第七話 喧嘩ボッパツ!?

 月曜日、部活の日。憂鬱な気分で部室へ歩く。

 「円菜、遅れるよ~!」

 いつもは嬉しいアヤちゃんの声も、今日は逆に悲しい。

 「速く、速く~」

 アヤちゃんに手を引かれて、部室へ足を踏み入れた。とたんに体の芯が冷たくなった。

 「アーヤ、マドッチ!」

 「二人とも、座って」

 いつも通り笑う先輩達。プレゼンに行けないことを伝えたら、失望する?それとも、私のこと興味がない?どうしてもマイナス思考になってしまう私に、アヤちゃんがそっと声をかけてくれた。

 「大丈夫、円菜に来てほしいって皆思ってるから」

 アヤちゃん、ありがとう。

 ……でも、ごめん。行けないんだ……。

 「鈴木さんは来てるわ」

 ついに、言わなければならない。心が、象が住んだように重くなった。二回言ったところで、頑固なお父様は余計に怒るだろう。辛い、こんな結果。私は、変われてない、昔の色のまま。

 「……プレゼン行ける………?」

 「……行けません……」

 霧のようにうっすらとした声が出る。

 「しゃーない!行けへんのやったら。俺達の後方支援係になってーな。確か、円の下のやったっけ?マドッチの漢字も入ってるし、ピッタリ!」

 「縁の下の!でも、悠斗の言う通りよ。落ち込まないで!……また来年も再来年もあるんだから」

 「アヤが円菜の分まで、頑張る!」

 涙が込み上げてくる。なんでいけないのかな。私が言い返していたら、行けたの。誰か、教えてほしい。

 「…………なんで」

 「「「?」」」

 鈴木さんがポツリと喋る。

 「なんで、行けないのか……!?白鳥は本当に金賞取る気ある?先輩方は本気でやってるのに、『プレゼン行けない』は無いだろ!」

 「ちょっと……!」

 矢部部長さんが戸惑う。私が責められたからだ。

 鈴木さんの血走った目。それを見るのが怖くなり、私は自分の足元を見る。

 「やめ、やめ!喧嘩ナッシング!シング、寝具!枕、布団、毛布~」

 「そうよ。家の事情よ。誰にでも、事情はあるわ」

  先輩が私の肩に手を置く。

 「クッ!」

 鈴木さんが目を吊り上げた。

 「こっちも家の事情で、言ってる!そもそも、ファッション部なんて入りたくなかったんだ!」

 この現実から逃げたくなる。

 「マドッチなんか言ったら?」

 確かに、私鈴木さんに何も言っていない。私のせいだ。私がお父様に許可を取れなかったから行けないんだ。

 「申し訳ございません……」

 宝石のかけらみたいなしずくが落ちる。

 暗い気持ち、不穏な空気のまま、プレゼンの練習をした。そして、その日は終わったんだ。


〇◇◯◇



 二日後の下校時間。

 私は教室から出て、下駄箱へ向かう。アヤちゃんは今日、風邪でお休みなんだ。

 「円菜!」としゃべりかけてくるアヤちゃんがなんだか恋しくなる。トボトボと階段を下りていると、「白鳥さん!」と声をかけられた。

 「うわああ!」

 危うく階段を踏み外しそうになる。

 「ごめん、ごめん」

 声をかけてくれたのは、矢部部長だった。部活以外で合うのは初めてかも。

 「下駄箱まで一緒に行かない?」

 「はい……!」

 アヤちゃん以外と歩きながらしゃべったことはない。

 「アヤちゃんは?いつも『円菜~!』って言って、べったりなのに。今日はお休み?」

 べったり……?顔が太陽の光が当たったように赤くなる。

 「休みです……!」

 矢部部長さん、大人っぽい優しい先輩だと思ってた。

 でも、からかうのが好き!?矢部部長さんの新しい色を見られて私はクスッと笑う。

 「元気が出るように怪談話をしてあげようか?五十年前、一人の少女が…」

 「やめてください!!」

 「ごめんね。そうだ、白鳥さんって呼んでるけど、円菜ちゃんと呼んでいい?」

 「え?」

 「嫌なら円菜さんでもいいんだ。……って図々しいよね……」

 私の表情を見て、しょぼんとする矢部部長さん。

 「全然大丈夫です!嬉しいです!円菜って呼んでください」

 「それなら、円菜って呼ぶわ」

 勢いで言ってしまった……。

 でも、『仲が良い先輩後輩』に近づけた気がして、心がほっと温かくなる。私は相手を下の名前で呼ぶは一苦労だけど、私が呼ばれるのは別にかまわない。と思ったのもつかの間。

 「円菜、私のこと心春って呼んでよ」

 え、ええ!?そんな……。

 でも、アヤちゃんと呼ぶのに、そんな時間かからなかったし、きっと大丈夫!……のはずだよね……。

 矢部部長さんは三年生。「部長」と呼んだほうが良いのかな?

