第七話 お父様には、逆らえない!?

 あれから一週間。

 世界から色が抜けた。

 モノクロの写真に入っている気分になる。

 今日は日曜日。

 CMのモデルさんと対面する予定なんだ。

 お父様と一緒に。

 鏡を見つめる。

 目の下にはくまができている。

 髪の毛のツヤも落ちている。

 お父様に「次期社長がそんな姿で、けしからん!」と言われるだろう。

 学校のことをふんわりと思いだす。

 無口なアヤちゃん。

 髪の毛がぼさぼさな水井先輩。

 制服にしわがついている心春先輩。

 眼鏡のレンズが曇っている鈴木さん。

 考えるだけで、心が痛んだ。

 四人とも、せいきがない。

 今まで分かっていなかった。

 ファッション部が私の心の支えになっていたと言うことが。

 家のこと、友達関係かこのことも、ファッション部の皆といたら、喋っていたら、忘れられていた。

 過去のことも、アヤちゃんに言ってもいいかなと思っていた。

 ……”親友”になった気持ちだった。


 「円菜様……大丈夫ですか?」

 「ええ、大丈夫ですわ。ありがとう、明日香さん。もうお父様が待っているのかしら?」

 「……はい」


 にこりと笑うと、明日香さんは声を小さくした。

 てくてくと私は応接室へ向かう。

 お父様が腰に手を置き、立っている。

 しっかりとしたスーツだ。


 「円菜、おそい」

 「……申し訳ございません」

 「後継ぎはしっかりしろ」


 私はお父様に注意され、心が乱れる。


――ギギギッ

 「来客だ」


 扉が開き、入って来た人は……。


 「江見美紀さんだ」


 私の目が二倍ほどに大きくなる。

 審査員さんだよね……?

 『YOU NO』の社長さんなんだよね……?

 現実なのか、分からなくなって来た。

 今日は”CMのモデルさんと対面”だと言うことは……。

 江見審査員さんがモデルさん……?


 「こんにちは」

 「こんにちは。江見さんですね。立ち話もなんですので、移動しましょう」

 「はい」


 金髪の髪の毛。

 美しい顔立ち。

 江見審査員さんで間違えがない。

 「円菜、応接室へ行くぞ」

 「はい」


 江見審査員さんをつれて、対話室へ向かう。

 対話室について、椅子に座った。


 「江見美紀です。この度はモデルをやらせて頂き、誠にありがとうございます」

 「いいえ。こちらこそ。白鳥孝一郎です」


 お父様が外面の顔をする。

 いつもとは大違いだ。


 「……そして、娘の」

 「白鳥円菜です」

 「まあ……!」


 私の名前を聞いて、江見審査員さんは声をあげる。

 嫌な予感がした。


 「ドリカラの時の子じゃない!!まさかホワイトフライの後継ぎなんて……」


 今、ドリカラを思い出したくない。

 タイミングが絶妙に悪い。


 「なんでここに?」

 「本業はYOU NOの社長なんだけど、たまにモデルもやるの」

 「……ドリカラ!?なんだそれは?」


 お父様の小声が聞こえる。

 お父様を見てみると顔を赤くしていた。

 ドリカラのことがお父様にばれたら……。

 いけない!

 絶体絶命のピンチだ。


 「まあ、後で話をしよう。江見さん、改めてよろしくお願いいたします」

 「こちらこそ」


 そう言って、二人は名刺を交換した。

 私の思考がグルグルと回転する。


――「まあ、後で話をしよう」


 お父様は確かに言っていた。

 お説教を受ける……?

 アヤちゃん達と会えなくなる……?

 考えただけで背中がゾワゾワした。

 ……でも、話が終わったら忘れているかもしれない。

 希望は…………まだわずかにある。


 「ええっと、ペンペン…………。円菜さん、はい名刺」


 江見審査員さんが笑顔で名刺を差し出す。


 「CMの話なのですが……」


 私は、まともに話を聞くことが、出来なかった。



〇◇◯◇


 江見さんは一時間程で帰っていった。

 私の鼓動こどうが速くなる。

 お父様は、ドリカラのことを口にする……?


 「円菜……」


 お父様が一歩私に近づく。


 「一週間前に出かけてたよな……!?それがドリカラと言う奴なのか……!ドリカラとは、なんだ?カラオケか?なんだ?」


 ごくりと唾を飲む。


 「なんだ?」

 「え……あの…………」

 「なんだと聞いているんだ!」


 穴が開いた風船みたいに、心がしぼんでいく。

 お父様が怒っている声だ。


 「中学生対象の……」


 ここから言ったら、私はひどく叱られる。

 そして、護衛を付けられ、学校での自由は無くなる……。

 アヤちゃんともう二度としゃべれない……?


