第八話 戦いの続き

 「どうした、円菜。勉強はどうした?」

 「終わらせましたわ」

 「そうか」


 私は目を閉じる。

 もう小学生の時みたいな思いはしたくない。

 ……いいや、しない。


 「あぁぁぁ、あの、自由に友達と喋りたいです……!」


 でも、思う通りにはいかなかった。

 声が震える。

 口が重たい。


 「友達……?ああ、同じ部活の奴らと、か」

 「はい」


 『奴ら』と言う言葉使いにおびえながらも、私はうなずく。


 「だめだ、だめだ!!また無断で、出かけようとするだろう!だめだ!そんなお願いなぞ、聞いてやらん!」


 さっぱりと断られた。


 「もう、絶対にしません。チャンスをください」

 「だめだ!お前は次期貢献者。後継ぎだぞ。お前がイ……」


 手が震えて、危うくひつちゃんを落としそうになった。

 うっすらと、視界がぼやける。

 私の心には、何かを言い返す余裕ちからもない。

 でも、何とかしなくちゃいけない。

 ひつちゃんのリボンを触る。


 「嫌です……。友達と喋りたいです。・・・・・・どうして自由を奪うのですか?」

 「こっちはやりたくてやってるんじゃないんだ!世間に悪人がいるからやってるんだ!お前のためだ!お前が俺と一緒の思いをしないために……!」


 一言間をあけ、お父様は

 「帰れ」

 と言い放った。

 お父様の目は怒りと悲しみが混ざったような色をしている。

 今までこんな目見たことがなかった。

 言い返すと決めた思いがす――っと消える。


 「失礼しました」

 私はお辞儀じきをして、その場を去った。



〇◇◯◇

 あれから二日。

 私はなんで帰ってしまったのか、と自分を責めた。

 アヤちゃんとも喋れず、辛い思いが胸に染みつく。

 やっぱり、ファッション部の皆と会いたい。

 部活がある日は強制的に帰らせられる。

 ずっと護衛が付いてくる。

 今日は平日だけど、お父様に会いに行く。

 休日しかお父様と会ってないけど、今日は別。

 そう思って、私は廊下を歩いていた。

 思い返せば、お父様は少し変わった発言をしていた。


――「お前がイ……」


 ”イ"って何?

 イヌ?

 イス?

 意味が無い言葉をお父様が発するはずが無い。

 どういう意味があるのか問い詰めよう。


――「世間に悪人がいるからやっているんだ!」


 とも、お父様は言っていた。

 悪人がいるなら、会社付き合いの人と会わせないのでは……?

 つまり、子供が悪人?

 お父様の言うことと行動は矛盾している。

 いったい、どういうこと?


――コンコンコンッ

――「誰だ」

 「円菜ですわ」

――「また、文句を言いに来たのか?まあ、入れ」


 そろりと扉を開ける。

 今日も手には、ひつちゃん。

 あーちゃんからのお守り。

 頑張らなくちゃ…・・・!


 「お父様、学校で、部活の皆と喋らせて下さい」

 「……またか、駄目だと言っただろう!!お前は何様のつもりだ!?次期社長だぞ!また、遊ばせる訳にはいかん」


 お父様は強く言い放つ。

 その反動で、私は下を向いた。

 でも、ここでまた諦めたら……もう皆と喋れない。


「お父様はどうしてそこまで友達を嫌うのですか……?」


 勇気を振り絞って、私は声を出した。


 「帰れ!」

 「お父様の言う悪人とは何ですか?」

 「帰れ!」

 「お父様はどうして学校を嫌がるのですか?」

 「は―――、学校あそこなんてどうでもいいんだ。義務だから行かせてるだけだ。行かせなければ、会社のイメージが悪くなるだろう」

 「お父様はわたくしが、友達に会うのを最小限にしていますよね?わたくしを友達と会わせたくないのですか……?」

 「っ……!」


 お父様が息を飲む。

 まさか、図星……?

 私を軽く、お父様が睨みつける。

 『それを口にするな!』と怒っている。

 また怒鳴られるのかと思うと、心がグシャグシャにつぶれた。

 逃げたい。

 そんな思いが湧き出てくる。


 「何故ですの?」

 「は―――。お前、ようになったな!」


 息を吐き捨てるお父様。

 まるで、ハムスターのように脅えている目。

 私は衝撃のあまり、めまいがしそうになる。


 「お前がいじめられないために、だ!」


 観念したのか、ポツリと喋る。


 「っ!?」


 世界がひっくり返ったような気がした。

 気の強いお父様がいじめの事を考えている……?

 お父様は、そんなにも心配性だった?

 お父様の歯を食いしばる音が聞こえる。

 まるで、過去いじめを思い出している私みたいだ。


 「お父様はいじめられていたのですか…?」


 なぜか、そう、言葉が出てくる。

 お父様の姿を見ていて、思った。

 お父様もいじめられていたんじゃないか、って。


 「まぁ、そうだな」


 案外、ポツリと喋る。

 お父様の性格がいつもと違う。

 いつもは、怒りっぽい社長。

 今日は、


 「私服にピンクの服が多くて、嫌われた。男らしくないって」


 お父様はピンクが嫌いって、お母様が言っていた。

 それは、ピンクの私服を見られて、嫌われたから……?


 「今の時代は女がズボンの制服でも認められて、LGBTQとか呼ばれる人も認められている社会に変わりつつある。でも、昔は違う。昭和と令和だからな」


 同級生に何を言われるか分からないから、放課後自由にさせてもらえなかった……!?

 私の中に稲妻が走る。

 お父様がそんな過去を背負っていたなんて。


 「分かったか?学校の奴らは何をしてくるか分からない。もう関わるのはやめろ!」

 「……いいえ」

 「!?」


 お父様が顔をしかめる。


 「わたくしの友達は無責任ではありませんわ。一つの出来事でわたくしを嫌ったり致しません。いじめられたら、相談致します!どうか、友達と喋らせて下さい」


 私は頭を下げる。

 アヤちゃん、心春先輩、水井先輩、鈴木さん。

 私を簡単に嫌ったりしない。


 「駄目だ!」

 「お願い致します。もう、勝手に外出はしません」


 いつも悪魔みたいなお父様だと思っていた。

 でも、本当は私のことを気づかってくれていたんだ。

 もちろん、あーちゃんと喋れなくしたのは許せないけど。

 そんなお父様なら、お願いも聞いてくれるはず。


 「勉強が……」

 「もちろんします!次期社長はこの、わたくしですから」


 ホワイトフライの次期社長。

 私は、どんな時でも次期社長だ。


 「……そうか、分かった」

 「~~~~~~~~~~!」


 私は歓喜極まり、泣きそうになる。

 お父様が許してくれるなんて……。

 アヤちゃんやファッション部の皆と喋れるんだ!

 体の力が掃除機に吸い込まれるみたいに消えていく。


「今佐野綾と仲が良いのか?」

 「はい゙っ」

 「そうか」

 ひつちゃんを握りしめる。

 頑張って良かった。

 そう、心から思えた。

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