第五話 お屋敷から脱出

 夏休みの最終日。


 「やっと終わった……」


 終わったのは、勉強!

 お父様からの課題!

 今年は去年以上に勉強が大変だった。


 「う――ん……」


 私はのびをする。

 とたんに疲れがほろっと溶ける。

 お父様に許してもらえず、結局第二次選考に行けなかった。

 明日は四人に手応えを聞こう。

 もう夜の八時。

 お風呂に入って寝ようかな。

 鉛筆を入れるため、茶色い勉強机の扉を開ける。

 改めて見ると、この勉強机きれいだな。

 ドアノブが金色で大人っぽい。

 うん?

 勉強机の奥の方に黄色の何かが入っていた。

 なんだろう。

 そう思って黄色のを引っ張り出す。


 「ヘアゴムだ」


 黄色のリボンがついたヘアゴム。

 ……あーちゃんがクリスマス会にくれたんだっけ。

 懐かしい記憶がよみがえる。

 明日、これをつけていこう。

 アヤちゃんや心春先輩は髪の毛を結んでいる。

 私はいつも下ろし髪。

 私も結んだほうが良いよね。

 窓の向こうの月の光が、私のヘアゴムを照らした。



 〇◇◯◇


 「おはよう~」

 「アヤちゃん、おはよう」


 新学期になった。


 「円菜、髪の毛ハーフアップにしてる~!お嬢様の雰囲気がレベルアップしたねー!」

 「えっ、そう?」

 「うんうん。あれ?これっ!!」


 アヤちゃんがいきなり叫ぶ。

 とたんに、私達の方向に目線が寄ってきた。


 「どうしたの……?」

 「ううん!なんでもないよ~。そのリボン可愛いね~!」


 ?

 アヤちゃんどうしたんだろう?


 「アヤ、夏休みプール行ったんだ~」


 話が変わり、何も聞くことが出来なかった。



 〇◇◯◇


 「第二次選考どうでしたか?」

 「上手に出来たぜ~!練習通りに進んで気持ち良かったー!練習、練習、九州!福岡、佐賀、長崎!熊本、鹿児島~!大分ー、北海道」

 「悠斗、残念~!北海道は九州じゃありませーん。でも、本当に練習通りよ。一回言葉詰まっちゃったぐらいで、後は完璧」

 良かった……!

 練習に付き合ったかいがあったよ……!

 「えーーーー!北海道って九州じゃないの?嘘~!」

 「本当だよ~。調べてみたら~?」


 うーん。

 北海道を九州と間違える中学生は全然いないだろうな…。


 「では、結果発表ね」


 アヤちゃんと水井先輩を無視する心春先輩。


 「もう結果来てるんですか……?」


 鈴木さんが驚く。


 「ええ」

 「えっ!早くみたい!!」

 「アヤも~」


 アヤちゃんが食いつく。

 今回も書類で結果が届いた。

 ペラリと封筒を開ける。

 どう・・・・・・!?

 中から紙が出て来た。


 「残念……」


 内容を見て、心春先輩がつぶやく。

 そんな……!

 不合格なんて……。


 「合格よ!」

 「「「「「えっ!?」」」」


 『残念』と言う言葉と『合格』と言う言葉がかみ合わない。

 どっちが本当なの?

 紙を見てみると……。

 合格!!


 「よしっ!」

 「やった~。嬉ぴょーい!」

 「良かったね、円菜~!」

 「うんっ!」


 あせったよ……。

 てっきり、不合格かと思った……。

 心春先輩、ドッキリさせないでよ……。


 「よし、後は本番あるのみね」


 書類にざっと目を通す。

 二十校に絞られたんだ……。

 日付は……土曜日!?

 私は凍り付く。

 新しい問題が出来ちゃった……!