 「怒らないから、言え」

 「中学生対象の、服を作る大会です……」

 「なんだと!?」


 マイクを使ったような大声。

 耳が殴られたように痛んだ。

 怒らないから言え、は嘘だったんだ……。

 毎回そうだ。


 「ドリカラは部活か??」


 息がつまる。

 肺が動かない。

 呼吸が難しくなる。

 言葉が出ない。

 それだも、私は声を絞りださなくちゃならなかった。


 「……はい。大変申し訳ございません」


 金賞を取れないと言う不幸。

 そして、ドリカラがお父様にばれると言う不幸。

 二つが同時に私をおそった。

 泣きっ面に蜂とは、このことだなと感じる。


 「なんだと!」


 途端にお父様の顔に、また、しわがついた。


 「お前は、勉強を放り出して、その……ドリカラと言う奴に行っていたんだろう!?」


 その日の勉強は、前日にやっておいた。

 でも、そんな言い訳したら……。

 お父様の怒りはマックスを超えてしまう。

 怖い、怖い。

 何を言っても怒られる。


 「お前は、反抗期か?幼稚園の頃から何回も言っただろう!お前は後継ぎなんだぞ!!……あぁ!?」


 後継ぎ。

 私は後継ぎだから、我慢しなくちゃいけない。

 それは、私の当たり前。


 「お前の部活のメンバーを全員言え」


 あーちゃんの時にも同じようなことを聞かれた。


――「クリスマス会は誰とやったのか?言え」


 その後、絶縁させられた。

 まさか、ファッション部の人と会えなくなるの?

 そう思うと顔がだんだんクシャッと崩れていく。

 来年、再来年もアヤちゃんと喋りたい。

 それなのに……もう会えない。

 ほとんどの確率で会えない。

 喋れない、もしかしたら顔も見られない、そうなってしまうかもしれない。

 一年生の頃もそうだった。

 あーちゃんは学校からいなくなってしまって、二年生から顔を一切見ていない。

 そうなるの……?


 「お前の部活のメンバーを聞いているのだ!言え!!」

 「………………鈴木和希さん……水井悠斗先輩……矢部心春先輩………………佐野綾ちゃん……です」


 お父様に絶縁させられる。

 アヤちゃんとも喋れない。

 アヤちゃんと前、「おそろいのキーホルダーを作ろう」と話していたのに、できない。


 「佐野綾……!まさか……!!」


 お父様がつぶやく。


 「明日から、護衛をつける」


 私はただ、立ちつくした。



〇◇◯◇


――キーンコーンカーンコーン


 午前中の授業が終わり、お弁当の時間。

 いつもなら、アヤちゃんと机を並べて食べているはず。

 でも、今日からは出来ない。


 「円菜様、お弁当でございます」


 護衛さんが私にお弁当を渡す。

 その様子を見て、アヤちゃんはうつむいた。

 アヤちゃんは手元を見る。

 机のせいで、何を持っているかは分からない。

 多分、お弁当だろう。

 この距離、いつもなら無い。

 私がお弁当の包みを開けると、アヤちゃんは走り去ってしまった。

 もう、友達じゃなくなった……?

 五人の護衛さんが、私をずっと見ている。

 悲しみで心がぺしゃんこになる。

 家から抜け出してなければ、こんなことにならなかったのかもしれない。

 私はミシュランシェフが作った、最高級のお弁当を食べる。

 なぜか味がしない。

 私はあーちゃんのことを思いだしながら、お弁当を食べた。



〇◇◯◇


 四日後の下校時間。


 「円菜様」


 護衛さんがそう言って、鞄を用意してくれた。

 アヤちゃんはそそくさと教室を出ていく。

 もう、私のことなんてどうでもいいんだ。

 悲しくて、私の鼻が痛んだ。

 私は階段を下りて、靴箱へ向かう。

 いじめられていた過去。

 そして、アヤちゃんが声をかけてくれて嬉しかったこと。

 アヤちゃんに伝えたかった。

 もう、ありがとう、も言えない。

 もっともーっと、仲良くなりたかった。

 薄暗い廊下。

 護衛さんも、他の生徒さんもいるのに、独りだけ取り残された気分になる。

 下駄箱についた。

 私は上靴を脱いで、下駄箱に入れる。


 「えっ……」


 封筒が入っていた。

 いじめの手紙……?

