第四話 喧嘩ボッパツ!?
ついに、第一次選考の結果発表!
私達のもとに合否書類が届いた。
書類をはさみで開ける。
紫色の封筒が私の心に不安を感じさせた。
…もしかして…不合格…?
そんな気分になる。
今日はアヤちゃんと水井先輩も静かだ。
そのせいで余計緊張してしまう。
「開けます」
――ペラッ
矢部部長さんが紙を開けた。
私は手を重ね合わせる。
ドクンッ。
心臓の音。
「っ……!」
矢部部長さんが息を飲む。
結果は……?
私は結果が待てず、紙をのぞき込んだ。
『おめでとうございます。厳選なる審査の結果、合格となりました』
「うっしゃーー!」
「やった~~~!」
水井先輩さんとアヤちゃんが拍手喝采!
「よっし!」
それに加えて鈴木さんのガッツポーズ。
「本当……?」
涙ぐむ矢部部長さん。
現実……?
私も「本当?」と言いそうになる。
第一次選考合格……!?
「っ…………」
矢部部長さんが泣いている。
きっちりとめている前髪がクシャッと崩れた。
私ももらい泣きしそうになってくる。
私はあわててハンカチを取り出した。
ハンカチで涙をぬぐいとった。
「よかったね~」
「次はプレゼン(プレゼンテーション)だぜっ!カズキング!」
「その呼び方やめてください……」
「そうねっ!」
矢部部長さんの大きな声に肩が震える。
眼鏡のレンズに落ちた涙をティッシュでふきながら言った。
「第二次選考―プレゼンの話をするわ」
書類を見ながら矢部部長さんは話し続ける。
いかにも真剣な目線で、息が詰まった。
「日時は八月四日、午後四時から。ちょうど夏休みが始まって一週間ね。応募は六十校ぐらいあって、現在で五十校。そこからさらに絞られるみたいね。プレゼンで半数以上が落とされるわ。頑張りましょう!」
「オッケー、まるまる」
「分かりました~」
「了解です」
「去年は第二次選考で落ちよ~」
水井先輩さん部屋の空気がいっきに凍り付く。
「ご、ごめんね!悠斗、雰囲気をくずそうとしたわけじゃないの。ただ、今回は金賞を取りたいって話よ」
「俺すごい悔しかった!!だから、今回は絶対金賞とりたい……!いや、とる!」
「プレゼン、ぜひ一年生もきてくれない?」
「もちろん行きます!」
鈴木さんがガバリと音をたて、立ち上がる。
鈴木さんの目はヤルキで燃えていた。
本気で金賞を取りたい。
私もその気持ちで同じだ。
……でも…。
「アヤも……!」
アヤちゃんがニカッと笑った。
その姿に、私の心が揺れる。
私はホワイトフライの後継ぎ。
それは分かっている。
お父様が……。
「ありがとう!良かった……。………白鳥さんは……?」
矢部部長さんの瞳がこちらを向く。
やっぱり……。
「定員は十五人だから、心配しないで。……どう?いけそう?」
真剣なまなざしに、一瞬思考が止まった。
「円菜?」
「マドッチ?」
「……白鳥……?」
息が鉛みたいに重たい。
夏休みにお出かけ。
学校以外で友達と会うのをお父様は嫌っている。
許可をとらないといけない。
「…………無理…………かも……。お父様………じゃなくて…………お父さんに許可をとらなきゃ……」
「そっか~」
気の抜けたように皆が肩を落とす。
その姿が
行きたい……。
胸がしめつけられる。
「でも、まだ可能性アリ、蟻~!蟻がお菓子を運ぶ~!でしょ?」
「?……一応……」
「なら、よろしくお願い……できないかしら?」
水井先輩さんの
矢部部長が手を合わせた。
それに加えて、鈴木さんがにらんできた。
鈴木さんの【絶対許可とってこい】という圧に負けて、私は弱々しく「はい」と答えた。
〇◇◯◇
執事の明日香さんにお願いして、お父様と話すことになった。
いつもは通らない階段や廊下。
コツコツと私のヒールの音だけが、むなしく響く。
不意に昨日の言葉が頭に浮かび上がった。
――「もちろん行きます!」
――「アヤも……!」
心が揺さぶられる。
鈴木さんの積極的な声。
アヤちゃんの笑顔。
五人でつかみ取った、第二次選考。
それなのに、私は行けないの……?
