第8話 ぼっち男子と陽ギャル、目立ちに慣れるトレーニングをする


 【♂♂♂】


 ——宮田勉、都成沙弥への告白を賭けて決戦す。

 

 本人の口からもたらされた報は、明日ヶ丘高校を激震させた。


 理由は二つ。都成沙弥のアイドル性は言うに及ばず、宮田勉もまた、ハイスペイケメンであったこと。

 そんな彼もまた都成沙弥を狙っていた事実、何より、白黒つける決戦に及ばなければならないほどの対抗馬が存在した——話題性抜群の話は全校から注目を集める。


 その一因を担ったのが、二つ目の理由。

 宮田勉は、その相手が誰か、を明かさなかったのだ。


『いやいや、間違いねーのよ。オレの見立てじゃそいつは間違いなく、今、都成チャンをオトすのに最も近い場所にいる強敵だ。とするとさ、超えんことには告白も何もナイ! へへ、まあ楽しみにしといて! そいつの正体は……決戦当日! スポーツテストの日に明らかとなるであろうっ! ……ハイ新聞部、キメ顔撮んならシャッターチャンスよ?』


 緊急インタビューでの発言は、更なる注目に火をつけた。

 校内は大盛り上がり。スポーツテストはお祭り騒ぎ。宮田勉参戦の前に滑り込みせんと都成沙弥へ告白する男子、玉砕重ねて星の数。


 明日ヶ丘高校に一足早く訪れた真夏が如き浮かれの熱気。

 そして。

 その隠れ当事者である、瀧川朔日ぼくはといえば——



「——瀧川朔日? はて、どなたですか? ……って感じだなあ」


 大鏡に映る自分への感想は、今日もまた変わらない。

 時は休日、所は校外・市立明日ヶ丘運動公園のロッカールーム。

 現在ぼくは、体格と髪型をフード付きパーカーで誤魔化し、普段は一切着ない明るい色の運動着を着て、色付きスポーツグラスとマスクで顔を隠している。


 変装を終えてロッカールームを出ると、ロビーには既に彼女がいた。

 運動のための着替えという点では同じだが、方向性は真逆と言える。

 ぼくは装い、あちらは脱いだ。纏っているのは、効率と快適を追求する高品質スポーツウェアのみ。学校指定ジャージとの最大の違いはやはりビジュアル、肌面積とフィット感にある。剥き出しの長い腕、太い足……脈動する肉体美の強調は、チラ見誘発の対象に男女を問わない。


「……すごいな……」「すっご……」「すごいよ……」「すごすぎ……」


 語彙も消滅した者たちの呟きが漏れ聞こえてくる。

 それほどの声を受ける相手にぼくが比較的スンとしていられるのは、まあ……やっぱりあれが、自分だから、なんだろうなあ。正体判明以来「そういう目」で彼女を見られなくなって久しい。


 ……と周囲の様子含めて観察していたぼくに、向こうも気付いた。凛としていた顔はゆるく微笑み、軽く小さく手をひらひら……って、ちょっと。その口パクやめなさい。察しがいい人なら「ダーリン」って喋ってるのわかるから。


「待ったよー。行こ行こっ」

「——ん」


 共に向かうは運動公園のジョギングコース。なのだが、屋外に出る短い間にも、視線が集まってくる。かすかに耳に届いた声は「誰だよあのパーカー」「何者?」「あんな美人と一緒かあ」「羨ましい」「いや全然釣り合ってなくね?」などなどで、それらを掻き消すように、耳打ちされる。


「何言われても、別に“瀧川朔日”に向けてじゃないぜ、ぼく」

「……わかってるよ。でも、念押し、ありがとう。都成さん」


 運動公園での活動も、今日でもう十日目になる。

 宮田くんから宣戦布告を受けたあの日……都成さんに提案された特訓が、運動公園でのトレーニングだった。


 ただの運動ではない。重要なのは、他の利用者が大勢いる校外での活動なことと……彼女を伴うことにある。

 とびきり美人で、人目を引く、都成沙弥といっしょに……だ。


『肉体面はそこまで危惧してないんだよな。運動部でこそなかったけど、中二まではそこそこ鍛えてたもんな、ぼく。人助け企画でパトロールとか、町中回ってゴミ拾い活動なんかで普通に身体使いまくってたし。なまってる分を取り戻しつつ……課題は、精神面だ』


 さすが本人、お見通しで。

 そう。一番どうにかしないとならなかったのは、スポーツテストが衆人環視で行われる点だ。しかも、宮田くんのお触れのせいで、当日は注目倍乗っけ間違いなしのアウェー確定。

 最優先課題は“注目への慣れ”で、“人目を自覚しつつ、パフォーマンスを発揮する”こと。


『そーこーでー! あたしの出番ってわけですな!』

  

 この難問に対し、都成さんはこう提案してくれた。


『瀧川くんのトレーニング、あたしが付き添いましょう! トレーナー兼・一緒に運動する相手としてね! さすればどうでしょう、あたしはこのガワが激カワなので当然注目されて、一緒にいる瀧川くんもその余波で見られます! それで、見られる感覚に慣れていこう! この際は勿論、傍目には瀧川くんってわからない変装してるとグッドだね!』


 かくして、現状に至る。

 都成さんと連れ添ってのトレーニング、最初はひいひい言っていたが、身体の錆を落とせてきた気がする。


 目立つことと動くこと。その二つはかなり近い。【有名人断固ならない】の目的を掲げてからは、意識的に野外での活動も避けてきたけど……動くこと自体は、やっぱり気持ちがいい。


 土曜日、休日、午前の晴天。春迎え、運動公園ジョギングコースの緑も豊か。

 あがる息が心地良い。人とすれ違うたび、都成さんのおまけで目を向けられるけれど、それが気になる前に走り抜けていく。


 ……大丈夫。

 ちょっとばかり目立っても、目立ちすぎでなければ、忘れてもらえるさ。


「よし。そろそろ休憩しようぜ、ぼく」


 都成さんペースメーカーの速度が緩やかに落ち、ジョギングコース併設の木製ベンチ前で二人止まる。


「これだけでヘトヘトになっちゃしょうがないからな。午後は中に入って器具も使おう」

「……あ。なら、ぼく、飲み物買ってくる」

「お、頼んでいい? ……気が利くのって素敵だよ、瀧川くん! 好感度爆増じゃん!」

「そのさあ、時々都成さんになるやつ、むずむずするなあ!」


 コミュニケーションのアクセントというか、遊ばれてるというか。……まあ、別に嫌ってわけじゃないんだけどさ。デレて調子が狂うわけでもないし、お戯れだ。


 最寄りの自販機でスポーツドリンクを二本買って、戻ってくる。

 ……と。


「ですから、お時間は取らせませんので! ほんの二つだけですから、都成沙弥さん!」


 緊張と驚きで、ペットボトルを落としかけた。

 ベンチに座っていた都成さんが、話しかけられている——相手は明日ヶ丘高校の制服を着た女子で、こんなことを書かれた腕章を着けている。


『明日ヶ丘高校 万象網羅新聞』。

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