 私は疑いの目を向ける。

 後ろを見てみると、

 『まどちゃんへ』

 ときれいな文字で書いてあった。

 心を込めて書いたことが伝わる。


 「円菜様、そちらはなんでしょう?」

 「あっ……」


 手紙を取り上げた護衛さん。


 「か、返して!」


 私は手紙を奪い取った。

 なぜかははっきりとは分からない。

 ただ、大切な手紙な気がした。

 私はそっとポケットに手紙を入れた。



〇◇◯◇


 

 帰ってから、勉強の後。

 手紙を読もうと、手紙を取り出す。

 お花があしらわれた封筒。

 開け口にシールがはられていた。

 誰からの……手紙……?


――ペラッ

 『まどちゃんへ』


 まどちゃん……?

 まどちゃんと私を呼ぶのは一人だけ。

 アヤちゃんは”円菜”、心春先輩も”円菜”。

 水井先輩は”マドッチ”、鈴木さんは”白鳥”。

 それ以外で、私と仲が良かったのは………。


 『久しぶり。

  あーちゃんだよ、覚えているかな?』

 「え………………っ」


 あーちゃんって……。

 小学一年生の頃の、あーちゃん…?

 何が起きているのか、頭が追い付かない。

 あーちゃんとは、七年ぐらい会ってないから。

 そもそも、あーちゃんが柊中学校にいるの……?

 誰かが、「あーちゃん」と嘘をついて、私をだまそうとしているのかもしれない。


 『ドリカラ、頑張ったね!

  学校新聞で読んだよ。

  金賞には届かなかったけど、挑戦してすごいなと思った。』


 そう言えば、学校新聞に取材されたんだっけ。

 あーちゃんは、その記事を見てくれたんだ。

 でも、本当にあーちゃん……?


 『ドリカラは、土曜日だったんだよね?』


 そんなことまで知ってるの?

 私は手紙を握りしめた。

 あーちゃんだよね……!?

 続きに、責める内容があるのかもしれない。


 『もしかしたら、お父さんに許可を取らずに出かけたのかなって心配になりました。

  別に、責めてるわけじゃないよ。

  ただ、今日一人で過ごしていたから、まどちゃんが不安になってるだろうなと思いました。

  これっぽっちでしかないけど、お守りを作りました。

  一人で悩むのは辛いから、少しでもこのお守りが力になればと思って作りました。

  気に入ってくれるといいな。』 


 お守り?

 封筒の中に手を入れる。


――フカッ


 フワフワした感触を感じる。

 温かくて、心がやわらかくなった。

 なんだろう。

 封筒からお守りを取り出す。


 「羊だ」


 フワフワした毛の羊の手乗りサイズで、可愛いぬいぐるみ。

 首に黄色のリボンが巻いてある。

 私の好きな色、覚えてくれてたんだ……。

 あーちゃんは羊が好き。

 この手紙を書いた人は、あーちゃんなんだ……!


 『また会えると良いな。

  あーちゃんより』


 あーちゃん……。

 心が震える。

 私は羊のぬいぐるみを持って、

 「ありがとう」

 とつぶやいた。



〇◇◯◇



 あれから一週間ほど過ぎた。

 今日は日曜日。

 勉強机には、羊のぬいぐるみ。

 勝手に「ひつ」と名前をつけて、いつも持ち歩いているんだ。

 手乗りサイズだから、持ち運びやすい。

 アヤちゃんや心春先輩、水井先輩、鈴木さんに会えない悲しみを吸い取ってくれる、強い味方。

 私はひつちゃんを持ち、スタスタと歩く。

 ひつちゃんがいても、アヤちゃんと喋れないのは悲しい。

 もちろん、気持ちは軽くなる。

 喋れなくても応援してくれている、あーちゃんからの贈り物だから。


 「でも、やっぱり……」


 アヤちゃんと喋りたい。


――コンコンコンコンッ


 ノックしたのは焦げ茶色の扉。

 お父様の部屋の扉。

 一年生の時みたいにうずうずしていたら、アヤちゃんと一生喋れない。

 自分の殻を破らなきゃ。

 私は心に決めた。

 絶対かくじつにお父様にアヤちゃん達と会わせてもらう!


――「だれだ」

 「円菜ですわ」


 怖いよ……。

 足が震え、立つのもやっと。

 でも、おびえてたら駄目だ。

 手に握りしめているひつちゃんが教えてくれる。


――「入れ」


 これは戦い。

 負けたら、あーちゃんの時のように、アヤちゃんに会えなくなる。

 あーちゃんが作ってくれたひつちゃんは今日のための仲間だったのかも。


 ”円菜!”


 笑顔のアヤちゃんが脳内に浮かび上がる。

 手をフランス製のドアノブに置く。


 「頑張ろう……!」

――ガチャッ

 「失礼します」

 私はお父様をまっすぐ見つめた――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 



 

 

 

 

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