〇◇◯◇


 出かけるのなら、お父様の許可をとらなくちゃいけない。

 対談をしたけど、また断られた。

 「いい加減にしろ」と言われたので、もう一回行ったら、余計に怒るだろう。

 そう考えて、手紙でお願いした。

 すると、『だめだ』と言う答えが帰ってきた。

 『だめだ』と三文字だけの手紙……斬新な手紙だと思う。

 どうにかして行かなきゃ。

 皆で手に入れた最終選考なんだ。

 焦る私の心を表したような空。

 青色と紫色のグラーデーションが切なくて、美しい。

 手元のスケジュール帳を見つめる。

 その日は予定は入っていない。

 でも、果たしてお父様は許してくれるのかな。


 「どうしたの、円菜」


 ばっと後ろを振り向くと、

 「お母様!」

 そう、お母様が立っていた。

 お母様・白鳥舞しらとりまいは正義感が強い。

 お父様が放課後、私を自由にさせないことを反対している。

 口癖は『全米が反対するわ』なんだ。


 「この日に出かけたくて……」


 スケジュール帳を指す。


 「なるほどね。孝一郎に止められたのね。それなら勝手に家から抜け出しましょう。手助けしたいんだけど、その日はどうしても外せない仕事があって……。だれか手助けしてくれないかしら?」


 抜け出す……?

 あーちゃんとの一件を思いだす。

 もし、お父様にばれたら……。


 「それならわたくしが」


 そう言って扉から顔をだしたのは、執事の明日香さんだ。

 髪の毛をおだんごに結んでいて、美しい顔立ちの女性。

 いつから隠れていたんだろう?

 カクレクマノミみたい。


 「ファッション部のことでしょう?」


 明日香さんは仕事で手一杯ていっぱいの両親の代わりに学校のことを取り仕切っているから、ファッション部のことも知っているんだ。


 「あの、わたくし……」


 もしも家から勝手に抜け出して、お父様にばれたら、ファッション部の人と絶縁させられるに違いない。


 「ファッション部は円菜様の大切な存在です。孝一郎様のことは気になさらず」

 「えっと……」

 「そうよ、円菜」

 「そうじゃなくて……」


 ファッション部の人と絶縁したくないから、お父様に許可を取りたい……。

 あーちゃんの時みたいになりたくない。


 「孝一郎様にばれずに、会場へ行きましょう!」

 「ええ」


 大人に私の考えは伝わらなかった……。



〇◇◯◇


 コンテストの日。

 朝九時。


 『作戦開始ですよ、円菜様』


 通信機の向こうで明日香さんが告げる。

 今日に限ってお父様が家にいるんだ。

 だから、最新型小型通信機をお母様がくれた。

 まずは、今日の勉強ノートを机に開く。 

 そして、白鳥円菜特注品人形を椅子に置く。

 今日のために、お母様はどれだけお金を使ったんだろう。

 そう思いながら人形にシャープペンシルを持たせた。

 灰色の私のシャープペンシル。

 きっと心春先輩は可愛いシャープペンシルをもっているのだろう。


 「って、もたもたしてられない」


 ヒールがかすかに音をたてる。

 ヒールを履いている人は、家で私かお母様だけ。

 音をたてると、「円菜様、どうされました?」と言われかねないんだ。

 今日初めて通る廊下。

 お母様がお父様の通ったことが無い道を教えてくれたんだ。

 ”お父様はピンクの物がある場所は通らない”。

 お母様は長年一緒にいて、法則を見つけたんだって。

 お父様はピンクが嫌い……?

 私の服はお父様が近づかないように、ピンクのドレス。

 そして、ピンクの物が置いてある廊下を歩いている。

 メイドさんもあまり通らない。


 『円菜様、あの扉です』


 裏庭に通じる扉。

 ここを通れば、会場に行ける。

 ……そして、ファッション部の人と会えなくなる可能性が上がる。


――ギギギッギギ


 私はまぶしい太陽に目を細めた。 

 

 



 

 

 

 

 

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