第二話 久しぶりの声かけ

 ひいらぎ中学校は、大人数で、一学年二百人もいるんだ。いわゆる、マンモス校。

 友達ができるか、そして嫌われないかという不安が荒波あらなみのように押し寄せてくる。と、そんなことを考えている間にもうクラスの真ん前だ。

 どくんっと心臓がはねあがる。もう小学生の時みたいな学校生活はしたくない。

 「どうした~?」

 「うわぁぁぁ!」

 振り返るとツインテールの小柄な少女が立っていた。雪色のシュシュがまるで羊さんみたい。見るからに優しい性格だ。

 「ドアの前で立ち止まっているから、どうした~って声をかけたけど、そんなに驚いちゃった?ごめんね」

 ごめんなさい、考え事してました。

 「中学校で緊張していて、ごめんなさい」

 「ならいいや。さっ、入ろ~!」

 少女は私の手をにぎり、勢いよく扉を開け放つ。

――ズバーンッ

 そして、ずかずかと教室に入った。私は手を引かれ、遅れて教室に入った。

 「あ、あの子!」「うわさできいたことあるよ」「ホワイトフライの社長令嬢の」「話しかけてみない?」「ええっ、いいかなー?」

変な目で見られてる?まさか、また、「社長令嬢」という言葉に悩まされる日々が始まる?

小学校の頃、最初は社長令嬢に興味があった人も、あまりの違いにだんだん悪口を言い始めた。……記憶の蓋が開きそうになり、私は急いで蓋を閉めた。

 「アヤは、佐野綾さのあやっていうんだ。よろしくね~!」

 「しししし白鳥円菜です……」

 「へー、円菜ちゃんっていうんだ~。可愛い名前だね!名前の通りマドンナだね~。今もすっごく視線集まってる~」

 名前の効果じゃないと思う……と言いたかったけれど、先生が入って来てしまった。

 「えー、席に座って下さい」


〇◇◯◇ 


 入学式が終わり、下校時間。

 「マドンナ円菜!いっしょに帰ろっ」

 呼び捨てをされ、戸惑う私。四、五年ぶりに名前で呼ばれ、胸がざわめく。

 「ええええっと……。佐野さん……?あの…」

 「もしかしてマドンナは、嫌だった~?ごめんっ」

 こんな時、私はどう答えたら正解なんだろう…。

 『一緒に帰りたいけど、校門に迎えの車が来ているので、ごめんなさい』……とかかな?

 「佐野で名前あってるけど、『さん』づけ、名字呼びやめて~。アヤはずっとアヤちゃんっていわれてたから。たまにあーちゃんともいわれるけど」

 うっっ。 ちゃんづけでよぶなんてハードルは高い、数字でいうなら五メートル。あだ名なんて、十メートル!

 「円菜これからよろしくね~!」

 「はいっ」

 佐野さん…じゃなくて…アヤさんはしっかりと頷く。目を見て話してくれる人なんて、何年ぶりかな。道路のほうに目をやると、いかにもお金持ちそうな迎えの車が止まっていた。

 「ここでお別れです」

 「え~。アヤはこっち方面だけど、円菜は?」

 アヤさんが校門から出て、右側を指す。

 「この車に乗って帰るので…」

 「いいな~お迎え。学校お迎えオッケーなの?」

 「特別な許可をいただいていて…」

 「へ~。円菜って、お嬢様?」

 『お嬢様』と言う言葉に硬直する。キリッと心が痛んで来て、私は顔を歪めてしまった。

 私は……中学生になっても『お嬢様』と言われ続けなきゃいけないの?

 「噂で聞いたことあるけど、ほんとなんだ!すごいっ!すっごく大きい家に住んでるんでしょ~?いいな~」

 初日なのにもう噂になっているなんて…。私が「威張ってる」って伝えられてるかも…?

 その後、アヤさんは笑いかけてくれていたけど、私は不安で固まったままだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る