第15話(完) ボクとぼくのクロニクル


  【♀♀♀】


 改めて、自分の姿を見た。

 シャワールームの鏡には、水もしたたるいい女が映っている。


 国宝級の生体造形技師ホムンクルスデザイナーが腕を振るった、魅力まみれのフォルム。この肌は見た目以上に触れた感触で虜にさせるきめ細やかさを隅々まで持ち、諸々豊満な肉体美を艶めく髪が引き立たせ、ぱっちりと大きな瞳は相手に「見られていること」を殊更に自覚させて、すなわちあらゆる要素をもって万人の胸を打つ。


「うーむ。やっぱかわいいが過ぎるな、こいつ」


【大勢から愛され、人気になるために生み出された存在】。


 それがこのボク……世界的偉人・瀧川朔日の三次元女体化偶像キャラ、都成沙弥。

 なのだけど。その魅了対象には、例外がある。


 たとえば、既に別のものに心底陶酔してるヒト。瀧川朔日めちゃすこ倶楽部の連中とかは本物のほうへ入れ込んでいるし、むしろ本物以外解釈違いと鋼の精神でNoを突きつけるだろう。


 そして、ボク自身。

【瀧川朔日生前の渇望から生み出された、彼の好みど真ん中の女性】が史実の本物再現より重要視されたのが製造骨子コンセプトではあるものの、悲しいかな。そういうのは、他人であればこそだ。


 ボクは瀧川朔日の思考を持つのと同時に【瀧川朔日が思い描いた理想の女子】としての精神も備えるため、「かわいいな」という判断はできても、自分で自分を『このつら、史上最強。生涯推せる』とはならないのである。難しいね。


「いや、ほんと。難しいよねっ⭐︎」


 鏡の前で決めポーズ。キレもスタイルもパーフェクトなモーション。この魅力を、余分な要因にフィルターかけられて味わいきれないとか、切なすぎでしょ。


 私服へ着替えを済ませて外に出る。

 入り口までの間に、何人かとすれ違い、もれなく足を止められた。好意を抱かれるのは女体化偶像としてのマスト能力の一つであり、特殊なフェロモンの分泌がそれを促しているのだ。


 まあつまり、何をしたって注目されるし、愛される……ある意味では、本物の瀧川朔日とは正反対で、こともすれば、踏みにじるような存在が、ボクなわけで。


「一丁前に、悩んだんだけどなあ。色々と」


 史実本人ほんものと、あんまりにもかけ離れた、捏造妄想にせもの

 在り方に迷った挙句、こんな時代まで来てみたり。自殺志願めいた真似をやらかしたり。

 その甲斐はあったのか。それで何かが得られたのか、というと——


「……あ、」


 ロビーの壁際から、控えめに、こちらへ手を振ってくる姿がある。

 小柄で、片方の目が隠れる髪型をした彼は、周囲を警戒しているような、でもちょっとだけ開き直っているような態度で……出逢った時より、少し変わった。


 それが、ボクのやれたこと。

 瀧川朔日が持っていて、けれど怖くてやめてしまった……本来の人となりへの、ひとメモリぶんくらいの、巻き戻し。


「……お待たせ。ちゃんと洗ったかー? どれ、チェックチェック」


 駆け寄って近づき、つむじへ鼻を寄せてやると、うっとうしそうに「おい寄せよ」と押し返される。


「つれないなー。あ、ほら。こっちもチェックする? 汗くさくないかな? 念入りに洗ったんだけどなー」

「やんない。言っとくけどさ、そっちからでもセクハラだぞ。未来じゃどうだか知んないけど、少なくとも令和ではそう。ちゃんと合わせろ」

「えー? そっちもぼくでこっちもボクなのにー?」

「あったりまえ。親しき自分にも礼儀ありだ」

「はいはい。……んじゃ行こっか、滝川くん!」


 外に出ると、春の夕方の空気と心地良い風が、シャワーを浴びて火照った身体を冷ましてくれた。


 ……けど。

 身体の奥の奥の奥、心の熱気がちっとも冷えない。


 あの配信を見た時から。必死に帰ってきた彼を見た時から。一人でシャワーを浴びながら、今自分がどうなっているのか、この状態が何なのかは、いちおう、自己診断できた。


 きっかけは、間違いなくあれだ。

 サっくん配信の最後の、あの台詞。

 

『おっと、これだけ言っとくわ! 私信みたいなもので、何のこっちゃ? って思うかもしれないけど、少し我慢して聞いてくれ!』


 彼は真っ直ぐに。

 その向こうにいる相手を見つめるように、カメラを見つめて、言った。


『お前が助けてくれたから、今の、こうしてるオレがある! だから……この先に、お前がいなくていいわけがない! 忘れんなよ、オレはお前が必要で、大好きだ! これから何があったって、オレが最高の青春を送る時、お前も隣にいるんだからな! 一緒に幸せになろうぜ! 以上ッ! サっくんの言わずに死ねないチャンネルでしたっ! また次回っ!』

 

 やあ、まったく。なんてアドリブで勢い任せな、のちのち未来で発掘された時、意味不明で首を捻られるような言い逃げだろうか。


 格好良くないったらないぜ。

 ……なのに。そんなものに。


 ボクは。

 あたしは。

 あろうことか、この“ぼく”に……。


「……あ、」


 ふいに、隣から、手を握られる。

 なるたけ不自然ではないように視線を向けると、そこで彼が、嬉しそうにはにかむ。


「友達と飯、食いにいくの。やっぱ、いいもんだね。……ありがとう、都成さん」


 彼は、知るまい。

 何気なく返した「そりゃよかった。それだけで、未来から来た甲斐あったかも」という台詞の前に、こっちがどういう言葉を飲み込んだのか、なんて。


「これからも、よろしく。君がいてくれたら、こんなぼくでも、どうにかなれそうだ」


 はい。

 こちらはですね、今まさに、現在進行形で、どうにかなりそうです。


 ……さて。

 万人を魅了するべく職人の方々が腕を振るった造形なる当方ですけれども、その対象には例外がございます。


 先の二つに加え、三つ目が、彼……本物、本人、滝川朔日十五歳。

 最初こそ違ったものの、こちらの目的と中身を知った後となっては、ぼくにとってボクはもう「男友達」とか「相方」とかのポジションで、要するに、その、そういう対象には成り得ない外側の例外で選考外の別枠で。


「……こちらこそ、ふつつかものですが、どうぞ、よろしくお願いします……」


 本当、何がどうしてこうなった。

 心中頭を抱えつつ、決意をこっそり一つ固める。


 よし。しあわせになろうっていったのはそっちなのだから、責任はとってもらいます。走らせてもらおうじゃないの、きみの知らないサブクエストを。


 別にいいよね。

 ほら、だってさ。


 これは。

 瀧川朔日ぼく都成沙弥ボクが、希望の年代記さいこうのせいしゅんを綴る物語なんだから。


(了)

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【全15話で本日完結】お前は将来偉人になって女体化される。そして生み出されたのがボクとなります。【短編】 殻半ひよこ @Racca

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