第十一話 願い
「どうした、円菜。勉強はどうした?」
「終わらせましたわ」
「そうか」
私は目を閉じる。もう小学生の時みたいな思いはしたくない。……いいや、しない。
「あぁぁぁ、あの、自由に友達と喋りたいです……!」
でも、思う通りにはいかなかった。声が震える。口が重たい。
「友達……?ああ、部活の仲間と?」
「はい」
お父様の目線におびえながらも、私はうなずく。
「だめだ。また同じように家から無断で外へ出られたらけしからん。……わざわざそんな人々と会わせてやる必要は無い」
さっぱりと断られた。
「もう、絶対にしません。チャンスをください」
「でも、駄目だ。お前は次期後継者。後継ぎだぞ。お前がイ……」
手が震えて、危うくひつちゃんを落としそうになった。
うっすらと、視界がぼやける。私の心には、何かを言い返す
「嫌です……。友達と喋りたいです。・・・・・・どうして自由を奪うのですか?」
「こっちはやりたくてやってるんじゃないんだ、世間に悪人がいるからやってるんだ。お前のためなんだ、分かってくれ。お前が俺と一緒の思いをしないために……!」
一言間をあけ、お父様は
「帰れ」
と言い放った。
お父様の目は怒りと悲しみが混ざったような色をしている。
今までこんな目見たことがなかった。言い返すと決めた思いがす――っと消える。
「失礼しました」
私はお
〇◇◯◇
あれから二日。
私はなんで帰ってしまったのか、と自分を責めた。ノアちゃんの時と同じようにこれから接していかなければならない。アヤちゃんとも喋れず、辛い思いが胸に染みつく。
やっぱり、ファッション部の皆と会いたい。
部活がある日は強制的に帰らせられる。ずっと護衛が付いてくる。
今日は平日だけど、お父様に会いに行く。休日しかお父様と会ってないけど、今日は別。
そう思って、私は廊下を歩いていた。思い返せば、お父様は少し変わった発言をしていた。
――「お前がイ……」
”イ"って何?イヌ?イス?
意味が無い言葉をお父様が発するはずが無い。どういう意味があるのか問い詰めよう。
――「世間に悪人がいるからやっているんだ」
とも、お父様は言っていた。
悪人がいるなら、会社付き合いの人と会わせないのでは……?つまり、子供が悪人?お父様の言うことと行動は矛盾している。
いったい、どういうこと?私はその矛盾を晴らして、そしてアヤちゃんと会えるようにするためにお父様の部屋に向かった。今日は部屋にいるはず。
――コンコンコンッ
「誰だ」
「円菜ですわ」
「またか?まあ、入れ」
そろりと扉を開ける。
今日も手には、ひつちゃん。ノアちゃんからのお守り。頑張らなくちゃ…・・・!
「お父様、学校で、部活の皆と喋らせて下さい」
「……またか、駄目だと言っただろ?毎回同じことを言わせないでくれ。次期社長だ、次期社長。その責任を持て」
お父様は強く言い放つ。その反動で、私は下を向いた。でも、ここでまた諦めたら……もう皆と喋れない。
「お父様はどうしてそこまで友達を嫌うのですか……?」
勇気を振り絞って、私は声を出した。
「っ……帰れ」
「お父様の言う悪人とは何ですか?」
「帰れっ…………!」
「お父様はどうして学校を嫌がるのですか?」
「は―――、
「お父様はわたくしが、友達に会うのを最小限にしていますよね?わたくしを友達と会わせたくないのですか……?」
「っ……!」
お父様が息を飲む。
まさか、図星……?私を軽く、お父様が睨みつける。『それを口にするな!』と怒っている。また怒鳴られるのかと思うと、心がグシャグシャにつぶれた。
逃げたい。そんな思いが湧き出てくる。
「何故ですの?」
「は―――。円菜、そこまで聞くようになったのか……」
息を吐き捨てるお父様。まるで、ハムスターのように脅えている目。
私は衝撃のあまり、めまいがしそうになる。
「お前がいじめられないために、だ」
観念したのか、ポツリと喋る。
「っ!?」
世界がひっくり返ったような気がした。
気の強いお父様がいじめの事を考えている……?お父様は、そんなにも心配性だった?お父様の歯を食いしばる音が聞こえる。まるで、
「お父様はいじめられていたのですか…?」
なぜか、そう、言葉が出てくる。
お父様の姿を見ていて、思った。お父様もいじめられていたんじゃないか、って。
「まぁ、そうだな」
案外、ポツリと喋る。お父様の性格がいつもと違う。いつもは、怒りっぽい社長だと思っていた。でも、今日は、父親に見える。
「私服にピンクの服が多くて、嫌われた。男らしくないって」
お父様はピンクが嫌いって、明日香さんが言っていた。それは、ピンクの私服を見られて、嫌われたから……?
「今の時代は女がズボンの制服でも認められて、LGBTQとか呼ばれる人も認められている社会に変わりつつある。でも、昔は違う。昭和と令和だからな」
同級生に何を言われるか分からないから、放課後自由にさせてもらえなかった……!?私の中に稲妻が走る。お父様がそんな過去を背負っていたなんて。
「分かったか?学校の奴らは何をしてくるか分からない。もう関わるのはやめろ!」
「……いいえ」
「!?」
お父様が顔をしかめる。
「わたくしの友達は無責任ではありませんわ。一つの出来事でわたくしを嫌ったり致しません。いじめられたら、相談致します!どうか、友達と喋らせて下さい」
私は頭を下げる。アヤちゃん、心春先輩、水井先輩、鈴木さん。私を簡単に嫌ったりしない。
「駄目だ!」
「お願い致します。もう、勝手に外出はしません」
いつも悪魔みたいなお父様だと思っていた。
でも、本当は私のことを気づかってくれていたんだ。もちろん、ノアちゃんと喋れなくしたのは許せないけど。そんなお父様なら、お願いも聞いてくれるはず。
「勉強が……」
「もちろんします!次期社長はこの、わたくしですから」
ホワイトフライの次期社長。私は、どんな時でも次期社長だ。
「……そうか、分かった」
「~~~~~~~~~~!」
私は歓喜極まり、泣きそうになる。お父様が許してくれるなんて……。
アヤちゃんやファッション部の皆と喋れるんだ!
体の力が掃除機に吸い込まれるみたいに消えていく。
「今も佐野綾と仲が良いのか?」
「はい゙っ」
「そうか」
ひつちゃんを握りしめる。頑張って良かった。そう、心から思えた。
ノアちゃん、ありがとう。
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