第九話 アヤちゃんとあーちゃん

 「アヤちゃん……!」


 次の日の学校。

 私は一目散にアヤちゃんに声をかけた。


 「えっ………」


 ツインテールを揺らして、アヤちゃんは振り返る。

 まるで幻を見たかのように、目が微かに揺れた。


 「円菜……?」

 「うんっ」

 「ほんと……?護衛は…?」

 「もう、いないよ」

 「良かった~~~!」


 こんなに心配してくれる人がいたんだ。

 心がホカホカ、温かくなる。

 ひつちゃんのおかげで勇気ちからが湧いた。

 鞄につけているひつちゃんを見つめる。

 あーちゃん、お守り、ありがとう。


 「あっ……これ」

 「?」


 私の鞄を見て、声をあげた。

 これ・・・ひつちゃんのことか。


 「これ、昔の親友からもらったんだよっ」

 「そうなんだ……!」


 アヤちゃんが嬉しそうに言う。


 「教室、行こう~」


 アヤちゃんが階段を駆け上がる。

 すごく、速い。

 あれ?

 校則で『走らない』って書いてなかった?


 「アヤちゃん、走ったら、駄目だよー」

 「ふふふっ。追いついてみなさ~い!」

 「ちょっとー!待ってよ~」


 アヤちゃんがトントントンと階段を上がっていく。

 私はそれを、笑顔で追いかけた。



〇◇◯◇


――キーンコーンカーンコーン


 午前中の授業が終わり、お弁当を食べる準備をしていた。

 と、その時。


 「円菜~!今日は外で食べようよ!校庭のベンチで~」


 アヤちゃんがそう言う。


 「いいよ」


 私はお弁当を持って、アヤちゃんを追いかけた。 

 アヤちゃんと一緒にお弁当を食べるのは、後、何回?

 アヤちゃんが転校してしまうかもしれない。 

 二年生はクラスが違うかもしれない。

 一緒にアヤちゃんといることは、当然あたりまえでは無い。

 上靴を脱ぎ、外靴に履き替える。


 「ねぇ、円菜」

 「うん?何?」


 アヤちゃんが歩きながら言う。

 校庭に続く道を歩く。


 「アヤと小学生の頃、会ったこと覚えてる?」


 えっ…………。

 アヤちゃんと会った…?

 そんな覚えは、無い。

 私は思わず立ちつくした。


 「ごめんっ。とりあえずベンチまで競争するよ~」

 「えっ、お弁当崩れちゃうよ!?」

 「いいの、よーい、どん!」


 アヤちゃんが全速力で走りだす。

 速い…!

 今日の朝思ったけど、アヤちゃん身体能力高い。


 「ハ、ハ。速いよー、ハー、ハー」

 「大丈夫~?疲れた~?座って」


 うながされて、ベンチに座った。

 木の香りがほのかに香る。

 森にいるような気持ちになった。


 「食べよっ」

 「うん」


 お弁当の包みを開けて……。


 「「いただきます」」


 ミシュランシェフの作った最高級ポテトサラダを口に入れる。

 外で食べると、いつもと違う味がした。


 「円菜、さっきの話の続きをしていい?」

 「さっき…?」

 「うん。アヤと円菜が昔会ったという話」


 あっ………。

 口からご飯が落ちそうになる。

 お父様に、

 「次期社長は食事マナーが大切だ!」

 って怒られちゃう。


 「これ」


 そう言って見せられたのは……。


 「ひつちゃん!…の色違い!?」


 ひつちゃんとリボンの色が違う小さな人形。

 なんで、アヤちゃんが持ってるの……?

 まさか、あーちゃんと知り合い?


