第六話 上には上がある

 『これより、ドリームカラーファッション、本選を始めます!』


 大きなホールにマイクを通した声が響いた。

 私は緊張して、身震いする。


 『審査員が各自の場所へ向かい、審査をさせていただきます』


 第二次選考までは紙に書いたデザインで選考だったんだけど、最終選考は違う。

 実物を作って、素材などを審査してもらう。

 手芸部の人が手伝ってくれて、予定より早く終わったんだよ!

 にしても……怖い。

 空気がピリピリベしている。


 『では、各グループごとのコーナーへ移動お願いします』


 ゾロゾロと移動する音が、私の鼓動の音をかき消した。

 いつも履いているヒールが、なんだかフラフラする。


 「よし、今日は頑張る、かつ、楽しみましょう!」

 「えっ!今日の昼ご飯、カツ!?やったー!」

 「違います」


 私服の心春先輩が声をあげる。

 見慣れない三つ編み。

 くすんだ紫色の服がいつも以上に大人っぽく見えた。


 「改めて、頑張りましょう!」

 「「「はい」」」


 肩が震える、私達一年生。


 「ふっ。いつもは自信満々のアヤちゃんまで礼儀正しい……!大丈夫よ。聞かれたことに、答えるだけだから」


 聞かれたことに答える……。

 できるかな?


 「こんにちは」


 声の方向に振り向くと、『審査員』と書いた札を首から提げている女性がいた。

 金髪で、カールのかかった髪の毛。

 優しい雰囲気で、私は安心し、ため息をついた。


 「ええっと……”庭で遊ぶお嬢様”ね……チュール触ってもいいかしら?」

 「ええ、もちろんです。このチュール、よく見るとクローバーがあしらわれています。一番工夫しました」

 「なるほど……何故、クローバーなの?」

 「ええっとですね……」


 持っているバインダーに、何やら字を書く審査員さん。


 「このテーマは皆で考えたの?」

 「はいそうです。しかし、このテーマを提案したのは」

 「アヤです!」

 「何かモデルにした本とかはあるの?」

 「本ではありませんが、部員をモデルにしました」

 「私です……」


 審査員さんは私を見て、こくりとうなずいた。


 「素材は誰が決めたの?」

 「僕です。お嬢様の雰囲気に合うさわり心地を考えました」

 「へぇ~。なるほど。何故、この種類にしたか教えてもらってもいいかしら?」

 「はい。お嬢様がテーマですので、より高級感のある素材にしました」

 「ええ。ありがとうございます」


 そう言って審査員さんは去っていく。


 「ううう……」

 「疲れた~!」

 「あ――――」


 一年生はぐったり。


 「あの人、YOU NOの社長、江見美紀えみみきさんだよね~?」

 「ええそうよ」

 「『ユーノー』?」


 アヤちゃんの言葉に私はオウム返しで尋ねる。

 初めて聞く名前だ。


 「え―――知らないの?中学生、高校生に人気の服のブランドだよ~!今大注目なんだ~!」

 「さっきの審査員さんは、その、『YOU NO』の社長さんだぜー!!会えるなんて、感激~!感激、感激!缶激ー!缶詰何が好き、アーヤ?」

 「缶詰食べない~」

 「えーーーー!」


 ま、また始まった……。

 いつもの自分世界マイワールド……。

 いつも、最後に水井先輩さんが「えーーーー!」って言うんだよね……。

 呆れるのが、ちょっと疲れちゃう。

 ……こんなこと思ったら、二人に失礼…?

 ごめんなさい。


 「悠斗、うるさい!!アヤちゃん、あと四時間あるんだから、そんなことしてたら、疲れ果てちゃうわよ」

 「「「四時間!?」」」

 「ええ、そうよ?」


 そんなにあるの……?

 めまいがする。

 たった二分でこんなに疲れたのに、四時間!?_

 二分の百二十倍?


 「頑張るぜー!」

 「は~い~!」

 「「…………はい……」」



〇◇◯◇



 それからはもう散々さんざん

 二時間立ち続け、しゃべり続ける。

 昼休憩があり、また二時間。

 本格的なコンテストだとはしっていたけど、ここまで……。

 社長の一人娘として、言える。

 ドリカラは、辛い。


 「このカチューシャのポイントは?」

 「なぜ、クローバーとシロツメクサ?」


 質問が飛び交う。

 そして、私達の服をじっと眺めている。

 審査員さんのペンを走らせる音。

 耳が痛くなり、圧倒された。


 『お時間です』


 やっと終わった……。



〇◇◯◇


 三十分経った。

 審査員さんで金賞と銀賞を決めているんだって。


 『えー、審査が終わりました。席におつき下さい』


 参加者全員が椅子に座った。

 参加者が多すぎて、隣の席の鈴木さんと肩がぶつかる。


「あ……。すまんっ」

 『審査の発表を致します。金賞の方は、商品化と賞金十万円、そして賞状。銀賞の方は、賞金五万円と賞状が渡されます』


 空気が私の肌を痛めつける。

 司会者さんが口を開いた。


 『銀賞は……明長学園!明長学園の方はステージへお願いします』


 賞状が渡される。

 その瞬間、クラッカーがはじけた。


――パーンッ

 『感想をお願いします』

 『はい……!夢みたいですっ。皆で頑張ったかいがありました。今日会場に来ていない仲間に、速く伝えたいです』

 「アヤ達がとるのは金賞だよ~!」

 「そうよっ。銀賞じゃないわ」

 「じゃないわじゃないわジャマイカ!!」


 私が怖がっているのを見て、アヤちゃんが言う。

 そうだ、大丈夫。

 金賞を取りに来たんだ。

 私は自分を奮起させる。


 『銀賞、明長学園の作品はこちらです』


 ステージに服が運ばれる。


 『テーマは、ヒーターラビットとお花畑……だそうです!』


 ステージに出されている服を見る余裕は私には無い。

 私は手を拝むように合わせた。


 『金賞は……晴嵐中学校!晴嵐中学校の方はステージへお願いします』

 「「「「「「「「「「「うわぁ――!」」」」」」」」」」


 途端に歓声があがった。

 久寿玉くすだまが割れる。


 『審査員の約七割が晴嵐中学校を金賞に指名しました!』


 金賞をとったチームは、涙を流す。

 あの人達は、青春ドラマの主人公なんだと感じさせた。

 悔しい……。

 分かってた。

 金賞は狭き門だって。

 でも、期待してた。

 私達・柊中学校ファッション部が金賞を取ることを。

 私がバカバカしい。

 華やかな舞台と私の心は正反対。

 心春先輩、水井先輩、鈴木さん、アヤちゃんで頑張ったのに……。

 私は手で顔をおおった。



〇◇◯◇


 ドリカラが終わった……。

 私達は、荷物を片づけ始めた。

 誰も、何もしゃべらない。

 息をするのがやっと。

 私は自分の鞄を持つ。


 「皆……お疲れ様」


 心春先輩が五十分ぶりに口を開いた。


 「落ち込まないで……あなた達に来年があるわよ……」


 心春先輩は私達を見つめて、

 「また学校で」

 と言い、去っていった。

 心春先輩の背中から、悲しみの感情がぶり返してくる。

 こんな時にも優しく声をかけてくれる、心春先輩。

 励ますことすらできなかった。

 金賞を取って、一緒に笑いたかったな……。

 私はドレスのすそをつかんだ。

 

 

  

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