 「心春部長さん……?」

 「あら、さんも、部長もつけなくてもいいのよ」

 「一応先輩なので、心春先輩と呼んでもいいですか?」

 「もちろん」

 笑顔の花が私の周りに咲く。

 「ああっ。鈴木さんだ」

 矢……心春先輩の言葉に私は心が痛む。

 下駄箱も前で紙を見ている鈴木さん。昨日怒らせてしまって申し訳なかったな……。

「ック……!」

 鈴木さんの歯を食いしばる音がした。

 何が書かれているんだろう。気になってしょうがない。まさか、いじめの手紙……?冷や汗が垂れた。もしも、凪咲さんのファンからだったら……。

 心春先輩が傷ついてしまうかも。

 心春先輩が鈴木さんに近づく。それに続いて私も恐る恐る近づく。抜き足、差し足、忍び足。手紙には赤色のペンで、なにやら書いてある。

 『あんなメンバーのファッション部で金賞とれるわけがない』

 急いで書いたような、殴り書きだ。

 『去年も二次選考止まりだった』

 「えっ……!」

 『あんなメンバー』と書いていることからして、きっと凪咲さんのファン。

 ひどさのあまり、絶句する。そのせいで鈴木さんが私達に気づいてしまった。

 「何を見ている…!」

 「ごめんなさい…」

 勝手に自分宛の手紙を見られたら、怒るのは当然だ。

 「これ…私のせいだ……」

 心春先輩がまぶたを下ろす。心春先輩、凪咲さんファンからの手紙だと分かったのかもしれない。

 「ごめんなさい…。この字は、私に恨みを持っている人だわ…」


 心春先輩が即座に謝る。感づかれた!?


 「……この手紙、いつから届いてる?」

 「え……。六月ぐらいからです」

 「円菜もこの手紙もらった?」

 「……………いいえ」


 こんな時に「はい」なんて答えたら、心春先輩が傷つくに違いない。

 本当は、もらっている。でも、他の人を傷つけないための嘘だ。仕方がない。


 「嘘でしょう。円菜の靴箱にも入ってるわ。きっと、前からあるでしょう」


 そう言って心春先輩は私の靴箱を指した。

 私の靴箱にも、確かに手紙が入っている。


 「ごめんなさい。私の彼氏は皆に好かれてる谷凪咲なんだ。彼女って嫉妬されて……円菜、体験入部の時、悠斗が言ってたこと覚えてる?」

――「ブチョーの彼氏は学校の王子様、谷凪咲で、嫉妬されてるんだよね~」

 「いじめを中学一年生から受けてる。凪咲の彼女と言う存在をなんとしてでもなくしたかったのよね……。でも、簡単には彼女をいなくならせるなんて無理だから、不登校にさせるのが狙いだったんだと思う。ファッション部は潰れる寸前なの。最低部活成立人数は五人。一人でも不登校にさせれば、部活は崩れる……」


 心春先輩がいじめられていたなんて・・・・・・。分かっていたことではあるけど、直接聞くとなると話の重さが違う。


 「二人ともごめんなさい。そして、アヤちゃんにも謝らないとね……」


 心春先輩は悪くない。謝る必要がない。心が締め付けられる。


 「僕……」 


 鈴木さんが何か言いたそうにする。何?


 「僕の母さんが、デザイナーで、ファッション部に入らされた……。『デザイナーの子供として金賞は絶対よ』ってプレッシャーかけられて、どうしても金賞はとらないと駄目なんだ。でも、白鳥が第二次選考行かないとか言いだして、金賞こんなメンバーで取れるわけないと考えた。・・・・・・怒って……すまなかった……」


 ファッション部に入りたくなかった……。

 入ったせいで、いじめられて……。嫌になるのは当然だ。しかも、私が生半可なことをした。何を言うか迷っていた時、鈴木さんの口が、また、開いた。


 「白鳥の事、ハッキリ言って嫌だった。恵まれた環境に育って、何でも特別扱いされて」


 私は、張り詰めた空気の中、黙ることしか出来ない。

 『嫌だった』、か。


 「でも、今、分かった。特別扱いされて、白鳥は威張るひとじゃない。今まで、勘違いしていた。勝手に恵まれた環境に嫉妬して、自分には無い場所をずるい……と感じていた。いつも上から威張っていると勝手に思ってた。陰でコソコソ言われても、つんとした表情でいるのが嫌で、ますます腹が立ったんだ……」

 「…………ごめんなさい……」

 「別に悪いことはしていない。僕が強く当たりすぎた。今までの苦しさを八つ当たりした」


 鈴木さんがピシャリと言った。

 私は確かに恵まれている。執事だっている。

 でも、辛いことはあるんだ。それをわかってくれたのかもしれない。そんなことを考える。


 「私もごめん。いじめなんて言い訳無いよ。部長として、対処してくね……」

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