 「アヤが、あーちゃん」


 突然アヤちゃんが告げる。


 「アヤが、あーちゃんなんだ」


 冗談を言って…。

 私は苦笑いを浮かべる。

 でも、アヤちゃんは真剣だった。

 ピラリと一枚の紙を渡された。

 サンタの帽子をかぶった私とあーちゃんの写真。

 あーちゃんの両親がカメラで撮ってくれたんだよね…。

 この写真はあーちゃんとあーちゃんの両親しかもっていないはず。

 う、嘘……。

 事実を突きつけられて、私は手を止める。


 「二年生の頃から会えなくてごめんね」


 アヤちゃんがうつむく。

 そして、ポツリポツリと喋り出した。



〇◇△▢

 


 アヤこと、佐野綾は一年生の頃、まどちゃんと仲良くなった。

 どんどん仲良くなって…大親友だと思って、嬉しかった。

 これから一生ずっと仲良しだと思った。

 でも…クリスマス会の次の日から、まどちゃんと喋れなくなった。

 黒いスーツを着た、男の人に囲まれてしまって。

 アヤとまどちゃんが喋ろうとすると、まどちゃんを連れていってしまう。

 そんな日々が一年生の終わりまで続いた。

 二年生になったら、まどちゃんと喋れるかも、なんて思っていたけど、転校することになっちゃった。

 その頃はよく分かっていなかったけど……。

 あれは、まどちゃんの親から転校しろと命令されたんだと思う。

 だって、家の場所は変わらず、お父さんお母さんの仕事も変わらず、学校だけが変わったから。

 ずっとまどちゃんと会えなくて、悲しかった。

 それからどんどん月日は流れて、もう五年生になった。

 五年生の行事、市の体育祭の日。

 なんと、まどちゃんを見つけた。

 同じ市にある小学校だったから会えた。

 やっと会えた……!

 すごく嬉しくて声をかけようとしたら、周りの人の声が耳に入った。


 「白鳥さぁ、お嬢様だからって特別席があるんだってぇ」

 「うそぉ」

 「こんなに俺ら暑い思いしてんのにぃ!」

 「ずるいよねぇ」


 まどちゃんの方を指差す。

 アヤは固まった。

 イヤミ言われてる!?

 まどちゃんが嫌われてる…?

 まどちゃんが独りぼっちでいる。

 その事実にめまいがした。

 なんとか声をかけようとしたけど……。

 無理だった。

 どうしても人が多くて……。

 声をかけられなかった。

 ――あれから約二年。

 中学生になった。

 どうしてもまどちゃんのことが心にひっかかっていた…。

 すると!

 なんとまどちゃんと同じクラスになれた!

 円菜と言う名前で市の体育祭の時呼ばれていたから、この子だって分かった。

 声をかけられて嬉しかった。

 ……でも、なんとなきくみぞがある気がした。

 みぞを無くすため、アヤ=あーちゃんを伝えようと考えた。

 そんな中、護衛を付けられて、喋れなくなって……。

 だから、せめて、【あーちゃん】がこの学校にいることを伝えるために手紙を書いたんだ。

 アヤがあーちゃんであることは、伝える勇気がなかったけど。



〇◇△▢



 あーちゃんと五年生の頃に会っていた?

 私、白鳥円菜は夢の中にいるような気がした。

 五年生の頃は一番いじめがひどかったから、人の目を見れていなかった。

 ずっと下を向いていた。

 あーちゃんが私のことを見ていたなんて……!

 喜びと気づけなかった悔しさが心で混ざる。


 「ドリカラ勝手に行って、喋れなくなったでしょ~。あの時、もう、すっごく落ち込んで~。明日から、もう喋れないかもしれない。だから、伝えようって思ったんだ」


 アヤちゃんがそこまで考えていたなんて思いもしなかった……。


 「勇気がずっと出せなくて…言うのが遅くなってごめん」

 「ううん……、言ってくれてありがとう……」


 五秒ほど沈黙。

 何と言えば良いんだろう。

 私は考える。


 「あーちゃん……!会いたかった…!!」


 私は涙を溜めながら、アヤちゃんに抱きつく。

 アヤちゃんは少し驚いた目をしたけど、

 「まどちゃん…」

 と笑ってくれた。

 五年ぶりのあーちゃん。

 私の頬から、喜びの結晶が流れ落ちた。



 

 

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