第九話 上には上がある

 「これより、ドリームカラーファッション、本選を始めます!」


 大きなホールにマイクを通した声が響いた。私は緊張して、身震いする。


 『審査員が各自の場所へ向かい、審査をさせていただきます』


 第二次選考までは紙に書いたデザインで選考だったんだけど、最終選考は違う。実物を作って、素材などを審査してもらう。手芸部の人が手伝ってくれて、予定より早く終わったんだよ!

 にしても……怖い。空気がピリピリベしている。


 「来て大丈夫だった~?」

 「あっ、アヤちゃん、大丈夫だよ」

 「では、各グループごとのコーナーへ移動お願いします」


 ゾロゾロと移動する音が、私の鼓動の音をかき消した。

 いつも履いているヒールが、なんだかフラフラする。


 「よし、今日は頑張る、かつ、楽しみましょう!」

 「えっ!今日の昼ご飯、カツ!?やったー!」

 「違います」


 私服の心春先輩が声をあげた。見慣れない三つ編み。くすんだ紫色の服がいつも以上に大人っぽく見えた。


 「改めて、頑張りましょう!」

 「「「はい」」」


 肩が震える、私達一年生。


 「ふっ。いつもは自信満々のアヤちゃんまで礼儀正しい……!大丈夫よ。聞かれたことに、答えるだけだから」


 聞かれたことに答える……。できるかな?


 「こんにちは」


 声の方向に振り向くと、『審査員』と書いた札を首から提げている女性がいた。金髪で、カールのかかった髪の毛。優しい雰囲気で、私は安心し、ため息をついた。


 「ええっと……”庭で遊ぶお嬢様”ね……チュール触ってもいいかしら?」

 「ええ、もちろんです。このチュール、よく見るとクローバーがあしらわれています。一番工夫しました」

 「なるほど……何故、クローバーなの?」

 「ええっとですね……」


 持っているバインダーに、何やら字を書く審査員さん。


 「このテーマは皆で考えたの?」

 「はいそうです。しかし、このテーマを提案したのは」

 「アヤです!」

 「何かモデルにした本とかはあるの?」

 「本ではありませんが、部員をモデルにしました」

 「私です……」


 審査員さんは私を見て、こくりとうなずいた。


 「素材は誰が決めたの?」

 「僕です。お嬢様の雰囲気に合うさわり心地を考えました」

 「へぇ~。なるほど。何故、この種類にしたか教えてもらってもいいかしら?」

 「はい。お嬢様がテーマですので、より高級感のある素材にしました」

 「ええ。ありがとうございます」


 そう言って審査員さんは去っていく。


 「ううう……」

 「疲れた~!」

 「あ――――」


 一年生はぐったり。


 「あの人、YOU NOの社長、江見美紀えみみきさんですよね?」

 「ええそうよ」

 「『ユーノー』?」


 鈴木さんの言葉に私はオウム返しで尋ねる。初めて聞く名前だ。


 「え―――知らないの?中学生、高校生に人気の服のブランドだよ~!今大注目なんだ!」

 「さっきの審査員さんは、その、『YOU NO』の社長さんだぜー!!会えるなんて、感激~!感激、感激!缶激ー!缶詰何が好き、アーヤ?」

 「缶詰食べない~」

 「えーーーー!」


 ま、また始まった……。いつもの自分世界マイワールドに最近はアヤちゃんが入ることが多くなったんだ……。いつも、最後に水井先輩さんが「えーーーー!」って言うんだよね……呆れるのが、ちょっと楽しみでもある。なんて、二人には失礼だよね。ごめんなさい。


 「悠斗、うるさい!!アヤちゃん、あと四時間あるんだから、そんなことしてたら、疲れ果てちゃうわよ」

 「「「四時間!?」」」


 そんなにあるの……?めまいがする。

 たった二分でこんなに疲れたのに、四時間!?二分の百二十倍?


 「頑張るぜー!」

 「は~い~!」

 「「…………はい……」」



〇◇◯◇



 それからはもう散々さんざん

 二時間立ち続け、しゃべり続ける。昼休憩があり、また二時間。本格的なコンテストだとはしっていたけど、ここまで……。

 社長の一人娘として、言える。ドリカラは、辛い。


 「このカチューシャのポイントは?」

 「なぜ、クローバーとシロツメクサ?」


 質問が飛び交う。そして、私達の服をじっと眺めている。審査員さんのペンを走らせる音。耳が痛くなり、圧倒された。


 「お時間です」


 やっと終わった……。私にしか出来ないこと、が出来たかな。私色わたしらしさ《わたしらしさ》が少し生まれたかもしれない、と思った。



〇◇◯◇



 三十分経った。審査員さんで金賞と銀賞を決めているんだって。


 「えー、審査が終わりました。席におつき下さい」


 参加者全員が椅子に座った。参加者が多すぎて、隣の席の鈴木さんと肩がぶつかる。


 「あ……。すまんっ」

 「審査の発表を致します。金賞の方は、商品化と賞金十万円、そして賞状。銀賞の方は、賞金五万円と賞状が渡されます」


 空気が私の肌を痛めつける。司会者さんが口を開いた。


 「銀賞は……明長学園!明長学園の方はステージへお願いします」


 賞状が渡される。

 その瞬間、クラッカーがはじけた。


――パーンッ

 「感想をお願いします」

 「はい……!夢みたいですっ。皆で頑張ったかいがありました。今日会場に来ていない仲間に、速く伝えたいです」

 「アヤ達がとるのは金賞だよ~!」

 「そうよっ。銀賞じゃないわ」

 「じゃないわじゃないわジャマイカ!!」


 私が怖がっているのを見て、アヤちゃんが言う。

 そうだ、大丈夫。金賞を取りに来たんだ。私は自分を奮起させる。


 「銀賞、明長学園の作品はこちらです」


 ステージに服が運ばれる。


 「テーマは、ヒーターラビットとお花畑……だそうです!」


 ステージに出されている服を見る余裕は私には無い。私は手を拝むように合わせた。お願い、金賞!私達が頑張って来た服が表彰されることを願った。


 「金賞は……晴嵐中学校!晴嵐中学校の方はステージへお願いします」

 「「「「「「「「「「「うわぁ――!」」」」」」」」」」


 途端に歓声があがる。

 久寿玉くすだまが割れた。


 「審査員の約七割が晴嵐中学校を金賞に指名しました!」


 金賞をとったチームは、涙を流す。あの人達は、もっと私より努力していたのかな。悔しい……。分かってた。金賞は狭き門だって。

 でも、期待してた。私達・柊中学校ファッション部が金賞を取ることを。私がバカバカしい。華やかな舞台と私の心は正反対。心春先輩、水井先輩、鈴木さん、アヤちゃんで頑張ったのに……。私は手で顔をおおった。



〇◇◯◇


 ドリカラが終わった……。私達は、荷物を片づけ始めた。誰も、何もしゃべらない。

 息をするのがやっと。私は自分の鞄を持つ。


 「皆、お疲れ様!すっごく頑張ったね!皆良かったよ」


 心春先輩が五十分ぶりに口を開いた。


 「落ち込まないで、あなた達に来年があるわよ…」


 心春先輩は私達を見つめて、


 「また学校でね、解散!」


 と言い、去っていった。

 心春先輩の背中から、悲しみの感情がぶり返してくる。こんな時にも優しく声をかけてくれる、心春先輩。話すことすらできなかった私達に優しく声をかけてくれた。

 金賞を取って、一緒に笑いたかったな……。私はドレスのすそをつかんだ。

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