「イヤ……」
思わず心の声が漏れ出た。
なんとかしてでも、お父様に許可を取らなきゃ。
重々しい扉が目に入る。
――コンコン
「円菜ですわ」
――「ああ入れ」
低くてトゲトゲしい声が帰ってきた。
お父様の声だ。
扉を開けると、まるで閻魔大王様のようなお父様が特注品の椅子に座っていた。
「久しぶりだな、円菜」
「ええ。
小学生の頃に見たお父様の顔に数本のしわが入っている。
三年間も会っていなかったんだと実感した。
「腰かけたまえ」
うながされ、私は椅子に座る。
「話とはなんだ」
闘いのベルが鳴った。
ここからが、正念場……!
「八月四日の四時から用事があってお出かけしたいのですが……いいでしょうか?」
「用事とは?」
「……わたくしの所属するファッション部のコンテストに……」
「どこに?」
「MLOホールです」
「駄目だ」
空気がピキンと張り詰めた。
場所を聞いてきたから、少し期待してしまっていた。
「いいぞ」と言ってくれることを。
「………………」
何も言えない。
言い返したい。
でも、私は顔を青色に染めてうつむくことしか出来なかった。
「っは・・・!学校の友達とランランランラン遊ぶんだろう?駄目に決まっている。小学生の頃にも同じことあったぞ!?こんな暇があれば、勉強をしろ」
遊ぶんじゃない、コンテスト。
そう言いたい。
「出ていけ」
いつものセリフが飛んでくる。
私の今の状態は、矢をはじく盾をもっていない状態。
言い返そう、なんて思ってお父様に会ったけど、現実は甘くなかった。
私はお父様に背を向けた。
唇が震える。
私の顔には、一筋の線が入っていた。
〇◇◯◇
月曜日、部活の日。
憂鬱な気分で部室へ歩く。
「円菜、遅れるよ~!」
いつもは嬉しいアヤちゃんの声も、今日は逆に悲しい。
「速く、速く~」
アヤちゃんに手を引かれて、部室へ足を踏み入れた。
「アーヤ、マドッチ!」
「二人とも、座って」
いつも通り笑う先輩達。
プレゼンに行けないことを伝えたら、失望する?
それとも、私のこと興味がない?
どうしてもマイナス思考になってしまう。
「鈴木さんは来てるわ」
ついに、言わなければならない。
心が、象が住んだように重い。
二回言ったところで、頑固なお父様は余計に怒るだろう。
辛い、こんな結果。
「……プレゼン行ける………?」
「……行けません……」
霧のようにうっすらとした声が出る。
「しゃーない!行けへんのやったら。俺達の後方支援係になってーな。確か、円の下のきな粉餅やったっけ?」
「円の下の力持ち!でも、悠斗の言う通りよ。落ち込まないで!」
「アヤが円菜の分まで、頑張る!」
涙が込み上げてくる。
なんでいけないのかな。
私が言い返していたら、行けたの?
誰か、教えてほしい。
「…………なんで」
「「「?」」」
鈴木さんがポツリと喋る。
「なんで、行けないんだ!?白鳥、金賞取る気ある?社長令嬢とか、いばってんの?なんで、行けないんだ!?」
「ちょっと……!」
矢部部長さんが戸惑う。
私が責められたからだ。
鈴木さんの血走った目。
それを見るのが怖くなり、私は自分の足元を見る。
「やめ、やめ!喧嘩ナッシング!シング、寝具!枕、布団、毛布~」
「そうよ。家の事情よ。誰にでも、事情はあるわ」
先輩が私の肩に手を置く。
「クッ!」
鈴木さんが目を吊り上げた。
「こっちも家の事情で、言ってる!そもそも、ファッション部なんて入りたくなかったんだ!」
この現実から逃げたくなる。
「マドッチなんか言ったら?」
確かに、私鈴木さんに何も言っていない。
……なんて言えばいいんだろう?
”ごめんなさい”と言っても、行けるようになるわけではない。
けどせめて、謝っておかなくちゃ。
「申し訳ございません……」
宝石のかけらみたいな
暗い気持ち、不穏な空気のまま、プレゼンの練習をした。
そして、その日は終わったんだ。
〇◇◯◇
二日後の下校時間。
私は教室から出て、下駄箱へ向かう。
アヤちゃんは今日、風邪でお休みなんだ。
「円菜!」としゃべりかけてくるアヤちゃんがなんだか恋しくなる。
トボトボと階段を下りていると、
「白鳥さん!」
と声をかけられた。
「うわああ!」
危うく階段を踏み外しそうになる。
「ごめん、ごめん」
声をかけてくれたのは、矢部部長だった。
部活以外で合うのは初めてかも。
「下駄箱まで一緒に行かない?」
「はい……!」
アヤちゃん以外と歩きながらしゃべったことはない。
「アヤちゃんは?いつも『円菜~!』って言って、べったりなのに。今日はお休み?」
べったり……?
顔が太陽の光が当たったように赤くなる。
「休みです……!」
矢部部長さん、大人っぽい優しい先輩だと思ってた。
でも、からかうのが好き!?
