第八話 お屋敷から脱出

 夏休みの最終日。


 「やっと終わった……」


 終わったのは、勉強!お父様からの課題!今年は去年以上に勉強が大変だった。


 「う――ん……」


 私はのびをする。とたんに疲れがほろっと溶ける。

 お父様に許してもらえず、結局第二次選考に行けなかった。明日は四人に手応えを聞こう。

 もう夜の八時。お風呂に入って寝ようかな。

 鉛筆を入れるため、茶色い勉強机の扉を開ける。改めて見ると、この勉強机きれいだな。ドアノブが金色で大人っぽい。うん?勉強机の奥の方に黄色のが入っていた。なんだろう。そう思って黄色の何かを引っ張り出す。


 「ヘアゴムだ」


 黄色のリボンがついたヘアゴム。……大親友がクリスマス会にくれたんだっけ。

 ヘアゴムには『MADO&NOA』

 ……そうだ、大親友の名前はノアちゃんだ。懐かしい記憶がよみがえる。

 今まで忘れていた、悲しい思い出。

 明日、これをバックの中に入れていこう。昔の私みたいに自分の色を持てるように、お守りとして。窓の向こうの月の光が、私のヘアゴムを照らした。



 〇◇◯◇


 私とアヤちゃんは部室に向かう。

 ……ノアちゃんからもらったヘアゴムをつけている。お父様に学校のことは知られないから、学校に来てから結んだんだ。


 「円菜、このハーフアップかわいい~。朝から言うの忘れてた~」

 「えへへ、ありがとう。昔友達からもらったヘアゴムなんだ」

 「そ、そうなんだ~。円菜は、今っ……黄色が好きなの~?」

 「う、うん」


 アヤちゃんが、立ち止まり扉を開けた。もう部室についてたんだ、気づかなかったよ。


――ガラッ。

 「お久しぶりです!」

 「やっほ~」


 そう言って私は席に着く。


 「第二次選考どうでしたか?」

 「上手に出来たぜ~!練習通りに進んで気持ち良かったー!練習、練習、九州!福岡、佐賀、長崎!熊本、鹿児島~!大分ー、北海道」

 「悠斗、残念~!北海道は九州じゃありませーん。でも、本当に練習通りよ。一回言葉詰まっちゃったぐらいで、後は完璧」


 良かった……!練習に付き合ったかいがあったよ……!


 「えーーーー!北海道って九州じゃないの?嘘~!」

 「本当だよ~。調べてみたら~?」


  北海道を九州と間違える中学生は全然いないだろうな…。私はおかしくなって、口を抑えた。笑っちゃいそう……っ。


 「では、結果発表ね」


 アヤちゃんと水井先輩を無視する心春先輩。


 「もう結果来てるんですか……?」


 鈴木さんが驚く。私も心春先輩の方を見て、固まった。


 「ええ」

 「えっ!早くみたい!!」

 「アヤも~」


 アヤちゃんが食いつく。

 今回も書類で結果が届いた。ペラリと封筒を開ける。どう・・・・・・!?中から紙が出て来た。


 「残念……」


 内容を見て、心春先輩がつぶやく。そんな……!不合格なんて……。私が練習の時の助言がダメだったのかな…。


 「合格よ!」

 「「「「「えっ!?」」」」


 『残念』と言う言葉と『合格』と言う言葉がかみ合わない。

 どっちが本当なの?紙を見てみると……。

 合格!!


 「よしっ!」

 「やった~。嬉ぴょーい!」

 「良かったね、円菜~!」

 「うんっ!」


 あせったよ……。てっきり、不合格かと思った……。心春先輩、ドッキリさせないでよ……。


 「よし、後は本番あるのみね」


 書類にざっと目を通す。

 二十校に絞られたんだ……。日付は……土曜日。私は凍り付く。

 新しい問題が出来ちゃった……!



〇◇◯◇


 出かけるのなら、お父様の許可をとらなくちゃいけない。対談をしたけど、また断られた。「いい加減にしろ」と言われたので、もう一回行ったら、余計に怒るだろう。そう考えて、手紙でお願いした。すると、『だめだ』と言う答えが帰ってきた。『だめだ』と三文字だけの手紙……斬新な手紙だと思う。

 どうにかして行かなきゃ。皆で手に入れた最終選考なんだ。焦る私の心を表したような空。青色と紫色のグラーデーションが切なくて、美しい。

 手元のスケジュール帳を見つめる。その日は予定は……入っていない。その日は勉強をするだけだ。……私はまだお父様の言われる通りにしてるだけ。お願いしても、断られたのにどうやって会場に行くの?私は、皆でなら変われる気がしていたから余計に痛む。

 行きたいよ……。


 「円菜様」


 そう言って扉から出てきたのは、執事の明日香さん。仕事で忙しいお父様の代わりに私の世話をしてくれているんだ。

 

 「円菜様、どうされましたか?」

 「いっ、いえ…………」


 明日香さんに尋ねられて、私は黙る。信用出来る人だけど、話したらお父様まで届いちゃうかも。その思いで私は振り返った。


 「もうすぐお夕食の時間かしら?」

 「円菜様、ファッション部のことでしたらわたくしがサポート致します」

 「……?」


 私の言葉にを気に止めず明日香さんが、お辞儀をした。

 そうだ、明日香さんは私の学校生活のことを管理している執事さん。なら私が悩んでいることも分かったのかな?私は明日香さんの真剣な瞳を見つめ返す。


 「孝一郎様はその日、この家にはいらっしゃいません。円菜様、この家には防犯カメラがございますが、防犯カメラをチェックされる孝一郎様は必ず見ない場所があるのです、そこを通って円菜様がこの家から抜けるのはどうでしょうか」

 

 

〇◇◯◇




 コンテストの日。朝九時。


 『作戦開始ですよ、円菜様』


 通信機の向こうで明日香さんが告げる。防犯カメラの電源を落としてくれた。

 …こんなことしていいのかな。不安も出てきてしまったけれど、私は急いで立ち上がる。

 お父様に、縛られているだけではダメだ!

 まずは、今日の勉強ノートを机に開く。 そして、白鳥円菜特注品人形を椅子に置く。今日のために、明日香さんはどれだけお金を使ったんだろう。そう思いながら人形にシャープペンシルを持たせた。灰色の私のシャープペンシル。きっと心春先輩は可愛いシャープペンシルをもっているのだろう。


 「って、もたもたしてられない」


 ヒールがかすかに音をたてる。

 ヒールを履いている人は、家で私だけ。音をたてると、「円菜様、どうされました?」と言われかねないんだ。

 今日初めて通る廊下。明日香さんがお父様の確認したことの無い無い道を教えてくれたんだ。”お父様はピンクの物がある場所は通らない”。これを教えてくれたお母様は小学一年生の頃に亡くなった。厳しいお父様から隠れてメイドが休憩できるようにと、お母様がこの家のデザインを考えたのだと言う。

父様はピンクが嫌い……?私の服はお父様が近づかないように、ピンクのドレス。


 『円菜様、あの扉です』


 裏庭に通じる扉。ここを通れば、会場に行ける。

 ……そして、お父様にばれれば、怒られてしまう可能性が広がるんだ。


――ギギギッギギ


 扉を開けて一歩、外に足を踏み出す。私はまぶしい太陽に目を細めた

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