、って。事が大きくなりすぎるのも困るだろ、って……。
「えっと、あはは、そうだなー……」
学校外でまで接触される、とは思っていなかったのだろう。不意打ちの突撃取材に、都成さんは明らかに困っている様子だった。
「……っ、」
ぼくは、
隠れた。
茂みの後ろに、姿を潜めて、身体を縮めた。
だって。いや、だってさ。
のこのこ出ていって。変装はしているけど、ぼくが瀧川朔日ってバレない保証もなくて。もしバレたら。休日に、今まさに渦中の人物、有名人、人気者、都成沙弥と一緒にトレーニングしてるとか知られたら。
そんなの。
どれだけ目立ってしまうのか、考えるまでも。
「……いいですよー! ちょうど、休憩中でしたから! うん、そちらの熱意にはもう、負けちゃいましたと言うことで! 今回だけトクベツ、だよ?」
はきはきとした返事が聞こえた。それは多分……今は素直に話した方が状況は早く片付くと判断したのだろう。瀧川朔日はこのままでは合流できず、助け舟には入れないって。
わかるか。
わかるよな。
お見通しかあ。
ボクもぼく、だもんな。
「ありがとうございます! では早速ですが、先日の宮田氏による、スポーツテスト関連の宣言について——」
二人はいろいろ話していたけれど、内容は、水中で聞く声みたいにうまく頭に入ってこない。なぜかと思ったら、自分で耳を塞いでいるの気づいた。馬鹿みたいな防御策。……ああ、【宮田くんが勝負を仕掛けてるもう一人】について聞かれてる。都成さんは、うまいこと誤魔化して……最後、不完全燃焼気味に去ろうとした記者を引き留めて、わざわざお土産を渡した。
口元ピースのキメ顔記事用写真+おまけの個人用肩寄せツーショットの効果は強烈で、あれ、明らかに取材開始の時より好感度上がってる。
一方で。
ぼくは逆に、うずくまったまま、立ち上がれない。
……何だろうなあ。別に、今更、なんだけどなあ。
「おーっす」
雑に呼びかけられ、横に座られた。
気の置けない態度をかましてくるそいつは、瀧川朔日の好みど真ん中な外見をしていて、本来なら一生縁がないような、可愛い顔がついている。
「悪いな、避難させちゃって。心細かったろ?」
茂みの陰なせいか、がぱっと足を広げて胡座までかいている。……ぼくが、リラックスしてる時にする仕草、そのまんまだ。
……いやもう。隠れてる場所まで察されちゃったし、本当、どんだけ——
「——本当にぼくかよ。きみ」
「あん?」
何を今更言ってんの、とでも言いたげな、怪訝な表情をされる。
「ぼくは無理だぜ。突然あんなふうにインタビューされて、きちんと受け答えするのも。自分のことを知られて、拡散されて……有名になるのを怖がらないで、いられるのとかも」
「ばっか。そりゃあれだ。寮の時でも言ったろ? こっちのぼくには、瀧川朔日本人のパーソナリティの他に、
「うらやましい」
「……あ?」
「瀧川朔日のはずなのに。どうしてぼくも、きみみたいに、ちゃんとできないんだろう」
……はっ、と気づいても、もう遅い。
こちらが失言に震えていると、彼女はがしがしと、ばつが悪そうに頭を掻いた。
「そりゃそうだ。自信満々に振る舞ってる自分自身を見せつけられるなんざ、気味悪いを通り越して目障りか。ごめん、デリカシーが足りなかった」
都成さんが、芝生に転がっていたペットボトルを一本持って立ち上がる。
気にするな、という意味だろうウィンクをして、こちらの頭を、ぽん、と優しく叩いた。
「先行ってる。落ち着いたら来てくれよ、待ってるからさ」
背中を呼び止めることも、追いついて手を掴むこともできなかった。
……だって。そんなことすれば、いかにも目立つに、決まっているから。
「はは……この後に及んで、我が身可愛さかよ」
四月の陽に炙られ、眩しすぎる光に目が眩む。
一方、胸で疼く、暗い暗い劣等感と自己嫌悪。