「ふふふ……。それなら、元気出すように怪談話をしてあげようか?五十年前、一人の少女が」
「やめてください!!」
「ごめんね。そうだ、白鳥さんって呼んでるけど、円菜ちゃんと呼んでいい?」
「え?」
「嫌なら円菜さんでもいいんだ。……って図々しいよね……」
私の表情を見て、しょぼんとする矢部部長さん。
「全然大丈夫です!嬉しいです!円菜って呼んでください」
「それなら、円菜って呼ぶわ」
勢いで言ってしまった……。
でも、『仲が良い先輩後輩』に近づけた気がして、心がほっと温かくなる。
私は相手を下の名前で呼ぶは一苦労だけど、私が呼ばれるのは別にかまわない。
と思ったのもつかの間。
「円菜、私のこと心春って呼んでよ」
え、ええ!?そんな……。
でも、アヤちゃんと呼ぶのに、そんな時間かからなかったし、きっと大丈夫!……のはずだよね……。
矢部部長さんは三年生。
「部長」と呼んだほうが良いのかな?
「心春部長さん……?」
「あら、さんも、部長もつけなくてもいいのよ」
「一応先輩なので、心春先輩と呼んでもいいですか?」
「もちろん」
笑顔の花が私の周りに咲く。
「ああっ。鈴木さんだ」
矢……心春先輩の指す方向に首をひねった。
下駄箱も前で紙を見ている。
「ック……!」
鈴木さんの歯を食いしばる音がした。
何が書かれているんだろう。
気になってしょうがない。
まさか、いじめの手紙……?
冷や汗が垂れた。
もしも、凪咲さんのファンからだったら……。
心春先輩が傷ついてしまうかも。
心春先輩が鈴木さんに近づく。
それに続いて私も恐る恐る近づく。
抜き足、差し足、忍び足。
手紙には赤色のペンで、なにやら書いてある。
『あんなメンバーのファッション部で金賞とれるわけがない』
急いで書いたような、殴り書きだ。
『去年も二次選考止まりだった』
「えっ……!」
『あんなメンバー』と書いていることからして、きっと凪咲さんのファン。
そのせいで鈴木さんが私達に気づいてしまった。
「何を見ている…!」
「ごめんなさい…」
勝手に自分宛の手紙を見られたら、怒るのは当然だ。
「これ…私のせいだ……」
心春先輩がまぶたを下ろす。
心春先輩、凪咲さんファンからの手紙だと分かったのかもしれない。
「ごめんなさい…。この字は、私に恨みを持っている人だわ…」
心春先輩が即座に謝る。
感づかれた!?
「……この手紙、いつから届いてる?」
「え……。六月ぐらいからです」
「円菜もこの手紙もらった?」
「……………いいえ」
こんな時に「はい」なんて答えたら、心春先輩がかわいそうすぎる。
「嘘でしょう。円花の靴箱にも入ってるわ。きっと、前からあるでしょう」
そう言って心春先輩は私の靴箱を指した。
私の靴箱にも、確かに手紙が入っている。
「ごめんなさい。私の彼氏は皆に好かれてる谷凪咲なんだ。彼女って嫉妬されて……円菜、体験入部の時、悠斗が言ってたこと覚えてる?」
――「ブチョーの彼氏は学校の王子様、谷凪咲で、嫉妬されてるんだよね~」
「いじめを中学一年生から受けてる。凪咲の彼女と言う存在をなんとしてでもなくしたかったのよね……。でも、簡単には彼女をいなくならせるなんて無理だから、不登校にさせるのが狙いだったんだと思う。ファッション部は潰れる寸前なの。最低部活成立人数は五人。一人でも不登校にさせれば、部活は崩れる……」
心春先輩がいじめられていたなんて・・・・・・。
分かっていたことではあるけど、直接聞くとなると話の重さが違う。
「二人ともごめんなさい。そして、アヤちゃんにも謝らないとね……」
心春先輩は悪くない。
謝る必要がない。
心が締め付けられる。
「僕……」
鈴木さんが何か言いたそうにする。
何?
「僕の母さんが、デザイナーで、ファッション部に入らされた……。『デザイナーの子供として金賞は絶対よ』ってプレッシャーかけられて、どうしても金賞はとらないと駄目なんだ。でも、白鳥が第二次選考行かないとか言いだして、金賞こんなメンバーで取れるわけないと考えた。・・・・・・怒って……すまなかった……」
ファッション部に入りたくなかった……。
入ったせいで、いじめられて……。
嫌になるのは当然だ。
しかも、私が生半可なことをした。
「ごめんなさい……」
「私もごめん。いじめなんて言い訳無いよ。部長として、対処してくね……」
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