可能性を自分で潰してるなんて自覚してて、誰からも目をつけられないメリットを誰にも強制されず選んだのに、『そっちを選んでない自分』が立派にやってるのを見て拗ねるのか。
「炎上ものの大バカだろ、それ……」
抑えきれない深い溜息を吐く。
そこへ、
「大丈夫ですか、瀧川くん?」
ありえない呼び声を聞いて、反射的に顔を上げた。
そこにいたのは、いかにも人の良さそうな、童顔の、垢抜けないのがむしろ似合っていて逆に好かれそうなジャージ姿の女性で、そして……
「……嬉野、先生?」
そしてぼくの担任で、またしても、言ってから後悔した。
ばか、正体を隠してたのに、あっさりと認めるなよ。
「はい、私ですよ。もしかして気分でも悪いのかと思って、お声を掛けさせていただきました。休日の学校外で、その、服装も変えていらっしゃるようなので、少し悩んだのですが……あなたの無事には変えられませんので」
「……っ」
焦りが羞恥へ裏返る。最低が今更新された。この人はこっちを心配してくれたっていうのに、ぼくは感謝より先に、目立つだの目立たないだのしか考えていなかった。
……どうでもいいと思われていると、思っていた。
……教室でも、覚えられないようにばかりしていた、ひねくれ生徒を——この人はちゃんと覚えてくれて、見つけてまで、くれたというのに。
「……大丈夫、です。熱中症とかじゃなくて……少し休憩してただけです、から」
「取り越し苦労でしたか。それは何より」
「——あのっ」
「はい?」
勇気を。少しだけ、振り絞る。
目立つとか目立たないとか、関係無しに。そうじゃなしに。
後悔していることがあるなら、未来で思い出してもいいように、今動け。
「あ。…………ありがと、ぅ、ございます、した。気遣って、話しかけて、くれて……ぼくのこと、気づいて、くれて」
目は見られなかった。
けれど、ちゃんと、伝えた。
すると、今までぼくには、どことなく距離を置き、壁を作っていると思った先生は……ほころんで、くれた。
「気づきますよ。気づくに決まっているじゃないですか。……だって」
『だって、あなたも私の生徒ですから——』と。
そう続けると思っていた。そうなるだろうって文脈だった。
……けど。
だって、のあと。
なにか、ちょっとおかしな間が空いて。
それから嬉野先生は、おもむろに————
————ジャージの前を。
勢いよく、
「だって私、ゴールド会員ですから」
先生は、ジャージの下にシャツを着ていた。
シャツには文字が描かれていた。力強く荒々しく愛と勢いに満ち溢れた筆致で、えっと、
【 瀧川朔日
めちゃすこ
倶楽部 】
「…………う、ん?」
「あの毒婦のせいでここまで弱ったお姿を見ては、直接お慰めをする他ありません。身分を明かすこのような真似、抜け駆けは会則で厳禁ですけど、やむにやまれぬ救助の役得ということで。ちょうど準備も済みこちらも動くところだったので、間が良かったとも言えます」
頭が状況に追いつかないはずなのに、理性より先に直観が察している。
この置いてけぼり感には、覚えがあると。
答えはもう、知っているはずだと。
『瀧川朔日は歴史通り偉人になってほしい連中もまた、この時代にやってきて……ルートを元に戻すべく、青春崩壊カノンイベントを引き起こそうとするかもしれない。いや、既にひっそりと潜り込んでるかもな。仮の身分を用意して、
「嬉野、先生……あなたは」
「そうですね。今は教室ではなく、
ジャージの前と、そして、本性を開けっぴろげに。
彼女はメガネをクイ、と直しながら、語った。
「私、偉人・瀧川朔日の最大手愛好会……【瀧川朔日めちゃすこ倶楽部】の誉れも高きゴールド会員、
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